『硝子のハンマー』 貴志祐介 角川書店 - 2004年05月28日(金) 《bk1へ》 貴志さんの作品は全作読んでないので語りづらいのだが(笑)、帯には著者初の本格ミステリーとなっている。 はたして貴志さんの選んだ道は正しかったのだろうか? 個人的な評価としては可もなく不可もなくって感じかな。 無難にまとめすぎていて読者の心に残るものが少ないような気もする。 確かにトリックは密室殺人事件ということで引き込まれて読まれるのだが、探偵役の弁護士純子と防犯コンサルタント榎本がなんと言おうかあんまりしっくりとしたコンビと言いがたいように見受けれた。 やはり泥棒探偵はいただけない! この点が最大のマイナスポイントであろう。 逆に2人の距離感が合う読者は最後まで楽しめるかもしれませんね。 構成的には2部構成となっていてこれが大きな問題だと思う。 まず第1部にていろんな謎を提供してくれているのはいいのだが(もちろん最大の謎である犯人が誰であるかも含めて)、第2部に入るとすぐに犯人を登場させて推理して読む楽しみが萎んだのは残念だった。 作者としては違った観点で物語を捉え展開させていたのであろうが、少なくとも本格ミステリーという宣伝文句で売ってる作品としたら途中で興味が半減したような気がする。 “何故密室殺人が可能だったか?”という興味だけでなく、“誰が殺したのだろう?専務?副社長?秘書?それとも競馬好きの警備員?”そう思われて読まれていた方は肩透かしを喰らった感じかな・・・ こんな展開になるのだったら(第2部)、私的にはもっと犯人の動機付けを泣かせる話で書いてもらえたら盛り上がったような気がする。 やはり犯人が地味過ぎたかな。 まあ、トリックがセールスポイントの作品であるから仕方がないか(笑) 熱烈なファンの方には本当に長かった4年半だったに違いない。 その方々ははたしてどう感じ取って読んだのだろう? もし“物足りない”と思われた方が多ければ、それは貴志さんの高い才能を認めた方の大きな声援である。 とっても興味深く思って本を閉じた。 評価7点。 2004年51冊目 (新作36冊目) ... 『ワイルド・ソウル』 垣根涼介 幻冬舎 - 2004年05月24日(月)
私たちが外食する時、寿司屋と焼肉店が並んでいるとする。 でもどちらかを選ばなければならない時あなたならどちらを選ぶであろうか? 非常に悩む所である。 小説の場合でもそうである。特にオールマイティに読める人にとっては・・・ 手元に純文学作品とハードボイルド作品と恋愛作品がある、本音を言えば一気にすべて読みたい衝動に駆られることはないであろうか? そういった衝動を理解できる方で本作が未読な方は是非手にとって欲しい作品だ。 正直、私も今まで読まなかった事を後悔している。 ハードボイルド的な要素と社会派的な要素と、あと恋愛小説的な要素のすべてが詰まった贅沢な作品である。 垣根氏の作品は読者に熱いエネルギーを与えてくれる。 やはり今熱い話を書かせたらこの人の右に出るものはいないのではないであろうかというほどの内容の詰まった作品である。 まさにエンターテイメント界の“救世主”と言っても過言ではないだろう。 構成的には前半はブラジルでの移民生活の辛さを中心とした重い内容、後半は日本での復讐劇を成し遂げようとするスピーディな展開が繰り広げられる。 ブラジルのジャングルでの過酷な生活、あるいは日本の高速道路でのカーアクションシーンなど過激な描写が読者を虜にしてくれる。 多少、外務省関係の方が読まれたら耳の痛い話であるかもしれないが、日本人として見過ごしてはいられない大切なものを読者に浸透させてくれる点は感謝したい。 前半のブラジルでの描写が読者にも焼き付いておるために復讐劇的な話にありがちなドロドロ感や罪悪感はほとんどなく、爽快な読後感を提供してくれてる。 要因として作中のケイの存在が大きいと思う。 読みながら“果たしてこの作品の主人公って誰なんだろう?”と思われた方も多いんじゃないかな。 衛藤、松尾、ケイ、それとも恵子? きっと本書を読まれて“心の糧”となったあなたが主人公かもしれない。 垣根氏の人物造型の確かさには舌を巻く。 女性読者が読まれたらケイの魅力に取り付かれるかも知れませんね。 そうそう、“恵子の再生物語”として読まれても面白いかもしれない。 第六回大薮春彦賞受賞。 第二十五回吉川英治文学新人賞受賞。 第五十七回日本推理作家協会賞受賞。 上記作品のご受賞(3冠達成)を心からお祝いしたい気持ちでいっぱいであるとともに今後の活躍を切望する次第である。 評価10点。 超オススメ作品! 2004年50冊目 (旧作・再読作品13冊目) ... 『さよなら妖精』 米澤穂信 東京創元社 - 2004年05月21日(金) 《bk1へ》 “ミステリ・フロンティア”での配本であるが、ほとんどミステリー度がないに等しいのは残念であった。 “青春小説”としか言いようがないかな・・・ 10代の頃の1年間って本当に成長・変化していくからそのあたりに留意して読んでみたらなかなか趣深いのかもしれませんね(笑) 通常、初読み作家というのはいつもドキドキしてページをめくるのだが、今回は少し肩透かしを食らったかな。 変な捉え方だと承知して敢えて書きますが、自分の若さ加減を知るのには恰好の作品だと言えそうですね。 でも完読出来たので自分を褒めてはいます。 話としたら、ある地方都市に雨宿りをしていた東欧(ユーゴスラビア)出身の少女マーヤと知り合う守屋と太刀洗。 それがきっかけで白河のところにホームステイすることとなる。 守屋を中心とした高校生たちとの2ヶ月間親交を深めたの日本滞在時におけるいろんなエピソードに触れている。 時代が1991年だったのでちょうど内戦が起こっていた時期である。 その時期とこの物語は非常にリンクするのであるが(というかその時期の設定でないと成り立たない)、われわれ日本人は島国という地理的環境も踏まえて、東欧や民族問題に疎い気がする。 私に関しては、知ってるのはミルコ・クロコップがクロアチア出身であることぐらいであろうか・・・ 正直、本文にて表にて出てくる国名(6〜7)が頭の中で混乱された方は私だけかな? それとも、不況のさなかといえやはり日本人って幸せすぎるのであろうか? 少し反省を促された所に本作を読んだメリットがあったような気もする。 しかしながら、どうしても話の内容がしっくり読者に伝わって来ないのは残念である。 謎が多すぎて何を言いたいのがわかり辛いのが本音である。 逆にこれから褒めますね(笑) 筆者が若いのでマーヤや高校生たちの瑞々しい気持ちは上手く活写出来てる。 その瑞々しさってまさに“万国共通”である。 いや、マーヤのセリフに1番表れてるかな。 あと物事の視点が“斬新”ですね。 本作は“雨”の降っている日に読みたい本ですね(笑) きっと主人公のようにいつまでも童心を忘れないひたむきな心が読者にも増長されるはずだと信じたい。 若い方なら2回読んで2倍楽しめる作品かもしれませんね。 評価6点。 2004年49冊目 (新作35冊目) ... 『ジェシカが駆け抜けた七年間について』 歌野昌午 原書房 - 2004年05月19日(水) 《bk1へ》 昨年刊行された『葉桜の頃に君を想うということ』が、このミスやさまざまな賞を受賞して一躍人気作家の仲間入りを果たした歌野さんの最新刊であるが、読んでみて声を大にして“物足りない”と叫びたい衝動に駆られたのは非常に残念である。 過酷で強い精神力を要する女子マラソン選手を題材としている作品であるだけに、いくら歌野さんであろうともああ言った(ここで語れないのは残念であるが)叙述トリックを使うとは“掟破り”だなあ。 確かに、本当に“分身術”があるのかどうかという興味一心に読まれた方も多くまんまと騙されたと思われた方もいらっしゃるかもしれない。 あるいは作中で取り上げられてる妊娠をすることによって運動能力がアップするって本当にあり得るのだろうか?という純然たる疑問・・・ 結果としてジェシカの純粋無垢ぶりがクローズアップされたと言う見方もあるかもしれませんが、やはり現実の世界においても同じようなことがあるんじゃないかとどうしても懐疑的な気持ちで読まれた方もいるんじゃないかなあ。 爽やかさには欠けてるよな、この作品は・・・ 少し視点を変えて述べれば、本作は出版社の“帯”におけるセリフの成果が十分に成功している作品であると言える。 あの帯のセリフが読者に“○○○○が殺した以外に考えられない!”という先入観を植えつけた効果は計り知れない。 少なからず否定的な感想を書いたが(笑)、所詮読書って合うか合わないかなので叙述トリック大好きな方は心して読んで貰いたいと思ったりもする。 ただ、『葉桜〜』未読なかたは『葉桜〜』から読まれることをオススメします。 ずっと『葉桜〜』の方が感動的な点は間違いないんじゃないかな・・ 評価5点。 2004年48冊目 (新作34冊目) ... 『さよならの代わりに』 貫井徳郎 幻冬舎 - 2004年05月16日(日) 《bk1へ》 貫井さんの作品は著作の半分位しか読んでないが、本作を読んで明らかに作風が変わったなあと感じられた方も多いんじゃないかなと思う。 帯に女優の“長谷川京子”さんを起用。かなりインパクトが強い。 あと、表紙も“東京ドームシティ”をフィーチャーしている。 これは作品の中で主人公の和希と祐里がデートする思い出の場所となっている。 最後にタイトル名の“さよならの代わりに”というネーミング。 これも恋愛小説を強く意識していると言えよう。 もちろん作中には誰が犯人であるか(一応殺人が起こります)や、トリックなども読んでいて多少の興味は引くのであるがそちらに主眼を置いて読まれた方は肩透かしを食らうことであると思う。 なるほど、文章は読みやすい。 主人公の目線も低くって(多少イライラするが)感情移入もしやすいのが特徴である。 あくまでも今までの重厚な文章を得意としていた著者が、新たなターゲット(読者ですね)を得る為に書かれた意欲作だと言えるのであるが、SF的設定の部分がわかり辛かったのは残念なところである。 しかしながら、現状での貫井さんの隠れていた才能は発揮できているような気がする。 “ミステリー作家”から“エンターテイメント作家”への脱皮を図った著者の創作活動において必ずやターニングポイントとなる作品であると言えよう。 爽やかな読後感が心地よい作品である点は強調しておきたい。 評価7点。 2004年47冊目 (新作33冊目) ... 『もっと、わたしを』 平安寿子 幻冬舎 - 2004年05月14日(金)
平さんの作品って本当に文章が溌剌としていて読みやすいのが特徴である。 本作は5編からなる連作短編集であるがどの編も不器用な生き方しか出来ない男女が登場する。 どの主人公も“憎めない”のはきっと平さんの人望なのであろう。 まず、冒頭の彼女にトイレに閉じ込められる真佐彦クンが面白い。 “こんな奴っているよなあ”って思われて読まれた方も多いはず。 そのあともいろんな自分自身に自信がありそうで持ててない男女が登場する。 やはり最も印象的なのは歯医者で受付をしている絵真であろう。 美貌が売り物なんだが過去の失恋がトラウマとなっているために、周りからは自意識過剰に捉えられているが実はそうじゃない。 本作において“悩んでいるのはあなただけじゃない!”と平さんは読者に強く投げかけている。 読後、視野が広まったような気がする。 それだけ登場人物に自分自身を投影出来た証拠であろうか・・・ なんとなく、他人を側面からしか見てなかった点が矯正された感じがするから不思議なものだ。 それだけパワーのある小説ってことだろう。 本作は読者にエネルギーを分け与えてくれる作品である事は間違いない。 一気に読めるので是非未読の方は手にとって欲しいなと思う。 評価8点。 2004年46冊目 (新作32冊目) ... 『レインレイン・ボウ』 加納朋子 集英社 - 2004年05月12日(水) 《bk1へ》 本作は、25歳以上の女性読者が読まれたらきっと懐かしい学生時代やその後の友達たちの動向が気になるんじゃないかなと思う。 どちらかといえば“ミステリー”と言うよりも“青春小説”として楽しまれた方が多いことであろう。 『月曜日の水玉模様』にて主役を務める片桐陶子さんの姿が見れるのは嬉しい限りであるが、今回は主役の中の一人といったところだろうか・・・ 高校時代ソフトボール部という部活を通じて青春の一ページを刻んだ7人の女性たちのその後の変貌振りが読んでいて面白い。 話の内容的にはチーズ(知寿子)の死を通して再会するところからはじまるのだが、やはり女性が1番輝いている時期の多感振りには男性読者としては度肝を抜かれてしまうセリフやエピソードが連なっている点は見逃せないかな。 加納さんらしい淡々と語り口だから余計にゾクッとさせられたような気もする。 私的にはいわば、篠田節子さんの直木賞受賞作である『女たちのジハード』の“ミニチュア版”のような感じ方として捉えて読みましたが、いろんな読み方が出来る点は読書の楽しさを倍増させてくれている。 たとえば、『月曜日の水玉模様』での陶子と祖母との強い愛情なんかが染み付いてる方には本作でもその強い愛情を再認識できるシーンにも遭遇出来ますし、あるいは果たしてチーズは本当に死んだのだろうかと最後まで真相が明らかにされない点もミステリー的には楽しめたんじゃないかな・・・ 読み手によっては、陶子以外の女性たちの描写が足りないとかあるいは荻広海(彼のファンも多いはず)の出番をもっと増やして欲しかったとか、いろんなリクエストがあるかもしれませんがまあ贅沢な要求かもしれませんね(笑) 本作を読んで学生時代の友達に電話したく思った読者も多いはずだと思う。 ズバリ25歳って、まさに女性にとってのターニングポイントの時期であるから・・・七人七様の生き方、果たしてあなたはどの生き方に共感出来るであろうか? 加納さんの文章のように少しでも七色の虹のように“きらびやかさ”を読者の生活に吸収できたら加納ワールドにどっぷり浸かったと言えるんじゃないかな。 評価8点。 2004年45冊目 (旧作・再読作品12冊目) ... 『孤独か、それに等しいもの』 大崎善生 角川書店 - 2004年05月09日(日) 《bk1へ》 大崎さんの最新刊を手にとって見た。 既刊の短編集である『九月の四分の一』との大きな違いはなんといっても、本作においては女性主人公が全5篇中3篇を占めることであろう。 言わずと知れたことかもしれないが、大崎さんのファンって圧倒的に女性が多いと思う。 いままでは“繊細で優しい”男性主人公に対する“憧憬”を強く持たせることによってファンを虜にして来た感が強いが、本作は女性主人公に大いに共感させる(女性読者が)ことを大前提にして書かれている。 ある意味、冒険かもしれないが、裏返せば大いなる“自信”の表れでもあるんじゃないかな。 読んでみて、杞憂だったことに気づくはずである。 個人的には女性主人公の作品の方が圧倒的に感動的であった。 一因として、私が男性であるという事もあるのかもしれないが、大崎さんの繊細な文章と過去を顧みる(いわば回想)パターン化された作風からして、よりマッチングしているような気がした。 なんと言っても冒頭の「八月の傾斜」が予想に違わず素晴らしい。 読者の失われつつある“青春のきらめき”を呼び戻してくれる名作である。 あとこれも女性主人公なんだが、亡くなった双子の妹をいつまでも思いやる姿が印象的な表題作の「孤独か、それに等しいもの」。 ラストの「ソウルケージ」も主人公が女性である。 この作品は今までは恋愛を中心に据えた話が大半だったけど、“親子愛”が基本ベースとなっていてより泣かせる話となっている。 大崎さんの作品を読むと自分の恋愛経験不足が強く認識できるのであるが(笑)、人生に置き換えてグローバルに見据えると、吸収できるというか見習うべき点は多い。 どの作品においても過去と訣別し、未来に向かって“覚悟”とも言うべき決意を表しスタートを切る主人公たち。 読み終えて本を閉じた時、主人公達に大きな拍手を送らずにはいられない。 読んでいて切ないがゆえに息苦しく感じた。 こんな方も多いんじゃないかな。 大崎さんのひたむきさを十分に理解した証拠である。 評価9点。オススメ 2004年44冊目 (新作31冊目) ... 『グロテスク』 桐野夏生 文藝春秋 - 2004年05月06日(木)
桐野夏生の小説は読者を徹底的に支配する。 本作はまさに“暗黒版『女たちのジハード』”である。 登場人物は私、ユリコ、和恵、ミツルの4人が中心。 ユリコと和恵の2人は殺されるのだが、本作においては誰に殺されたのかなどの興味を持って読まれることを前提としていない。 女に生まれての容姿による人生の悲喜こもごも・・・ 前半は私とユリコの姉妹間の確執が中心で興味深い。 特に、高校時代のエピソードは読者(とりわけ女性)にはリアルだと思う。 男性読者が読むと理解し辛い点もあるのだが、退廃的ではあるが、“女性の本音”だと思って割り切って読んだ。 やっぱり1番悲惨でその変貌振りが目立ってグロテスクなのは和恵であろう。 昼は一流企業のOLで晩は娼婦と言うモデルとなった「東電OL殺人事件」の主人公も和恵に当てはめることが出来る。 彼女の精神の分裂ぶりが後半の1番の読ませどころかな。 果たして娼婦に成り下がった登場人物たちは幸せであったのだろうか? “努力”の象徴として勉学に励んで一流企業に就職した和恵の現実は儚すぎる。 女性の奥に潜む“真の孤独感”を描いてるとともに、先天的なもの(ユリコに象徴される)と後天的なもの(若い頃の和恵に象徴される)とのどちらを優先すべきであるかが不明瞭な“日本の社会のどうしようも出来ない歪み”がよく現れてると思う。 桐野さんの凄さはもちろん、小説として許される限りの脚色をほどこして読者を楽しませてくれる。 特に最後のシーンは意外だったなあ。 最後に私のとった行動っていったいどういう意図だったのでしょうね。 あんなに憎んでた妹に対するやはり嫉妬と羨望の気持ちだったのかな。 百合雄に対する接し方なんかは姉妹愛の表れと受け取るのは少し曲解だろうか? この作品はある意味“人生模索小説”である。 桐野さんは“読者の明日からの人生で壁にぶち当たった時や何か挫折しそうな時、この物語が何かの教訓となれば”と書かれたのであろう。 とっても重くて暗いけど、いつまでもどっぷりと読者の心に根ざす作品であると確信している。 それとともに読まれた女性の方に是非誰の人生が1番幸せだと思うか?聞いてみたいと思う。 評価9点。オススメ 2004年43冊目 (旧作・再読作品12冊目) ...
|
|