与太郎文庫
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1969年10月09日(木) |
一聴一席⑦Way of Thinking シドニー・L・ハモールスキー米文化センター館長をたずねて |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691009 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000 http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html f:id:adlib:20060621135724j:image ~ シドニー・L・ハモールスキー米文化センター館長をたずねて ~ ── 今日の日本について 何の予備知識もなければ もっと驚いた にちがいない とは 先だって来日したズービン・メータ氏の発言(註 “レコード芸術”12月号/出谷啓氏のインタビューによる)ですが 館 長がはじめて日本に来られたのはいつごろでしたか ハモールスキー 終戦の翌年に軍人として 半年ばかり東京にいたこと があります この時はさすがに何もない状態だったけれども 当時の見 聞がのちに予備知識になったといえるでしょうね 文化センターへ来た のは1967年7月です 戦後の日本は ごく短期間のうちに国民総生産が 世界第2位になる という まさに驚異的な経済復興を遂げていますが 主として教育制度 に負うところが多いと思われます そして 未来に対する洞察力の適確 さ 各種の“ノウ・ハウ”を外国から採り入れ 練りなおし逆輸入する ことによって相互の利益を図ってきた点など さまざまの技術革新に 成功して今日に至ったことは ドイツとよく似ているわけです しかし 一方では イタリアと肩をならべているように 国民ひとり ひとりの収入では まだまだ満足すべき状態になっていない 日本も アメリカも ある意味で ひじょうに多くの問題をかかえた国なのです が共通していえることは たえず試みを重ねながら 前向きの姿勢を失 わない“オープン・ソサエティ”といわれる所以です ── 各国の共通点をあげていただいたところで こんどは相異点につ いてお伺いしたいのですが ハモールスキー たとえば“東は東 西は西”といって両者はしょせん 交わらず 異質のものだとする考え方もあるわけで 単に現象面にあら われた相異だけを列挙するならば クツとゲタだってそうだし 洋服と 和服はちがったものになるのです こうした例はそれこそ無限にあげる ことも可能です しかし考えの筋道や発達の過程において本質的な傾向 はまったく同一である場合が多い かりに 特定の面だけをとりあげて 強調したり誇張することになれば いきおい誤った結論しか出てこない と思われます したがって こうした問題においては 質問が回答を 決定することになりかねない つまり 質問者がその問題をある設定の もとに いずれかを強調すれば当然回答の内容も変化するのです この ことは フランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソー(1712~1778)も 指摘するところです ── たしかに(笑)注意すべき重要な点ですね 館長はまた言語学者 でもあるわけですが ことばと音楽が結びついた芸術としてイタリアに オペラ フランスにはシャンソン ドイツにはリード そして日本には 浄瑠璃などがあげられます アメリカではたとえばどんなものがこれに 相当するでしょうか ハモールスキー フォーク・ソングやミュージカルなどでしょうね ── アメリカのポピュラー・ソングやスタンダード・ナンバーを日本 人がうたう場合に まず英語でうたって 次に日本語でうたうことも多 いのです ところがそれは一番と二番ではなく 一番と一番だったりす る(笑)こうした翻訳についてのお考えをきかせてください ハモールスキー 私はそれほど日本語に堪能ではないので 細部にわた っては語れませんが 英語と日本語とでは もともとことばの順序が ちがっているものを移しかえるわけですから いろいろ無理は生じます それと ことば自体にリズムやビートのように音楽的な要素が含まれて いて どんな名訳であってもこれを伝えることはできないでしょう イタリア語からフランス語に移す場合でも同じことです したがって 意味を理解するためには翻訳も必要だし 音楽だけを聴くなら原語だけ でもさしつかえないでしょう もうひとつの例として たとえば アメリカへ能をもちこんで かり に英語でくわしく説明しながら見せたとしても 能自体のもつ日本古来 の文化的・歴史的な背景のようなものを伝えることはできないわけです むしろ本物の舞台や衣装で 原型のまま上演したほうが なにがしかの 余香を感じさせるかもしれませんね ── 最近のようにテレビ・ドラマなどでセリフの吹き替えが日常化 すると やがて日本人もだんだんと欧米人と同じような身振りで 同じ ような考え方になっていくのではないでしょうか ハモールスキー 私個人の立場でいえば むかし観たことのあるドラマ を日本語のアテレコで もういちど観なおすのは たいへん参考になり ます アテレコそのものは一般的に 映画のごく一部を伝えるものに すぎないようです 英語で笑っても日本語で笑っても そのことに変り はないし 感情のうごきは すでに画面にあらわれていますからね かつて《ケネディ大統領の死》という映画を 私の友人が南アジアに いた時に観て 驚いた話なんですが 伴奏音楽になんとゴーゴー・ミュ ージックが流れているわけです あとできいてみるとそれはその国の 音楽でもっとも悲しい表現に用いるものなのだそうです アメリカ人が 聴けば陽気なゴーゴーとしか思いようがないのです(笑)われわれは 通念として 悲しい音楽とか楽しい音楽というふうに区別しているけれ ども それがまったく通用しない場合もあるわけです したがって厳密 には おなじ感情を音楽的に表現するにも イタリア式・ドイツ式と いった具合にちがっているのが当然でしょうね 私は メキシコ人の妻と結婚したので こうした文化交流を総称して “ Cross Cultural Communication ”の只中に生活しているわけで(笑) しばしば その断絶についても経験しています たとえば新婚のころ 彼女はすでにじゅうぶん英語を学んでいたにもかかわらず“出かけたわ” というのが まるで質問しているように“出かけたの?”ときこえるの です 私が つい“なんだって?”と問いかえすものの いちいちくり かえしていたのではコミニュケーションは進まないわけです 外国語を勉強するということは 単にことばだけにとどまらず その 国の文化的背景に関する予備知識とか特有の表現 そして発想の過程 “Way of Thinking”など探求しなければと思いますね (1969・10・9/館長室にて) ──────────────────────────────── この号からタイトルを省略しているのは、レイアウトの不都合らしい。 また門脇邦夫氏の熱心な協力ぶりは、編集帖および Awa Library Report 《英対話》に詳述しているが、いくつか予期しないこともあった。たと えば、わざわざ英訳された原稿をみた館長は「カッコ内に笑う、とある のは、誰が笑ったのか。なぜ笑ったのか」と、しつこく尋ねたらしい。 なるほど、この表記法は日本語独自のものであり、おそらく座談会の 創始者といわれる菊池寛が、発明したものかもしれない。 館長室には、リンカーンの肖像が掲げられ、書棚には英文のしおりが ついた日本文献が並んでいて、机上に“月球儀”が置かれている。これ らすべてを撮りこんだポートレートは、いちばんの自信作となった。 http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/search?idst=87518&key=%A5%EB%A5%BD%A1%BC Key Word in Awa Library:ルソー
Rousseau, Jean Baptste 詩人 16710406 France Belgium 17410317 69 /
Rousseau, Jules Antoine 室内装飾 1710‥‥ France 1782‥‥ 72 /
Rousseau, Jean-Jacques 作家/哲学/作曲 17120628 Geneve France 17780702 66 /誤=1788~《社会契約論/告白》
Rousseau, Jules HuguesJean 室内装飾/彫刻 1743‥‥ France 1806‥‥ 63 /Simeonの兄
Rousseau, Jean Simeon 室内装飾 1747‥‥ France 1822‥‥ 75 /
Rousseau, Pierre Etienne Theodore 画家 18120405 France 19100901-0902 98 / 18120415 France 18671222 55 /
Rousseau, Pierre Etienne Theodore 18210415 France 18671222 46 /画家“バルビゾン派”風景画
Rousseau, Henri 画家 18440521 France 19100902 66 /~《眠るジプシー女/蛇使いの女》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19710901 英対話 ~ 門脇 邦夫とその意見 ~ ┌┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┬┐ ↓=Non-display><↑=Non-display └┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┴┘ (20001224)(20100705)
1969年10月03日(金) |
石崎 宏男 独唱会“Canti d'Italiani” |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19691003 Canti d'Italiani Opere de Grandi Compositori
01 表紙 02 見返し 03 プロフィール 04 長坂 好子 佐藤 清(京都教育大学助教授)葦のずいから 05 上村 けい(京都音楽研究会・主宰) 大八木 正治(京都府立洛北高等学校校長) 06 PROGRAM 07 プログラム 16 広告(十字屋楽器店) ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ バリトン独唱 / 石崎宏男 ピアノ伴奏 / 川村春海 於 / 京都会館 / 第2ホール 昭和44年10月3日 / 金曜日 / 午後7時 主催 / 京都音楽研究会/長坂教室 後援 / 東京芸術大学音楽学部同声会 / 京都支部 後援 / 京都府立洛北高等学校 川村 春海(かわむら・はるみ) 東京芸術大学音楽学部ピアノ科卒業 梅田志づ / 田村宏両氏に師事 華頂女子高等学校音楽科講師 石崎 宏男(いしぎき・ひろお) 昭和29年・京都学芸大学音楽科卒業 昭和33年・東京芸術大学音楽学部声楽科卒業 佐藤清 / 長坂好子両氏に師事 京都府立洛北高等学校教諭 華頂女子高等学校音楽科講師 関西歌劇団々員 立命館大学メンネルコール / 京都男声合唱団ボイストレーナー 大谷大学男声合唱団技術顧問 ──────────────────────────────── プログラム Ⅰ 君われにつらくとも ・・・・・・・・・・・ カルダーラ アマリリうるわし ・・・・・・・・・・・・ カッチ一二 恋するものは ・・・・・・・・・・・・ スカルラッティ したわしき君 ・・・・・・・・・・・・・ ジョルター二 Ⅱ 安らかな休息 ・・・・・・・・・・・・・ バスクィー二 いつおまえに会えるだろう ・・・・・・・・ ドナウディ なれは知る ・・・・・・・・・・・・・・・・ トレルリ Ⅲ 小夜曲(“ドン・ジョバンニ”より)・・・ モーツアルト もし踊られるなら(“フィガロの結婚”より)モーツアルト ■ Ⅳ 夕べの歌 ・・・・・・・・・・・・・・ サントリクイド ① ふくろうは歌う ② 森の日の出 ③ 夕ぐれの悲しみ ④ 出あい Ⅴ 力と愛の神よ(“ファウスト”より)・・・・・・ グノー 巣に帰るつばめ ・・・・・・・・・ デ・クレシェンツォ Ⅵ わが花嫁は軍旗なり ・・・・・・・・・・・・ ロトーリ セレナータ ・・・・・・・・・・・・・・・・ トスティ 妖精のひとみ ・・・・・・・・・・・・・・・ デンツァ Ⅶ おまえこそ心を汚すもの(“仮面舞踏会”より)ヴェルディ
アンコール《荒城の月》《ホイサ?》 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ── 《Canti d'Italiani Opere de Grandi Compositori 19691003 Awa Library》 Lettering by Awa, Masatoshi Italian spelling by Moriguchi, Kunihiko Printed by Ueno, Hisao http://d.hatena.ne.jp/adlib/19850729 失われた日々の顧展 http://d.hatena.ne.jp/adlib/19671127 晩秋小雨の宵 ~ 文化勲章 vs 人間国宝 ~ (19691003-20080223)
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