ジョージ北峰の日記
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2005年03月22日(火) オーロラの伝説ー続き

 III
 私が留学を決心してまもなく、アメリカでは大事件が勃発していた。自爆テロによる超高層ビル破壊と言う、あのビッグニュースである。一方あまり大きなニュースとして取り上げられなかったが、同国の軍部の中枢ビルが標的にされていた、と言うのはさらに深刻な問題だった。それは、人類がかって経験したことがない、まさに世界が凍りつきそうなニュースだったのである。つまり、たった一人のカリスマ教祖に共鳴した“いわゆる”テロリスト集団(国境を越えた軍事組織)の犯したこの暴挙は(それが意図されていたかどうかは別としても)単なる“犯罪”で済まされないほどの重大な意味を含んでいた。
 科学文明が進んだ現代では、僅かな人数の集団と言えども、化学兵器、生物兵器、否、原子力兵器さえ保有可能で、彼等が、その兵器を手に入れさえすれば、自分達の力による世界支配が可能であることを意味していたからである。場合によっては、姿の見えない少人数のテロリストが、地球を破滅させることさえ可能だったのである。科学の進歩は21世紀の初頭にそんな段階にまで達していた。
 わが国でも規模は小さいが同じような事件があった。小さな宗教団体が、宗教を隠れ蓑(みの)として、生物・科学兵器を自作し、国家の転覆、いや世界支配さえ目論んでいたのである。あの教祖が“予言”していたハルマゲドンは本気だったと考えるのが妥当だろう。
 科学がとてつもなく進歩した結果、人間の平等性が証明され(少なくとも遺伝学的には)、保証されたにも関わらず、人は等しく幸福になれるどころか、むしろ権力志向の集団が、その気にさえなれば何時だって世界(人類)支配が可能な時代を迎えていたのである(皮肉にも科学がそれを保証しようと言うのだ)小さな事件が、実は世界を破滅に導く可能性さえ孕んで(はらんで)いた。今振り返ってみても背筋が寒くなるような事件だった。しかし、そのことが持つ本当の意味、危険性を、どれだけの人が理解していたのだろう。時代は、確実に大きく変わろうとしていたのだ!!
 科学者はこれまで、必ずしも人間の幸福を願って研究してきたわけではないーーーーそれは歴史が証明して来たとおりである。その場合でも、彼等が自分達の好奇心に従って研究しているなら、まだ許されるだろう。しかし彼等が名誉欲、いや金銭欲に良心を売り渡し、研究を続けているとすれば、如何いうことになるのだろうか。
 私は、自分の科学研究への好奇心が、少なくとも名誉欲や金銭欲に汚されるような事態になれば、直ちに研究を取りやめる、と堅く決心していた。


2005年03月16日(水) オーロラの伝説ー続き

 さて前置きが少し長くなりましたが、これから話そうとする今世紀始まって以来の、とてつもなく興味深いウイルスを発見したのは、ウイルス感染に関する研究で博士号を取得してから数年後のことでした。
 私の学位論文は、人間に感染する動物ウイルス“X”の人における標的細胞(攻撃の対象になる)を病理学的に研究・解明したことでした。(此処で皆様に予備知識として、ウイルス感染について少しお話しておきましょう。ウイルスは人間や動物に感染する時、細菌やカビと違って感染する細胞に特異性があります。たとえば肝炎ウイルスは肝細胞に感染するが、腎細胞に感染することはありません。又狂犬病やポリオウイルスは神経細胞に感染するが肝細胞には感染しません。このようにウイルスの感染には細胞特異性があるのです。又動物間でも牛や鶏に感染する細胞は、本来種の異なった猫や犬、人間には感染しません。ウイルスは感染に際しては、動物種や細胞の種類を選択して感染する特質を持っているのです。
しかし時に動物のウイルスの性質が一端変化して人間に感染するように変異すると、人間にはそれらのウイルスに対して防御能力が獲得されていませんので、そのウイルス感染が爆発的に広がることになります。そのようなウイルスとしてよく知られている種にエイズや最近では鳥インフルエンザウイルスなどがあります。このこと、即ち他動物種にしか感染できなかったウイルスが変異を起こし人間に病気を起こす、と言うことが今大変問題になり始めているのです)しかしこの私の論文が発表されてまもなく、A国の動物ウイルス研究で有名なS研究所から共同研究を依頼する手紙が舞い込みました。
 最近話題になるウイルス感染症のほとんどは、本来人間に対して感染性がなかったか、または地域限局型だったのが、今では、家畜の品種も広がり、新しい家畜から人が感染する機会が増え、あるいは又、人々の交流のグローバル化が切っ掛けとなって、本来は狭い範囲に限局する感染症だったのに、新しいウイルスに対して抵抗性の欠如した人間が旅行中に感染、方々に運搬することになって、世界的広がりを示すようになった、新種の病気なのです。私の研究テーマは、これら新しいウイルスの変異に関する研究でありました。
 しかし私本来の夢は古生物ウイルスの発見とその機能、変異及び古代生物絶滅に及ぼした影響についての研究でしたが、A国での研究は、私の夢を実現する第一歩になると(大学で研究している時も絶えず)考えていたことなので、異存があるはずもなく、二つ返事で引き受けることにしました。
 古生物(恐竜など)は爬虫類だったので、古生物ウイルスの分離培養には当然爬虫類の細胞を使うのが望ましい。しかしそれは現在進行中の研究と両立することが難しいかったので、それも考えた上で鳥の細胞を使うことを始めていました。鳥は爬虫類から進化した最も近縁な生物として知られているからです(皆さんは鳥と蛇の染色体がとてもよく似ていることをご存知でしょうか?)。しかも鶏の卵は現代のウイルス分離研究には欠かすことが出来ない有用な培養器なのです。だから古生物ウイルスの分離には鶏またはある種の鳥の細胞が威力を発揮するに違いないと、密かに考えていたのです。そんな理由もあって、私の研究には、鳥の細胞を使っていました。
 しかし勿論A国に招待された理由は古生物ウイルスのことではなく、私が鳥や、豚など色々な動物種から採取し樹立した、培養細胞株を利用した、新しい病原ウイルスの分離培養やワクチン製造に関する研究でありました。


2005年03月06日(日) オーロラの伝説ー続き

II
 医科大学を卒業して、臨床研修はほどほどに済ませ、基礎医学の観点から古代微生物の研究を進めようと、まず病理学研究室に所属することにしました。もちろんその最終目的は古代生物、とりわけ微生物の進化の研究を(遺伝子組替の技術を用いて)進めることでした。
その頃私は恐竜などの古代生物絶滅の理由に古代微生物の変異が密接に関与したのではないかと言う漠然とした仮設を抱いていたからです。
 病理学は人間や動物の解剖を通し、病気の原因や成り立ちを学問的に解明することを目指した学問で、治療が目的である臨床医になろうと考えている医学生達にとって、少し特異な分野でした。  
病理医は、科学的分析手段を用いて、色々な病気の診断や原因の究明に携わることがあっても、病気の診療には直接関与しないのです。
 私は子供の頃から、ヒトとヒトとの人間関係が必要な臨床医にあまり向いているとは思ってなかったので、医学にこのような分野があるとは、それこそ“渡りに船”−−いや、むしろ積極的な意味で一生の仕事として医学を専攻した幸運に感謝したものでした。
臨床医になった時に遭遇する色々複雑な人間関係、場合によっては社会問題にさえ発展しかねない現代世相の状況を鑑(かんが)みる時、本当に自分のような人間が医者としてやっていけるのか絶えず不安に付き纏われていました。だから、現場で人に直接対面することもなく、純粋に学問的立場から医療に携わること出来ると知った時、医療分野でも自分に役立つ場所があるのだと、嬉しく胸をなでおろしたことを今も鮮明に思い出します。
 病理解剖“それも小児癌の症例"を初めて体験した時のこと、目に見えない病魔と闘い、消耗しきって、最後には“矢尽き刀折れた”壮絶な戦いの跡を目の当たりにして、その悲惨さに言葉を失い、平静さ保つことがとても困難でした。
その子に対する憐憫とも尊敬とも、表現の出来ない感情の高まりが心の中に沸き起こり、少し大袈裟ではありますが「このままでは遠い将来人類は滅びてしまうのではないか」と---突然得体の知れない"恐怖”が竜巻のように胸中に吹き荒れたのを今も生々しく思い出します。
冷汗、悔し涙、動揺する心! 
だがその時、如何してそのような恐怖心を感じたのか、私にはよく理解出来ませんでした。
先輩の病理医達がいかにも手馴れた様子でてきぱき仕事を捌(さば)く様を見て驚き、ただ呆然(ぼうぜん)と眺めているだけでした。しかしそれは私にとって、一度も経験したことがない新鮮な体験でもありました。
 私の前には、若い生命(いのち)と病魔の争いが繰り広げられた凄惨な姿が残されていたのです。それは、小さな子供がとてつもなく巨大な悪魔に挑戦して敗れた戦士の亡骸のようにも思えました。
 科学が発達するにつれ人々の期待とは裏腹に、人の生命はますます軽く、安くなる傾向があり、人が人を(戦争や、殺人などで)簡単に殺(あや)める風潮が世界的規模で広がりつつあります。
それは人を、機械的部品からなる取替え可能なロボットのように取り扱う医学の進歩と密接に関係しているように私には思えたのです。
 そのような風潮を正すためにも、私は、そのよって来るべき「悪魔の正体」を明らかにしなければと、一層強い決意を固めることになりました。
当時、私は無意識だったと思うのですが、恐らく古代生物達の絶滅と、人類の絶滅の可能性とを同一次元の出来事として重ね合わせて、(今から振り返れば)考えていたのではないかと思います。


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