一ヶ月
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電話に出たのは、K先輩本人でした。 「もしもし」と言うと「もしもし」と返ってきました。
私が名前を言うまで、K先輩は私だと気付いてはくれませんでした。
「おお、久しぶり。何回か電話くれたんだって?」
「あ、はい・・・」
「悪いな。すっげー忙しくてさ」
「いえ、特に用事じゃなかったので。」
「そうか?」
「はい」
「なんかあった?」
「いえ、何も無いです。」
「なら、いいけど。いやー、俺ヘトヘトでさー」
「あ、お疲れなのにすみません」
「いや、いいんだけど。」
電話の向こうでK先輩を呼ぶ声が聞こえ、「ちょっと待って」と言われました。 K先輩が受話器を手で抑えた気配がし、「わかった」と大きな声で返事をしているのが聞こえました。
「もしもし、ごめん。」
「いえ、私の方こそすみません。忙しそうなんで、もう、いいですよ」
「あー、そうか?ごめんなぁ。また、電話するわ」
「はい。おやすみなさい」
K先輩はとても元気そうでした。 でも、それが私を苦しくさせました。
先輩の声が、やっと聞けたのに。 久しぶりの電話なのに会話にもなりませんでした。 何を喋っていいのかも、声を聞いた瞬間に分からなくなっていました。
私の声を、K先輩はすぐに分からなかった事が、まずショックでした。 なんだか、自分の存在が先輩にとって小さなものだと思い知らされた気がしました。 それは、直前に電話した多田さんの反応と比べてしまったからというのも少しあるのかもしれません。 でも、K先輩が私の声を分かってくれてた時もありました。
一ヶ月で、私の声は先輩に忘れられてしまったのだろうか? もしかしたら、私に似た声の女性が他に先輩に電話をしているのかもしれない。 だから私が名前を名乗るまで、分からなかったのかもしれない。
一ヶ月の間に、私は多田さんと会って車に乗って出かけるようになった。 K先輩にだって、同じように女性との出会いがあっても不思議じゃない。 私はそれでもK先輩が好きなままで、感情はそのままで。 だけど、K先輩は私を好きな訳じゃないから・・・
先輩の「なんかあった?」という言葉にも、私は悲しくなりました。 何も無ければ電話をしてはいけないとか。 そういう意味でK先輩が言ったのでは無いことは、頭では分かっていました。
でも、用事も無いのに電話をして気楽に会話できるような そんな関係でもない事は、私自身が一番よく分かっていたつもりでした。 いつもは、K先輩が近況とかを話し出してくれるので会話が成立していただけで。 私から話すことなんて、今までも無かった事を改めて思いました。
最初から、期待はしないようにと思っていました。 でも、やっぱり、どこかで勘違いをしていたのかもしれません。 一ヶ月前までのことで、私は先輩との距離が近づいていたような気がしていたのです。 でも、それは錯覚だったのだと思いました。
それでも、K先輩への私の想いは変わりません。 だから余計に、自分の感情だけが取り残されている気がしたのです。
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