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『疾走』 重松清 角川書店 - 2003年08月31日(日)

『なんなんだこれは?』という帯の文句が乙一さんの作品であったが、まさしくその言葉はこの作品にふさわしい。
今までの重松さんの書いてた領域をはるかに越えた意欲作だ。

最初は平凡な地方の中学生から始まる主人公シュウジ(一家と言った方が適切かな)の悲劇の人生を描いている。
途中本当に辛くって一度中断した。
まるで内臓が抉られそうな話だ。
どんな感じかちょっと引用したい。

“ああ、そうか、とおまえは気づく。赤ん坊は、生まれるときに母親の血を全身に浴びて外の世界に出てくる。にんげんの人生は、血まみれになることから始まるのだ。”)(本文より)

重松さんのターニングポイント的作品といえそうなんで、内容はもちろんのことどういう意図で書かれたかに留意して読んでみた。

まず、掲載雑誌(KADOKAWAミステリ)からして、若年層の読者を獲得しようと思われたと考えられる。
徹底的に人間の弱さを抉りだした本作の“短い人生を疾走した主人公”に共感できるのは柔軟に物事を受け入れれる独身世代の方だと思う。
氏の代表作の『流星ワゴン』や私のお気に入りの『幼な子われらに生まれ』などはどちらかと言えば既婚で子供がいる方の方がずっと感動度が高いと信じて疑わないが、本作に関しては逆だろう。

若い方だと純然と青春小説として読めるかもしれないと思う。

逆に、人の親になった方が読まれたら(子供の大きい小さいにもよると思いますが)、受け入れにくい面があるような気がする。
それは“うちの子はこんなんじゃない”とかいったレベルじゃない。
すでに子供さんが大きい方なんかは引き戻せない。
“やり直しが効かないのが人生だ”って誰もが悟っている。
お子さんがいらっしゃる読者の方ってもっと小さなことを大きく悩んでるのが大多数じゃないかなあと思う。

私もそうなんですが(その結果、後半の東京に出てきてから以降は2回読みました)どうしても否定的に捉えがちでした。
単に性描写がキツイとかそう言った問題じゃなくって“あえて、こんな作品を書く必要があるのだろうか?”あるいは“重松作品の特徴である、ラストでの前向き度があまり見られない。”と純然たる疑問が湧いた。
そう思われる方も多いと思う。

でも全編にわたって救いがない話ではない。
後半シュウジやエリにエールを送ることが出来たのは正直ホッとした。

でも主人公があまりにも若いので(15才)、心の動きがわかりづらかったのも事実である。
言い訳がましいが、奥が深い作品なんで内容に関してはちょっと感想が書きにくいのが偽らざる気持ちである。
聖書の部分も読み返したがちょっと理解し辛かった。

でも私の結論は“あまりにも主人公に重荷を背負わせすぎて痛々しすぎる”と言う事に帰着する。

私は重松さんの作品の魅力は概して“大いなる共感”“強いメッセージ性”の2点だと思っている。
現在のファン層では前者の理由で読まれてる方の絶対数の方が多いと思う。
私もどちらかと言えば前者の理由で読んでるのだが、本作に限って言えば後者向けかなあと思った。
そこが若年層向けたる所以かなあと思う。


正直言って、従来の重松さんの読者が求める作品じゃない気がする。
少なくとも私はそうだ。
“切なくってほろずっぱい”話を読みたい。本作はそれを通り過ぎて“悲しすぎる”のであるのが残念だ。

でも作家も変化している。ファンも受け入れなければならないのだろうか?

つくづく重松さんの作品ってゆっくり“『疾走』じゃなくって『徒歩』しながら読みたい”なあって強く思った。
本当にこの作品を高く評価できる人って羨ましいなあってちょっとジレンマを感じたが皆さんはどうでしょうか?

評価7点。

関連リンクコラム“重松さんと横山さん”

関連リンクコラム『疾走』と『哀愁的東京』


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『恋愛寫眞 もうひとつの物語』 市川拓司 小学館 - 2003年08月28日(木)

ストーリーがピュアだから読み手もピュアな気もちで読みたい作品だ。

市川拓司さんの作品は『いま、会いにゆきます』に続いて2冊目だが、本作も凄い。
恋愛の素晴らしさ・切なさを集約した物語である。
内容的には前作より単純かもしれないが、本作の方が若者向き(独身向き)というか青春小説的要素が強いような気がする。

でも彼のすごい所は若者のみならず“老若男女”が楽しめる所である。
典型的な恋愛小説なんだが、ジャンルにこだわらずに幅広い方から支持される内容である。

恋愛中のあなたはもちろんのこと普段、『恋愛小説はちょっと~』と思っているあなたにも是非読んでもらいたい小説だ。

自分の気持ちよりも相手の気持ちを優先させれるところは学ぶべき点である。

読後はきっと恋愛中のあなたはきっと今以上に相手を大切にすることが出来るであろうし、恋愛してない方(出来ない方も含む)も実生活にて必ず生かせると信じたい。

まるで市川さんの小説の世界は読者をまるで子供が遊園地で乗り物に熱中しているみたいな感覚にさせてくれる。
まさに陶酔するという言葉がピッタシだ。

私も静流に陶酔してしまった。
きっと市川さんの理想の女性なんだろう。
そうでなければこんな話書けないなあって率直に思う。
“愛する人の死”というテーマで書かせたらこの人の右に出る人はいないんじゃないかなあ。

誠人はきっと静流が愛した以上に彼女を愛していたのだと信じていたい。

読み終えた後『どうしてひとつひとつのシーンが読者の目に妬き付いて離れないのだろうか?』という疑問が湧いた。

ひとつは無駄のない文章に尽きると思う。
スッキリしていて清々しい。

あと、市川さんの魅力はなんと言っても“会話の面白さ”と“比喩表現の巧さ”だと思う。
作中で取り上げられた映画や小説、見たり読んだりしたくなったのは私だけじゃないはずです。
さっそく、『恋しくて』借りてきました(笑)

恋愛小説のレビューを書くのは苦手だ。
私のレビューはありきたりだが(笑)、小説はダイアモンドのようにキラキラ輝いていることだけは伝えたいと思う。
たとえふたりが離れ離れになっても・・・

評価8点。




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『雷桜』 宇江佐真理 角川書店 - 2003年08月26日(火)

宇江佐さん著作リスト《こちら》

本作は庄屋の娘として生まれたものの、1歳の誕生日の直前に藩の陰謀によって“かどわかし”にあって波乱の生活を過ごしその後帰郷、運命に翻弄されながらも信念を貫いたヒロインお遊の悲しくも切ない話である。
従来の宇江佐さんの江戸下町を舞台とした人情話に慣れられてる方は若干戸惑うかもしれない。
でも長編小説の魅力を存分に味わえる佳作だと言えると思う。

本作は通常の“身分違いの恋”という単純な話ではない。
実らなかった恋であるが、ひとときだけでも幸せを燃焼つくした2人はきっと幸せであったと信じたい。
いや、“実らなくてよかった”恋と思いたいといった方が適切かな。

斉道が江戸に戻る前日、炭焼き小屋で肌を重ねた二人がその夕方、みんなの前に馬に乗って現れるシーン。本当に美しいです。
夏の終わりのいい想い出となりました。

信念を曲げずに生き抜いた“お遊”に拍手を送るとともに助三郎という宝物の幸せを祈らない読者はいない。
2人の愛情は助三郎によって受け継がれるから安心だ。

多少難を言えば、斉道がヒロインと比べて存在感が薄い点である。
お遊と知り合うまでの彼の“狂気”が気になって仕方なかった点は否定できない。
宇江佐さんはそうすることによって“お遊”の素晴らしさをより際立たせようとしたのだと思いますが・・・

ただ、助三郎の出生を産みの父親に話さずに身内の“胸の内”に仕舞っておいたストーリー展開は素晴らしいと思った。
それがかえって物語全体を“潔い”ものとしている。
あと印象的だったのはお遊が出てくるまでわずかな生存の可能性を信じて祈っている瀬田家の家族一同の懸命さが胸を打った。


本作は宇江佐さんの作品の中でひときわ“恋愛要素が強い”作品である。
女性が読まれたら特にインパクトが強いと確信してます。
是非この作品を読んで恋の切なさをあなたの“胸の内”に仕舞っておいて欲しいと思う。


評価8点。



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『クライマーズ・ハイ』 横山秀夫 文藝春秋 - 2003年08月24日(日)

今までの横山氏の作品を越えた最高傑作の誕生だと思う。
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作品内容と出版社が文藝春秋の為に“幻の直木賞候補”といえそうな作品ですがもはや、横山さんには直木賞の栄誉はいらない。
というのは読者が正当に評価を下しているからである。

“直木賞訣別宣言”は氏の自信の表れに他ならない。
本作を読めばそれが実感できる。

持ち味の緊迫感と力強い文章で不況の中一人気を吐いている感の強い横山さんだが、従来の警察を舞台にした作品はいささかテーマが小さかったが、本作は全然違う。
警察署じゃなくて新聞社が彼の“本職”だったのだ・・・

1985年、御巣鷹山の日航機事故で運命を翻弄された地元新聞記者たちの悲喜こもごも。上司と部下、親子など人間関係を鋭く描いているのであるが、特にヒューマンドラマ的要素を織り込んでる点が見逃せない。
まさに横山氏の新聞記者時代の取材体験を下にフィクションとノンフィクションを融合したような作品である。

ズバリテーマは“親子愛”“命の尊さ”“男の生き様”

上記いずれの観点からも楽しめる点が凄い。

警察内の話が中心だった今までの横山さんのどの作品よりずっと壮大な話となっている。
もちろん、社内の派閥争いや出世争いも楽しめるがそれよりも新聞報道のあり方について熱く語ってるところがいい。

細部にわたって多少は不満点もあるが、それを言い出したら他の作家の作品なんかキリがないと個人的に強く思うのでここでは割愛したい。
何せ、“衝立岩”で男同志が本音を語り合うシーンがとっても印象的だ。
ラストも“あっけない”という捉え方も出来ますが、“読者の希望通りに落ち着かせた”と思ってます。

ストーリー的にも主人公の悠木が一緒に登ろうと約束していた“衝立岩”に過労で倒れたために登れなくなった友人安西『下りるために登るんさ』という謎の言葉の解明と親子関係の苦悩、また未曾有の事故の全権デスクに命じられて追いつめられて行く心の動きが読みどころ十分である。

タイトル名じゃないが読者も400ページあまりひたすら“ハイ”な気分に浸れるのである。

横山氏の何よりも凄いのは、主人公のみならず、周りの人間の心理描写の的確さである。
脇役でさえ、主人公並のキャラクタライズが出来ているところがスキのない作品を構成してるのであろう。

ラスト近くでの、望月彩子の投書の言葉の掲載から、その後の彼女にいたる内容に関しては横山氏の本当の“メッセージ”と言うか今までにない読者への投げかけを見た気がする。
投書の言葉ちょっと引用しますね。

『私の父や従兄弟の死に泣いてくれなかった人のために、私は泣きません。たとえそれが、世界最大の悲惨な事故で亡くなった方々のためであっても』

上記の引用によって主人公や現場の人間の葛藤や苦悩がよりクリアーなものとなった気がする。
あと、本作品のあり方と言うか価値がかなり上がったと私は判断しておりますがどうでしょうか。

とにかく色んな点から楽しめ考えさせられ、心に残る一冊なのは間違いない。
“迷うなら読んでください。”と声を大にして言いたい最高のエンターテイメント作品だと言える。

ただ寝不足にならないように注意してくださいね(笑)
最初から最後までヤマ場の小説だから・・・

そうそう、山での男たちの率直な意見の語り合いが清々しいことを付け加えたいと思う。


評価10点。超オススメ

横山さん著作リストはこちら





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『哀愁的東京』 重松清 光文社 - 2003年08月22日(金)

本作は最近の重松さんの作品の中では軽く読める部類かもしれない。
でも決してそれは感動的じゃないという意味合いではない。
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主人公の進藤宏は18才で上京、現在40才はフリーライターで主に週刊誌の仕事をしている。
数年前に絵本も書いたのだが、こちらは副業となっている。
妻は娘を連れてアメリカに行って現在別居中。
編集者のシマちゃんによると
「スランプだスランプだって言い訳して、ちっとも新作を書けない怠け者だ、・・・絵本を書けないでいるうちに、アルバイトのはずだったフリーライターの仕事がすっかり本業になっちゃった、流されやすい性格のひとです」
彼の生活は“食べ物やゴミ袋は切らしても、煙草とコーヒーだけは買い置きをたっぷりしている”典型的な中年の一人暮らしだ。


東京という大都会でしかありえないある意味時代の最先端を走る職業“フリーライター”という仕事を通して、最初の章にて同じ大学出身で“元ITビジネスの旗手”田上と知り合い意気投合、彼は学生時代の“覗き部屋”のアリス嬢が忘れられないという。
田上やアリスと出会うことにより失われた何かを感じ取ることが出来た主人公は紆余曲折を経て絵本を書く気力を取り戻して行く。
編集者のシマちゃんがとっても屈託がなく印象的な1章となった。
彼女の存在感はこの物語に光をもたらしているのは間違いない。

作品全体の構成としては、最初の章のみ書き下ろしとなっている。見事な加筆及び再構成と言えよう。

その後(第2章以降)、過去の友達やフリーライターと言う職業を通して知り合ういろんな人たち・・・
元ピエロ、落ちぶれたアイドル歌手、元売れっ子作曲家、過去の友人である痴漢、年老いたSM嬢、ホームレスの夫婦など・・・
でもみんな満身創痍(いい意味で)の人生を送ってます。
さまざまな“人間模様”を鋭い洞察力で描いてます。

ここに出てくる登場人物は都会における生き様の典型的な例に違いないがその一部であることも間違いない。
そう言った意味合いからして“明日は我が身小説”である。

物語の前半で主人公の『パパといっしょに』を書いてからずっと絵本を書けないという境遇を読者はなんなく理解することができるが、その後は最終章にていろんな結末を迎える。
最終章は本当に感動的だ。
妻子との別れのシーンにあまり情を絡ませなかった所に重松さんの変化を見た気がする。
結末を迎えるが決して物語の終わりではない。
そのあとの物語は読者がバトンを受け継ぐからである。
いわば、小説が“問題集”(練習)読者の実生活が“試験”(本番)のようなものだ。

重松清の小説は“人の人生を変える力”を持っている。
読者が身につまされやすい話をどんどん用意してくれる稀有な作家だ。
本作の主人公は客観的に幸せな部類じゃないと思う。
それは彼の人生における割り切れなさに起因している。
主人公の割り切れなさはある意味彼の“良心”だ。
その良心に惹かれない重松ファンはいない。

重松さんの読者の方ほとんどが前向きに生きているが悩みもある。
私もそうだ。
本作はきっと失われた自分を見つけだす手助けとなる恰好の作品だと信じたい。
決して“自分の方がマシだなあ”と安心してほしくないと思ってるはずだ。

重松さんの小説の主人公の苦悩は読者の苦悩でもある。
主人公の“フィルター”が読者の“フィルター”だ。
時には曇っている事もあろうし、鮮やかに見えることもある。
でも、みんな幸せを望んで前向きに生きていることには違いない。
読者同士、いろんな苦しみを共有する事によって生きる哀しみを緩和していってるのだと思う。
ある意味“皆がこの本を読んでいると言う事で連帯感が芽生えてる”ような気がしてならない。
重松さんの作品はそう読むべきだと信じて疑わないし重松さんもそういった読者を望んでいると思う。

帯に『生きる哀しみを引き受けたおとなのための“絵のない絵本”』とある。

きっと読後は『生きる喜びを得られたおとなのための“絵のない絵本"』となるでしょう。

本作は私にとって重松さんが今後もっと素晴らしい作品を書けるであろうと確信した作品でもあることを付け加えておきたい。
まだまだ余力を残しているような気がしてならない。

評価9点。オススメ


関連リンクコラム『疾走』と『哀愁的東京』




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『深川澪通り木戸番小屋』 北原亞以子 講談社文庫 - 2003年08月21日(木)

久々に北原さんの作品を読んで見た。
慶次郎シリーズとともに彼女の代表作となっている“木戸番小屋シリーズ”の第1弾である。ちなみに現在第3弾まででている。
慶次郎シリーズより捕物的要素が少ない本作は典型的な“市井もの”の作品と言えよう。
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とっても心が暖まる作品である。
江戸深川を舞台として季節感の描き方も上手い。
澪通りにある木戸番小屋の笑兵衛、お捨夫婦が主人公だがどちらも木戸番小屋で働くイメージとはかけ離れた出来た人物で周りからの信望も厚い。
1篇1篇夫婦を通して登場人物が“癒されて行く過程が見事にせつなくこまやかに描かれ”ていて目が離せないのである。

何もない感じの2人の過去の傷を少しづつ小出しに表していくところも心憎い限りである。
苦労を重ねる事によって2人の現在があるのがよくわかる。
“一蓮托生”と言う言葉があるがまさにこの夫婦にピッタシの言葉といえそうです。

文章的には藤沢さんより“明晰な”感じがする。
北原さんが生粋の江戸っ子というのも影響してるのでしょうか。

全8篇どれもが素晴らしいのだが、個人的には表題作と「坂道の冬」がいいかな。
ちょっと後者から引用しますね。

『ねえ、どうしてお金持になったおちかちゃんが植木職人の銀次さんと一緒になるのは健気で、貧乏人のわたしが三桝屋の若旦那と一緒になるのは図々しいんですか』(坂道の冬より)

上記に対するお捨のアドバイスが凄く適切で印象的なんだけどこれは読んでのお楽しみと言う事としたい(笑)

読み進めていくうちに登場人物と同じようにお捨のふくよかな笑顔に心癒されることが出来れば幸いである。
理想の夫婦像として読まれても面白いのかもしれません。

時代物の女流で直木賞作家は北原さん以来出ていないらしいが、まさに直木賞作家の真の実力を見せつけられた気がする。
なお、本作は泉鏡花賞を受賞されていることをつけくわえておきたい。
ネット上でも地味なせいか(?)あまり読まれてないようだが、宇江佐真理さんの“髪結いシリーズ”のファンの方なんかに是非手にとってもらいたい作品である。
安心して読めるはずですよ。

そして“いかに人間らしく生きるか”を学び取れる作品であると確信してます。

評価9点。オススメ



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『そして夜は甦る』 原 尞  ハヤカワ文庫 - 2003年08月20日(水)

古く壊れかけたブルーバードが愛車で両切りのピースを愛用している私立探偵沢崎が主人公のシリーズ第1弾です。
原さんは次作の『私が殺した少女』で直木賞を受賞されてますが、本作は“このミス88!”で2位にランクインした記念すべきデビュー作です。

なんといっても全体を通して“洒落た会話”を楽しめる所が嬉しい限りである。
比喩を多用した言い回しも読んで行くうちに慣れてきてまさに原ワールドに浸ってしまう。

もちろん、綿密なプロットも読ませてくれる。最後の最後まで目が離せないところはさすがと言えそうです。ラストの決め方も渋いですね。
作品の中に随所当時の時事的なニュース“阪神の優勝や、桑田の入団、千代の富士の活躍等”が登場して読んでいて懐かしい気がした。

内容的には、話が二転三転して“謎が謎を呼ぶパターン的展開が取られており”いずれもスキのない沢崎の探偵振りが発揮されてて驚かされつつも安心して読める1冊と言えそうですが、最近の同ジャンルの作品を読まれてる方には必須アイテムの“携帯電話やメール”が登場しないので物足りなく感じられるかもしれません。

あと登場人物リストがあるのですが、急展開と登場人物の多さにのすべての読者がついて行けるのかなあとは思いましたがみなさんはどうでしょうかね。
意外だったのはパートナーの渡辺がもっと登場するのかなあと思ってましたが、本当に脇役だった点かな(笑)

逆に沢崎と錦織警部との見事な会話の応酬はある意味で本作の強い個性を際立たせる効果をもたらせている点は見逃せない。

現代小説の風化は甚だしい。2~3年たって文庫化される時点でも古く感じてしまうからだ。
そういう意味合いにおいて本作は決して最近の作品と比べて読むべき作品ではないと思う。
ひとつのスタイルを築き上げた名作として読むべき作品だ。
この作品が書かれた1985年当時の読者を思い出すだけでも懐かしく感じる。
あまりに懐かしくて、昔の友達に電話したりするきっかけとなるかもしれない(笑)

逆に、“リアルタイム”で読めなかったことが残念な気がした。
当時読めた人に対して嫉妬するのはそれほどこの作品が素晴らしくセンセーショナルだった事を証明してるような気がする。

今後はミステリー系ハードボイルド系の“古典的名作”として読み継がれることは間違いないでしょう。


ちょっと余談になるが、作中の都知事兄弟、○原兄弟に似てるような気がするのは私だけじゃないでしょうね。

評価8点




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『三屋清左衛門残日録』 藤沢周平 文春文庫 - 2003年08月19日(火)

藩の用人を辞め家督を息子に譲り隠居して日記(残日録)を綴る三屋清左衛門を主人公とした連作短篇集。

現代風に言えば、定年退職したサラリーマンの生活を描いてるので少し重松清さんの『定年ゴジラ』を彷彿させる作品かもしれませんね。
でも内容は全然違います。

どちらかと言えば男性読者向きの作品と言えそうです。
他の捕物帖なんかと比べると恋愛要素は少ないし(小料理屋「涌井」の女将と少しありますが)、主人公が高齢(50歳過ぎ)の為にバタバタ剣客シーンもありません。地味と言えばとっても地味なんですよ、この作品は。
でも味わい深いという形容がピッタシの作品と言えそうです。
展開的には後半から藩の派閥争いに巻き込まれる所が見所となっている。
いろんな人がの人生模様が駆け足で描かれている点は見逃せない。
結構、男性はこういう話が好きですね。自然と自分に置き換えてしまいます(笑)

主人公の清左衛門は隠居後もいろんな人から慕われ頼りにされます。
現代に生きる我々としたらそこに自分の定年後の理想を追い求めることも出来そうです。

特に始めはいざ隠居するも世間から隔絶された気となり、自閉的になりそうな所を徐々に打破して行く過程が見所です。
息子夫婦に対する気遣いや、昔の友達との確執。あるいは釣りや道場通いもします。
でも永年培ってきた彼の“人徳”が打破してくれます。

男性読者(特にサラリーマン)にしたら“定年後の理想の生き方”を清左衛門に見出すことが出来そうです。
心が広くて穏やかな理想の男としての・・・

でも本当の定年後ってこの物語が終ってからの方が長いんですよね。

本文中に清左衛門が“昔日を振り返り後悔するシーン”がかなり出て来ます。
きっと一生懸命生きてきたから後悔するのでしょう。

藤沢さんはこの物語を通して“今を大切に生きなさい。そうしたらきっと光がさして来ますよと”と示唆してくれている。
私はそう学び取りましたが、読まれる方の年代によっていろんな捉え方が出来る作品と言えそうです。
まだまだ私には奥行きが深過ぎてわかりかねる部分もあったことも事実です(苦笑)

評価8点


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『蝉しぐれ』 藤沢周平 文春文庫 - 2003年08月18日(月)

本作は藤沢周平さんの代表作と一般的に言われてる作品であるが、まさに時代小説のエッセンスを一冊に凝縮させた作品だ。
とにかく時代小説というジャンルにとらわれずに“恋愛・青春・剣客小説”のいずれにも楽しめる所が凄いところである。
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よく“主人公に惚れる作品”と言う言葉があるがそういう形容がピッタシな作品といえよう。

なんといっても主人公の牧文四郎がとってもいい。まるで爽やかで潔い少年の代名詞のような人物だ。
彼は私が今後他の小説を読むにあたりその作品の主人公と必ず比較してしまう人物なのは間違いない。
“海坂藩”という藤沢さんの作品でよく出てくる架空の藩の“平凡な剣術にたけた若者”であるがゆえに一般読者も等身大の気持ちで受け入れれるのであろう。
受け入れるというより“主人公に成り切れる”と言った方が適切かな。

これほど徹底してキャラクタライズされてる人物は少ないんではないだろうか。
歴史小説における実在の人物(例えば『燃えよ剣』の土方歳三)の存在感の大きさは衆目の一致するところだが、本作の文四郎の存在感の大きさも勝るとも劣らずである。

作品全体としてもひとつひとつのエピソードに全く無駄がなく、どのシーンも“読後も甦ってきそう”なほど印象深く残る。

そこに藤沢さんの確かな筆捌きを感じる。

ロマンティックな読者にとっては“おふく”との結末が物足りないと感じるかたもいらっしゃるかもしれないが、決してそうではないような気がする。
若い時に読んだ場合、私も物足りなく感じたかもしれないが(とりようによったらハッピーエンドじゃない)、年齢を重ねるにつれて“おふくとのことはいい想い出だからこそ今の文四郎がある”と感じれるんじゃないかなあ。
ラストの再会のシーンちょっと引用しますね。最初と最後がおふくのセリフです。

『文四郎さんの御子が私の子で、私の子供が文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか』(中略)『それが出来なかったことを、それがし、生涯の悔いとしております』(中略)『うれしい。でも、きっとこういうふうに終るのですね。この世に悔いを持たぬ人などいないでしょうから。はかない世の中・・・・』

2人の関係はお互いいい部分だけをいつまでもイメージすることによって、生きていくエネルギーをお互いに強く与えあっている関係なんだと感じました。
いつまでも淡い気持ちはお互い離れてるほうがずっと持ち続けることが出来るでしょう。

本作は、普段時代小説を読まれない方にも是非1度手にとって欲しい作品である。
風景描写の上手さだけでも是非味わって欲しいなあ。
きっとあなたの人生に何らかの意義を投げかけてくれるでしょう!
少し余談ですが某出版社の中学の教科書にも使われてるらしいですよ。 

私はいつまでももち続けたい“負けない力と童心の心”を与えてくれた気がする。
最後に再読すれば年齢を重ねるにつれ感慨がよりひとしおとなる作品であろうことを付け加えておきたいと思う。
数年後の楽しみが増えました(^○^)

評価10点。超オススメ


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『午前三時のルースター』 垣根涼介 文春文庫 - 2003年08月12日(火)

読ませどころの多い小説である。
少年の成長物語としても楽しめるし、一級のサスペンスミステリーとしても楽しめる。

私はちょっと視点を変えて、父親の失踪の動機に主眼を置いて読んでみた。
結構辛いもので『日本というのはこんなに魅力のなくなった国なんだろうか?』と痛感!
ラストの感動シーン(これは読んでのお楽しみということで・・)よりも胸が締めつけられた。

全体を通して長瀬、少年、父親、祖父、それぞれの境遇の違いが考えや人生観をここまで変えてしまうのかと驚愕しました。

細部にわたりちょっと物足りない面もある(例えば父親と少年との再会シーン)が、テンポ良く読めるのは間違いないところ。
あと東南アジアの国の情勢もよくわかって勉強にもなりました。

現地人と長瀬や少年との心の触れあいも本作の楽しみのひとつでしょう。
あと、古いバイクや車のエンジンなどに関するこだわりもこの作家の特徴かもしれませんね。
デビュー作としては合格点をあげたいと思います。なお本作はサントリーミステリー大賞受賞作です。

評価8点。


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『虹の家のアリス』 加納朋子 文藝春秋 - 2003年08月10日(日)

『螺旋階段のアリス』の続編です。
文藝春秋社の本格ミステリーマスターズからの出版となってるが装丁がイマイチ合ってないような気がするが、出版社の苦肉の策での刊行なんだろうか。

前作は夫婦がテーマだったが本作は家庭がテーマとなっている。全6編からなるが表題作意外はちょっと物足りないような気がする。ミステリーとしての切れ味が前作ほどないように感じられた。
その中でも表題作の「虹の家のアリス」がいい。こんな子どもを持ちたいと思われた読者は私だけじゃないはずです(笑)

全体を通して前作に比べて安梨沙の女性としての成長振りが目立つ本作だが、個人的にはちょっと純粋な前作の安梨沙の方が好きなのでちょっと読後感が落ちたような気がする。
私の読み方が間違ってるのかもしれませんが、どうしても加納さんの作品を読むと女性主人公と加納さんをオーバーラップさせてしまいますね(笑)


後半以降は仁木の家族や安梨沙の生い立ちもわかってきてファンの方には楽しめるかもしれません。
“謎めいた女性”の方が魅力的な方にはちょっとどうかなあって思いますが・・・

人の“悪意の怖さ”を描いているのも本作の特徴なんですが全体的にはやはり“優しい視点”で描かれてます。

個人的には作家としての技量はアップしてるのでしょうが、初期作品(『ななつのこ』など)に代表される圧倒的な個性は陰を潜めた気がして残念でならない。

評価7点。



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『不夜城』 馳星周 角川文庫 - 2003年08月02日(土)

馳星周さん初挑戦しました。新宿歌舞伎町の中国人裏世界を描いてます。

本作品はデビュー作ながら吉川英治新人文学賞も受賞されていて直木賞の候補にも上がった作品でもありますが、世界一節操のない街としての新宿歌舞伎町も馳さんならではの徹底された描写で楽しめます。


誰も信じれないで生きるわびしさというか虚無感が漂っている作品ですが、それだけ、筋金が入った作品だと言えそうな気がする。

台湾人と日本人のハーフの主人公健一にも当然善意はありません。逆に自分の幸せさを実感できる1冊とも言えそうです。
映画化もされビデオでは見ましたが、ちょっと映画の金城一紀がマイルドすぎるような印象も拭えない気がする。

主人公が途中で改心など一切行わない所に馳さんのこだわりを感じた。
誰もが真似を出来ないとわかっている内容に500ページあまりどっぷり漬かれるのは大きな収穫と言えそうです。

もちろん、健一と夏美の似たもの同士の境遇の2人の駆け引きたっぷりの恋愛模様もじっくり楽しめる所が嬉しい。
敢えて難点を言えば、同じような名前の人物が多くって混同しました。
もっと一気に読むべきだったのだろうか(笑)

でも、救いのないラスト(?)はこの小説にピッタシだと支持したく思う。

読後に自分の周りの人を今まで以上に信じたくなったのは私だけでしょうか?

評価8点。




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