さくら猫&光にゃん氏の『にゃん氏物語』
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2003年01月29日(水) |
にゃん氏物語 末摘花13(すえつむはな完) |
にゃん氏物語 末摘花13(すえつむはな完)
灯影の空蝉は美人ではなかったが姿態の優美さには魅力があった 常陸の宮の姫君は空蝉より品が悪くないはずなのに…そう思うと上品 さは身分によらない 男に対する態度 正義観念の強さ それで退却 してしまったことなど何かにつけて源氏は空蝉を思い出した
その年の暮れ押し詰まった頃 源氏の御所の宿直所へ大輔の命婦が きた 源氏は髪をすかせるなどの用事は恋愛関係の無い女で冗談の 言える女を選ぶ 大輔の命婦はよくその役にあたり安心して桐壷へ 来た 「変なことがありまして…言わないのも意地悪くて困ってしまって 来たのです」と微笑んでその後を言わない 『何かな 私には何も隠すことがないと思っていたが』 「いいえ私のことならよかったのです 貴方様に相談するのは もったいない事ですが この事だけは困ってしまいました」 なおさら言わないのを源氏はまたこの女が思わせぶりを始めたと 思った 「常陸の宮家からです」こう言って命婦は手紙を見せる 『別に君が隠さなければならないわけはないじゃないか』こう源氏は 言ったが受け取って困った もう古くなって厚ぼったくなった厚めの 和紙の檀紙に薫香の匂いが十分つけられていた とにかく手紙の形 にはなっていた 歌もあった
唐衣君が心のつらなれば袂はかくぞそぼちつつのみ 貴方の心が冷たくつらいので袂はこのように濡れ続けるだけです 何かと思えば大げさな衣装箱を命婦は出した 「こんなきまりの悪いことがあるでしょうか 正月の着物のつもりで 用意したようです 返す勇気は私にはありません 私の所に置いて おいても先方の気持ちを無視することになります 見せてから処分 しようと思ったのです」 『君の所に置いておいたら大変だ 着物の世話をする家族もいない のだから…親切をありがたく受けます』 とは言うがもう冗談も口から出ない それにしても下手な歌だ これは自作に違いない 侍従がそばにいれば手直しするところだが その他の先生はいないししょうがない その人の歌を作るのに苦心 する様子を想像するとおかしい
『貴重な貴婦人なのだろう』と言いながら源氏は微笑んで手紙と 贈り物の箱を眺めていた 命婦は顔を赤くした エンジの我慢できない嫌な色の直衣で裏も野暮ったく濃い 品の悪さが端々に見える 感じが悪いので 源氏が女の手紙の上へ 無駄書きするように書く それを命婦が横目で見る
なつかしき色ともないに何にこの末摘花を袖に触れけん 色濃き花と見しかども 別に親しみを感じる花でないのに何で末摘花の紅花色を手に触れる ことになったのだろう 色濃い花に見えるのにと読まれた 花という字に要点があるのだと 月の差し込んだ夜などにたまに 見た女王の顔を命婦は思い出し 源氏のいたずら書きは酷いと思い ながら おかしかった
くれなゐのひとはな衣うすくともひたすら朽たす名をし立てずば 薄紅に一度染めただけの衣の色のように源氏の心がたとえ浅くても ただ姫君末摘花の名を台無しにするようなことさえなければ よろしいのです 「その我慢も勉強です」理解があるようにこんなことを言っている 命婦もたいした女ではないがこれくらいの事を言える能力があの人 にあればなあと源氏は残念そうだ 身分のある人であるので源氏から 捨てられたという汚名をあの人に立てさせたくないと思う ここに誰かが近づく足音がしたので『これを隠そう 男はこんな真似 も時々しなければならないのだろうか』源氏は迷惑そうだ 命婦はなぜ見せたのだろうと自分が恥ずかしくなってそっと帰った
翌日命婦が清涼殿に出ると台盤所を源氏が覗いて 『さあ返事だ どうも晴れがましくて堅くなった』と手紙を投げた 多数の女官たちが源氏の手紙の内容をいろいろ想像する 『たたらめの花のごと三笠山の少女をば棄てて〜』 まるで紅梅のように三笠山の少女は捨て置いて という歌詞を歌いながら源氏は行ってしまった また赤い花の歌で命婦はおかしくて笑った わけがわからない女官 たちは口々に「なぜ笑っているの」と言った 「いや寒い霜の朝『たたらめの花のごとかい練り好むや』という歌の ように赤くなった鼻を暖めるのに紅色のかい練りを重ね着していたの を見つけたのでしょう」と大輔の命婦が言うと 「わざわざそんな歌を歌うほど赤い鼻の人はここにはいないでしょう 左近の命婦さんか肥後の采女がいっしょだったのでしょうか」など 源氏の謎の意味に自分たちが関係あるのかないのか騒いでいた 命婦が持ってきた源氏の返事を常陸の宮では女房が集まって大騒ぎ だった
逢はぬ夜を隔つる中の衣手に重ねていとど身もしみよとや 貴方と逢えない夜がいく晩も重なり二人の仲を袖が隔てているのに さらにこの袖を重ねて逢うのを隔てようというつもりですか 白い紙に無造作に書いてあってとても美しい
三十日の夕方 あの衣装箱の中へ源氏が他から貰った白い小袖の 一重ね 赤紫の織物の上衣 その他山吹色や色々な色のものを入れて 命婦が宮家へ持ってきた 「こちらで作ったのがいい色じゃなかったというあてつけ でしょうか」と一人の女房が言う 誰もが普通はそう思う 「あれは赤くて深みのあるできばえです この好意を嫌がるはずは ない」老いた女たちはそう結論つけた 「歌もこちらのは意味深く格式が高いです 返歌は格式が無く くだけ過ぎです」こんな事まで言った 末摘花も苦労して作った から紙に書いておいた 三ヶ日が過ぎて男踏歌(本番は一月十四日)であちらこちらの若い 公達が歌舞をする騒ぎの中 源氏は寂しい常陸の宮を思いやっていた
正月七日のあお馬の節会(この行事は中国の故事によるもの 『馬は陽の獣 青は春の色 正月七日に青馬を見れば一年の邪気を 除く)が終わってからお常御殿を通り桐壷で泊まるように見せかけて 夜更けに末摘花の所へ来た これまでと違って家が普通の家になっていた 姫君も少し女らしく なっていた 全てを変えることができればどんな苦労もできるだろう と源氏は思った その日は日の出までゆっくり泊まっていた
東側の妻戸を開けるとそこから向こう側への廊が壊れているので すぐ戸口から日が差し込んだ 少し積もった雪の光も加わり室内の ものがよく見える 源氏が直衣を着たりしているのを眺めるために 横向きに寝ている末摘花の頭の形や畳にこぼれかかっている髪も 美しい 源氏はこの人の顔も美しく見える時が来たらと将来に期待 しながら格子を上げた 前にこの人の姿をすっかり見てしまい雪の 夜明けに後悔したことを思い出し 上まで格子を上げず脇息を支え にした 源氏が寝ぐせを直していると とても古い鏡台や外国製の櫛箱や 掻き上げの箱などを女房が運んできた 普通の家には無い男用の 髪道具もあるのは源氏には面白く思えた
末摘花が現代風に見えたのは三十日に送った衣類を着ていたからだ とは源氏は気づかなかった よい模様と思ったうちぎだけは見覚え があった 『春(一月)になったのだから今日は声を少し聞かせて下さい 鶯よりも何よりもそれが待ち遠しい』と源氏が言うと 「さえづる春は」(百千鳥さえずる春は物事に改まれどもわれそ 古り行く) 様々な鳥がさえずる春はあらゆるものが新しくなっていくのに 私だけが古びて行く とだけ姫君は小声で言った 『ありがとう二年越しに望みがかなった』と源氏は笑い 「忘れては夢かぞと思ふ」あなたが一緒にいるのを つい忘れてしまう夢でも見ているのではないかと思います という歌を口ずさびながら帰っていく 見送って口を覆った袖の陰から例の末摘花が赤く見えていた やっぱり嫌だなと源氏は歩きながら思った
二条の院へ帰って源氏は半分だけ大人の姿の若紫が可愛く思えた 紅色の感じはこの子からも感じるがこんなに親しみの持てる紅も あるのかと見ていた 無地の桜色の細長を柔らかに着こなす無邪気 な身のこなしが可愛い 祖母の昔風の好みで染めていなかった歯を 黒くさせたので美しい眉も引き立つ 自分ながらなぜつまらぬ恋をするのだろう こんな可憐な人が いるのにいつも一緒にいないで…
源氏はそう思いながらいつものように雛遊びをした 若紫は絵を描き 色を塗っていた 何をやっても美しく見える 源氏も絵を描いた 髪の長い女を描き鼻に紅をつけてみた 絵でも不細工だった 源氏はさらに鏡を見ながら筆で鼻を赤く塗って みる どんなに美しくても赤い鼻は見苦しい 若紫が見て笑った 『私がこんなに不細工になったらどうする』と言うと 若紫は「嫌ですね」と言って色が染み込まないかと心配していた 源氏は拭いたふりをして見せる
『どうやってもとれない 馬鹿なことをした 陛下は何と 言うだろう』源氏が真面目な顔で言うと若紫は可哀想と思って 硯の水入れの水を檀紙に染み込ませ源氏の鼻の頭を拭く 『平仲の話のように墨を塗っては駄目ですよ 赤いのはまだ我慢が できる』こんなことを言ってふざけている二人は若々しく美しい
初春で霞たなびく空の下 花が咲くのはいつなのか頼りなく思う 木々の中 梅の木だけが美しく花が咲いて優れているように見える 緑の階隠し:寝殿正面の中央階段の前にひさしを出したところ のそばの紅梅は特に早く咲く木だから枝が真っ赤に見えた
くれなゐの花ぞあやなく疎まるる梅の立枝はなつかしけれど 紅の末摘花はつまらなく気味悪がられる 梅の高く伸びた枝には親しみが感じられるが それを誰が分かってくれるか源氏は溜息した 末摘花や若紫 この人達はどうなっていくでしょう
2003年01月25日(土) |
にゃん氏物語 末摘花12 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花12
中門の車寄せ場は曲がって傾いていた 夜と朝は荒廃の具合が違って 見える どこも見えるものは寂しくたまらないが 松の木だけ暖かそうに 雪が積もっていた 田舎風の身に染む景色だと源氏は感じながら 品定めを思い出す こんな家に可憐な恋人を置いていつもその人を思って いたい その事で想ってはいけない人への恋の苦しみは慰められるだろう
あの人は叙情的な状態にいるが 何も男をひきつける魅力の無い女だ そう断言しても自分以外の男は あの人をずっと妻として置いておくことは できないだろう 自分があの人と一緒になったのも気にかかった故親王の たましいが導いたことだと思った
埋まった橘の木の雪を随身に払わせた時 隣の松の木が羨ましそうに 自分で跳ね起きて雪をささっとこぼした そんなに教養が無くてもこんな時 風流を言葉で言ってくれる人が一人でもいないだろうかと源氏は思った
車の通る門はまだ開けていなかったので お供に鍵を開けてもらうように 行かせると とても老人の召使が出てきて その後を娘か孫かまだ大人で ない女が真白い雪と対照的に薄汚れた着物で 寒そうに何か小さい物に 火を入れて 袖で覆うようにして持っていた 門は老人の手では開かずに 娘が手伝った 源氏のお供が手伝ってやっと扉が開いた
ふりにける頭の雪を見る人も劣らずぬらす朝の袖かな 老人の白髪頭に雪が積もりそれを見ると悲しくてその人と同じかそれ以上 今日は涙で濡れる朝の袖だなあ と歌い『霰雪白粉粉 幼者形不蔽』 (幼い者は着る着物もなく)と吟じながら 白楽天のその詩の終わりの 句に鼻の事が言ってあるのを思い出し源氏は微笑んだ
頭中将が自分のあの新婦を見たらどんな批評をするだろう何の比喩をする だろう 自分の行動に目を光らせている人だから いずれこの関係が気づく そう考えると心が救われない気がした
女王が普通の容貌なら いつでもその人から離れて行くことは容易だった だがそうでない姿をはっきり見てから かえって可哀想で良人らしく援助を いろいろしてやるようになった クロテンの毛皮ではなく 絹や綾や綿など 老いた女たちの着る服 門番の老人のための物まで贈った こんなことは自尊心のある女にはたえられない事だが常陸の宮の姫君は 素直に喜んで受ける それで安心して源氏はそういう世話をもっとして やりたいと思い生活費なども後に与えた
2003年01月22日(水) |
にゃん氏物語 末摘花11 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花11
空は薄暗いが積もった雪の光でいつもより 源氏の顔は若々しく見えた 年老いた女房たちは目の保養を与えられて幸せだった 「さあ早くお出でにならないと そんなのではいけません 素直に」 と注意されると 人の言うことにはそむけない所があって身支度をして 膝でにじり出てきた 源氏は見ないようにして雪を眺めているが横目は 使ってなくも無い どんなのだろう この人から美しいところを見つけ られれば嬉しいと源氏は思うが それは無理な注文だった
第一に背中の線の長く伸びている 胴長なのが目に映った やはりと思う 次に並外れな鼻である 目が止まる 普賢菩薩の乗り物の象を想像する 高くて長くて先が垂れ下がった所が赤かった それが一番の容貌の悪さ である 顔色は雪よりも白く 青白い 額は腫れたように高いのに 下に 長い顔に見えるのは よっぽど長い顔なのであろう 痩せ細りは気の毒 な程で 肩のあたりは痛々しく見えるくらい骨が着物を持ち上げていた なぜ全部見てしまったのだと源氏は後悔しながら つい目が行ってしまう
頭の形と 髪のかかり具合は 普段美人と思う人にもひけをとらず 裾は 袿の裾をいっぱいにして余りが一尺もあると見える 女王の服装までも 言うのは はしたないが 昔の物語でも服装は真っ先に語られるので 書くことにした
桃色が古びて白く変色したのを重ねた上に何かの色が黒ずんだ袿と クロテンの毛皮でいい香りのものを着ていた 毛皮は古風な貴族の衣装 であるが 若い女には似つかわしくなく異様に目立つ しかしこの服装で なければ寒さに耐えられないような顔色をしているので 源氏は気の毒に 思う 源氏は何も言うことができない 相手と同じように自分も無言の人に なった気がした だけどいつものように何か言うのを聞こうとして尋ねた とても恥ずかしがって袖で口を深く覆っているのも野暮ったい 肘を張って 練り歩く儀式官の袖を思い出す 笑みを浮かべた女の顔は品がない 源氏は長く見ていると可哀想になって早く帰ろうとした
『誰も頼りにできない貴方と知って結婚した私には遠慮しないで欲しい 必要なものを言ってくれるのが 私には満足です 私を信じてくれないから 恨めしくなる』など早く出る口実を作って
朝日さす軒のたるひは解けながらなどかつららの結ぼほるらん 朝日で軒に下がるつららは解けるが なぜ地面に氷は張って解けないのだ と言っても「ふふ」と笑っただけで返歌が出そうに無いので気の毒に思い 源氏はそこを出ていってしまった
2003年01月21日(火) |
にゃん氏物語 末摘花10 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花10
源氏がもしかしてよく見れば好きになるかもしれない 手で触った感触に おかしな所があったからか この人の顔を一度だけでも見たいと思うが はっきり分かってしまうのも不安だった それで誰もくると思わない深夜に まだなっていないが夜 源氏はそっと行って格子の間から覗いて見た
だけど 姫君はそこから見えるわけはなかった 几帳はとても古いが 昔のまま場所を変えず ちゃんとかかっている どこからか覗けないかと 源氏は縁側をうろうろしたが隅の部屋の女房四人五人だけが見えた お膳 食器など中国製だが古く汚くなっている 姫君の部屋からさげた物 を置き晩御飯にしているのであった
皆寒そうな格好をしている 白い着物で何も言いようがないほど煤けて 汚い着物の上に 真面目らしく正装の腰から下に衣をつけている そのうえ 古風に髪を櫛で後ろに押さえた額つきは内教坊:舞姫に女楽 踏歌を教える所 や 内侍所にこんな人がいるなあと思って可笑しかった 人に仕える女房がこんな格好をしているとは源氏は夢にも思ってなかった
「ああ寒い年です 長生きはこんな冬も経験するのです」と泣く者もいる 「宮様が生きていた頃 なぜ辛いところと思ったのだろう その時より さらにひどいのに このように私たちは 我慢してご奉公できる」 その女は両袖をばたばと 今にも飛んでいきそうに震えている 生活について露骨に体裁の悪い話ばかりで聞いてて恥ずかしいので 源氏はそこから立ち去り 今きたように格子を叩いた
「さあ さあ」と言って灯を向けて明るくして格子を上げ 源氏を迎えた あの侍従は斎院の女房も勤めていたのでこのごろは来ていない それで 全て調子はずれの上に なおさら野暮ったい感じになっている 先ほど辛いと言っていた雪が大降りになってきた 険しい空の下を荒れた 風が吹いて 灯が消えた所も付け直そうとする者はいなかった
某院の物の怪が出た夜を源氏は思い出す 荒れ果てた様子は ひけを とらない 邸が狭く人が多いのでまだましに思うが すごい夜で 不安で 寝付けなかった こんな時はかえって女への愛が深まるのだが 心を 惹きつけない 何も張り合いを持たない相手に源氏は失望を覚えた
ようやく夜が明けていきそうで 源氏は自分で格子を上げて 前の庭の 雪景色を見た 人の足跡も無く 遠くまで白く寂しく雪が続いていた 今ここから出ていってしまうのも可哀想に思うので 『夜明けの風情のある空の色でも一緒に眺めましょう いつまでも よそよそしくては 困りますよ』 と源氏は言った
2003年01月20日(月) |
にゃん氏物語 末摘花09 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花09
自分が行かないので女はどんなに悩み苦しんでいるだろう そんな姿を 思い浮かべる源氏も悩んでいる でももうどうしようもない いつまでも 捨てずに愛してやろうと源氏は考える それを知らない常陸の宮家の 人達は気が沈み悲しんでいた
夜になり左大臣は退出するので一緒に家に帰る 行幸の日が楽しみで 若い公達は集まってはその話になる 舞曲の勉強が日課となっていて どこからも楽器の音がする 左大臣の息子たちも いつもの楽器と違い 大ひちりき 尺八など大きい音や太い音をする物を混ぜて大掛かりに 合奏の稽古をしていた 太鼓まで香蘭のそばにころがしてきて そんな 役をしない公達が自分で叩いている こんな感じで源氏も毎日暇が無い 恋しく思う所へは暇を作って行けたが 常陸の宮家へ行く時間が無く 九月が終わった
行幸の日が近づき 試楽とかいろいろ大騒ぎの頃 命婦が宮中へ来た 『どうしている』源氏は不幸な相手を気の毒に思う 命婦は近況を話す 「あまりに可哀想です 見ている者たちも これではたまりません」 綺麗に終わらせようと願っていた この人の考えも台無しにしてどれほど 恨んでいるだろうとまで源氏は思った またあの人は無口なまま物思い をしているだろうから 可哀想だと思った
『とても忙しいのだ しょうがない』と嘆息して 『こちらがどんなに思っても理解してもらえないから懲らしめてやろう』 こんな冗談を言って源氏は微笑んだ 若くて美しい源氏の顔を見ると命婦も自分が笑顔になる気がした 誰からも恋の恨みを受ける年頃なのであり 女の気持ちに鈍感なのだ 自分勝手なのも無理はないと命婦は思った
この行幸の準備が忙しくなくなってきてから 時々は源氏は常陸の宮家に 通った その間に若紫を二条の院へ迎えたから 現時は小女王を愛する ことに一心で 六条の貴女に逢うことも少なくなっていた 通っていくことは いつも気にかけていたが おっくうになっていった 常陸の姫君のまだ顔も見せない 大変恥ずかしがりやの正体を みてやろうとも特別にしないで時は経っていった
2003年01月19日(日) |
にゃん氏物語 末摘花08 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花08
二条の院へ帰って横になりながら 何でも思い通りにはならないものと 思う 軽々しい身分でなく 一度きりで断るのができないと悩み苦しむ そんな所に頭中将がきた「随分と朝寝坊ですね わけがありそうだ」 と言われ源氏は起きあがる 『気楽な独り寝ですので いい気で寝坊した 御所からですか』
「退出したところでまだ家に帰っていない 朱雀院の行幸の 楽の役 舞の役の人選が今日あるので 大臣にも伝えようと退出してきた 帰って またすぐに来ないといけない」頭中将は忙しそうだ 『じゃあいっしょに行きましょう』こう言い源氏はお粥や強飯の朝食を 客人とともに済ませた 源氏の車もあったが二人は一つの車に乗った 眠そうだと中将は言い「私に隠す秘密を多く持っていそうだ」と恨む
その日の御所ではいろいろ決め事が多く 源氏も一日中宮中で暮らした 普通は翌朝早く手紙を送り 夜からの訪問を続けるのが礼儀であった 訪問できなくても せめて手紙だけでもと源氏は思い夕方使いを出せた 雨が振り出すが こんな夜にちょっと行ってみようと思う気も源氏は 昨日の姫君に見出せなかった
あちらでは時間を気にして待っているが源氏はこない 命婦も姫君が 気の毒だ 姫君はただ恥ずかしいだけで 家さ来るはずの手紙が夜に なっても来ないのが 何とも思わなかった
夕霧の晴るるけしきもまだ見ぬにいぶせさ添ふる宵の雨かな 夕霧が晴れる気配もまだみないのにさらに気を滅入らせる宵の雨だこと この雲の晴れ間をどんなに私は待ち遠しく思うでしょう と源氏の手紙にあった 来そうも無い様子に女房たちは悲しんだ それでも返事だけは書くように勧めるが まだ昨夜から混乱している 姫君は形式通りの返歌も作れない 夜が更けるので侍従が代筆する
晴れぬ夜の月待つ里を思ひやれ同じ心にながめせずとも 雲の晴れ間の見えない夜の月を待っている人を思いやってください 同じ気持ちで眺めているのではないとしても
書くのは自分で書かなければと皆に言われ 紫色の紙で 古くて灰色 がかった物へ 力のある字で書いた 一時代前の書法である 一箇所も乱れず上下をそろえて書いてあった 源氏は失望していた
2003年01月18日(土) |
にゃん氏物語 末摘花07 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花07
男の方は もともとの美貌を今夜はお忍びで目立たないよう化粧をして なんとも艶に見える 風流の解かる者などいない粗末な所なのにと 命婦は気の毒に思う 女王がただおっとりとしている事が間違いはなく 会話で出過ぎた真似をみせないだろうと安心に思っている 自分が責任 逃れをしたので気の毒な女王をより不幸にしないかと不安は残っている
源氏は相手の身柄を尊敬して しゃれた今どきの風流女より気が抜ける くらいおおらかな感じがよいと思っていた 襖の向こうで女房たちに 勧められ少しにじり寄ってくる時に 微かな衣被香のかおりがしたので 自分の想像は間違っていないと思う 長い間思い続けた恋だと上手く 話しても 手紙の返事をしない人は口の返事もしない 『どうすればいいのだ』源氏は溜息する
『いくそ度君がしじまにまけぬならん物な云ひそと云はぬ頼みに 何度貴方の沈黙に負けて話しかけただろう 貴方が物を言うなと言って くれないかを頼みにして…言ってくれませんか 私の恋を受けるのか 受けないのかを』 女王の乳母の娘で侍従と言う才気な若い女房が 見るに見かねて女王のそばへ寄り 返事をした
鐘つきてとぢこめんことはさすがにて答へまうきぞかつはあやなき 鐘を鳴らして貴方の言葉を止めてしまう様に貴方の話をお断りする事は やはりできない と言って返事ができないのはわけが解からないのです 若々しい声で重々しく物の言えない者が代返したようにみえないので 源氏は貴女としては馴れ馴れしいなと思ったが初めての返事が嬉しくて
『こちらがなにも言えなくなります 云はぬをも云ふに勝ると知りながら押しこめたるは苦しかりけり』 何も言わないのは口に出すより価値があると思うが おし黙って心の 中だけにおさめているのは私にはせつない事でした
それから色々と取りとめない事を誘うように真面目に源氏は語り続けた しかしあの歌だけで他の返辞はなかった こんな態度を男性にとるのは 何か特別の考えがあるのだろうかと思い 源氏は軽蔑されてるようで 悔しかった そして源氏は襖を開けて入ってしまった
命婦はうっかり油断した事で女王を気の毒に思い そこにいられなくて 知らぬ顔で自分の部屋へ帰った 侍従と言う若い女房は光源氏なので 女王をかばう力もない こんな心構えなく関係してしまう女王に同情 するだけであった 女王はただ恥ずかしさの中にいた 源氏は結婚の はじめはこうなのがいい 独りで長く大切に育てられた女はこんな ものだと事情を解かってあげる だけど女に納得しない点があった これ以上愛情が惹かれる所はなかった がっかりしながらまだ夜が 明けないうちに帰ろうとした(理由は後ほど解かりますにゃん) 命婦はどうなったか心配で眠れず 物音も知っていたが黙っていて 「お見送りします」の挨拶もない 源氏は静かに門を出て行った
2003年01月17日(金) |
にゃん氏物語 末摘花06 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花06
あきれるほど内気で引っ込み思案の女王様は手紙の源氏の言葉に 触れてみようともしなかった 命婦はそんなに源氏が望むなら物越しに 逢わせてみよう 気に入らなければそれきりだし 縁があって通う事に なっても宮家では誰も咎めないだろうと思った 恋愛を軽く考えていて 女王の兄でもある自分の父にも話しておこうとはしなかった
八月二十日過ぎ月の出は遅く 夜になってもまだ月は出ないで星だけ 白く光っている 古い邸の松風が心細い 昔の事を話し出して女王は 命婦と一緒にいて泣いていた 源氏に訪ねてこさせるのによい機会だ そう思う命婦の知らせが届いたように源氏はこっそりお忍びで来ていた
そのころようやく月が出てきた その月の光が古い庭を いっそう荒れ 果てて見せ 寂しい気持ちで女王は眺めている 命婦が琴を勧めた 弾くのを聴くと悪くはない もう少し今風の感じを取り入れたらいいなと 密かに企ててみて 性格からでしょう じれったく命婦は思った
人があまりいない家だったので源氏は気楽に中に入り命婦を呼ばせる 命婦は今はじめて知って驚くように見せた 「いらしたお客様は源氏の君ですって いつも交際する紹介役にと うるさく言われ 私には駄目ですと断っています それなら自分で直接に 話しをしに行くと言うのです 帰す事はできないです 失礼な方なら ともかく そんな方ではないし 物越しに話しをするのを許しましょう」 と言うと女王はとても恥ずかしがり「私は話しの仕方も知らないのに」 と言い部屋の奥にひざをついてにじり入るのが初々しい
命婦は笑いながら「あまりにも子供らしいのはちょっとね 貴婦人といって 親が十分に扱ってくれるうちは子供らしくていいけど こんな心細い暮らしをしていながら 貴方のように恥ずかしがるのは まちがっています」と忠告した 人にそむけない内気な性格の女王は 「返事をしないで聞くだけなら格子を下ろし ここにいていい」と言う 「縁側に座らせる事は失礼です変な事はしないでしょう」と上手く言い 部屋の間の襖を命婦が閉めて 隣室に源氏の座の用意をした
源氏は少し恥ずかしかった 初めて逢うのにどんなことを言えばいいか 解からないが 命婦がなんとかしてくれるだろうと思って座った 乳母などの役目の老女たちは部屋に入り夢心地の目を閉じている頃で 若い二人三人の女房は有名な源氏の君が来たのに心をときめかす よい服に着替えさせながら女王は何の心の動揺もなさそうであった
2003年01月16日(木) |
にゃん氏物語 末摘花05 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花05
『手紙を送るが はっきりしなく冷たい 一時的な浮気心と思って いるのだろう いつも相手の方が気短に離れていき 私が捨てたように 言われる 私は孤独で 親兄弟の世話でうるさがられることもない 気兼ねしない妻なら 私は十分に愛していくことができるのだ』 「いいえ 貴方様が十分に愛していく相手にはあの方はなれそうもない と思います 非常に内気でおとなしいのは めずらしいくらいです」 命婦は自分の見知っている様子を源氏に話した 『貴婦人らしい賢い才能が見られないのでしょう それでもいいのです 無邪気でおっとりしていれば私は好きなのです』
命婦に会えばいつも源氏はこんな事を言っていた その後源氏は瘧病に なったり 病気が治ると禁断の恋愛事件で物思いをして春夏が過ぎた 秋になり 夕顔の五条の家で聞いた砧の音が耳障りだったのを恋しがる 源氏は度々常陸の宮の女王に手紙を送ったが返辞のないのは秋の今も 同じであった
あまりにも普通と違う態度なので 負けたくないと意地が出て 命婦へ 積極的に催促することが多くなった 『どう思っている 私はこんな態度を取る女性は見たことが無い』 不愉快そうに源氏が言うのを聞き 命婦は気の毒に思って 「私は この縁をよくないと言ってません あまり内気過ぎる方なので 男性との交渉は手を出せないのでしょう 返事が来ないのは私は そういうことと解釈します」
『それが間違っている 年が若すぎるとか 親のいいなりで自分で何も できない人なら仕方ないが あんな一人ぼっちの人は異性の友達を作り 優しく慰められたり 自分の事を聞いてもらうのがいいことだと思う 私はめんどうな結婚なんてもうどうでもいい あの古い家へ行き荒れた 縁側へ上がり話しだけでもさせてくれ あの人が承知しなくても私を あの人に近づけて欲しい 気が早くて取り返しがつかない事は決して しないから』などと源氏は言う
女の噂に感心を持たないふうで その中のある人には特別興味を持つ 源氏にそんな癖ができたころ 源氏との宿直所で退屈しのぎに語った 常陸の宮の女王の事をいつも責任があるように言われ命婦は 迷惑だった 女王の事を考えるとこれがふさわしい事とは思えない 命婦は余計な取り次ぎで女王を不幸にしてしまうだろうとも思ったが 源氏が真面目に言っているので断る理由も無いような気もした
常陸の太守の宮が生きていた頃でも 古い時代の残りの宮様としての 扱いで 生活も豊かではなかった 訪ねて来る人もその時からも 皆無の状態であり 今はなおさら草深い邸に出入りするものはいない その家へ源氏から度々手紙が来て女房らは不運続きから運が開けると 夢見て女王に返事を書く事を勧めていたのである
2003年01月15日(水) |
にゃん氏物語 末摘花04 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花04
二人とも 行くあてはあったが 冗談をいいあって別れる事ができずに 一つの車に乗って朧月夜の暗くなった頃 左大臣家に来た 前駆の先払いもさせず こっそり入ってきた 人の来ない部屋で直衣に 着替えて 知らん顔して 今来たように笛を吹き合いながら入ってくる その音を聞きつけて左大臣が 源氏に 高麗笛:雅楽の高麗楽などに 用いる高音の横笛を持って来た 源氏は得意だったのでおもしろく吹いた 合奏のために琴も出され 音楽の上手な女房たちが選ばれて弾いた
琵琶が上手な中将という女房は 頭中将に想われていたがそれは断り たまにしか来ない源氏にはすぐになびいてしまった 源氏との関係はすぐ ばれてしまって 最近は左大臣の夫人:内親王も中将を快く思わない それを悲しみ仲間から離れて物陰で横になっていた 源氏が見られない 場所に行ってしまうのも寂しくて思い悩んでいる
楽器の音の中にいながら 貴公子二人は荒れた邸の琴の音を思い出す ひどい家も ちょっと変わってて面白いと思い いろいろ想像する あの可愛く美しい人が ずっと寂しく年月を送っている時に自分が情人に なったら 愛に溺れてしまうかもしれない それで世間の評判になったら ちょっと困るだろうなと こんなことまで頭中将は想像する 源氏が軽い 気持ちであの邸を訪問したわけでないのは確かと思うと 先を越される かもしれないのは悔しい 自分の望みも叶わないように思われた
その後二人の貴公子が常陸の宮の姫君へ手紙を出したと想像するのは たやすい しかしどちらへも返事がない 気になった頭中将は ひどいな あんな生活をしている人は 物の哀れが解からなければいけないはずだ 自然の木や草や空の眺めにも心を合わせて 面白い手紙を書いてくれ なければならない 自尊心があるのはいいのだけど こんなに返事を よこさない女には反感が起こるなどと 反感を持ちいらいらする 仲がいい友達だから頭中将は隠さず源氏に話しをする
「あの姫君から返事はきますか 私も手紙を出しましたが何も無い」 想像通り 頭中将は もう手紙を送っていると思うと源氏は可笑しかった 『返事をそんなに見たいと思わない女だから来たかどうか知らない』 源氏は頭中将をじらす 返事が来ないのは同じだった 頭中将は 源氏には返事があり 自分には返事がないと悔しがった 源氏は深く思わない女の冷たい態度が嫌でほっといておく気でいたが 頭中将の話を聞くと 口上手な中将に女は口説かれてしまうだろう 女は得意げになり 最初の求婚者など ふってやったという形になれば 見下げられるので じれったくなってきた それで大輔の命婦に頼んだ
2003年01月14日(火) |
にゃん氏物語 末摘花03 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花03
源氏は思いがけなく出会って仲良くなるようなレベルの相手ではない 気の毒な方ではあるが貴女なのであるからと思う 『でも将来は交際できるように話しをしておいてくれ』と命婦に頼む 源氏は他に約束した人があるのだろうか帰ろうとする 「貴方様があまり真面目過ぎてと 陛下が困るように言っているのが 時々私はおかしくて堪らない こんな浮気のお忍び姿を陛下は御覧に なってないですから」と命婦が言うと 源氏は引き返し笑いながら言う 『何を言ってる 真面目な人が言うように これが浮気なら 君の 恋愛生活は何と言うのだ』多情な女と決めつけて 時々面と向かって 言われるのを命婦は恥ずかしく思い 何も言えなかった
座敷の様子が聞きたいと思って源氏は静かに庭へ出た ほとんど朽ち果ててしまって少し残る水垣の身体が隠れる位の物陰へ 源氏が寄っていく そこには以前から立っている男がいる 誰だろう 女王に恋する好色男がいたんだなと思い 暗い蔭に立った その庭にいたのは頭中将なのであった
今日の夕方 御所を一緒に退出したのに源氏が左大臣家に寄らず 二条の院へ帰らず 途中で別れたのを頭中将は不審に思い 自分も いく所があったのに 源氏の後をついてきたのです わざと粗末な馬で 狩衣姿の中将に源氏は気付かず 中将は予想外にこんな邸に入る源氏が とても不審で立ち去る事ができなかった そこへ琴の音がしてきたので それに気を取られ立ちながら 源氏が帰りに出て来るのを待っていた
源氏はまだ誰だか気が付かない 顔を見られないように抜き足で庭を 離れようとした時にその男が近づいて言った 「私を まいてきたのが悔しくて こうして見送りしているのですよ
もろともに大内山は出でつれど入る方見せぬいざよひの月 一緒に宮中を出たのに行くえをくらましてしまう十六夜の月ですね」 秘密を見たように得意げに言うのが悔しいが 源氏は相手が頭中将 だったので安心して おかしくも思った 『そんな失礼な事をするのは貴方以外いませんね』憎らしげに言い
『里分からぬかげを見れども行く月のいるさの山を誰かたづぬる どこの里も分け隔てなく照らす月の光は見るが 月が入る山を誰が探す こんなふうに私がいつも後をつけたら貴方は困るでしょう』と言った
「でも恋が上手く行くにはよい随身を連れて行くか行かないかで決まる これからは ご一緒させてください 一人歩きは危険ですよ」 頭中将はこんな事を言う 頭中将に得意がられて源氏は悔しいが あの撫子の女を自分が見つけ出したのを内心で誇らしげに思っていた
2003年01月13日(月) |
にゃん氏物語 末摘花02 |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花02
大輔の命婦は面倒になるなと思いながら 御所も暇な時だったので春の 日長に退出した 父の大輔は宮邸に住んでないで そこには継母がいる その家に出入りするのを嫌って命婦は祖父の宮家へ帰っているのです
源氏は言っていた通り十六夜のおぼろ月夜に命婦の所へ来た 「困りました こんな天気は音楽には適していないですから」 『いいから御殿に行って わずか一音一声でもいいから弾いてもらおう 聞かないで帰るのは つまらないと思うから』と源氏は強く望む
命婦はこの貴公子を散らかった自分の部屋へ置いて行くのはよくないと 思いながら寝殿に行くと まだ格子を下ろさないで梅の香のする庭を 女王は眺めている ちょうどいい機会だと命婦は思った
「琴の音を聞かせて欲しいと思うような夜ですから部屋を出てきました 私は帰って来ても いつもあわただしく伺いまして聞く時間がないのが 残念です」と言うと 「貴方のような分かる人の前で…御所に出る人に聞かせる芸では』 こう言いながら すぐ琴を取り寄せたので 命婦は源氏が聞いていると 思うとはらはらした 女王は微かに爪音を立て 源氏は興味深く聞いた そんなに上手ではないが 琴の音は他の楽器にない風変わりな音だから 聞きにくくはなかった
この邸は荒れ果てている そんな寂しい所に 女王の身分で大切に 育てられた名残もない生活をするのは どんなにつまらないだろう 昔の小説ではこういう背景にはよく美しい女性が現れたなと源氏は思う 今から言い寄りに行こうかとも思ったが 露骨だと思われるだろうから 恥ずかしくて 気がひけて 行きかねていた
命婦は気が利く人なので 名手と言い難い女王の音楽を長い時間源氏に 聞かせるのは 女王が損すると思った 「曇りがちで月が見えにくい夜ですね 今夜私にお客様が来る約束です 私がいないと 嫌って避けていると受け取られては困りますので また ゆっくりと聞かせてもらいます お格子を下ろして行きます」 命婦は 女王に琴を長くひかせないで部屋へ戻った
『あれだけでは聞きがいがない どの程度の腕か分からず残念だ』 源氏は女王に感心を持っていた 『できたら近い座敷の方へ案内してもらって 他の場所からでも女王の 衣擦れの音を聞かせてもらえないかな』と言った 「それは駄目ですよ 気の毒な暮らしをして滅入っている人に男の方を 紹介する事はできません』と命婦が言うが 源氏も正しいと思った
2003年01月12日(日) |
にゃん氏物語 末摘花01(すえつむはな) |
光にゃん氏訳 源氏物語 末摘花01
源氏が夕顔を失った悲しみは 年月が経っても忘れる事ができない 左大臣家の夫人も 六条の貴女も うぬぼれが強く他の愛人に対して 嫉妬が強いので 気難しく扱いにくい それに対して源氏はあの自由で 気ままに付き合えた夕顔だけが恋しく思われるのでした
なんとかして あまり知られていないが可憐で世間的に気兼ねしない女を 見つけたいと性懲りもなく思っている 少し評判のある女にはすぐ興味を 源氏は持つ 近づいていきたい女にはまず手紙を送る それだけで女の ほうから好意を表してくる 冷たい態度をとってくる人がいないのは 源氏はかえって がっかりする
条件通りであっても 物を知らなすぎる あるいは物を知りすぎていて 源氏に対して うぬぼれた態度をとっても 自分自身で身のほど知らず であったと反省して他のつまらない男と結婚してしまう 話しをかけたまま やめてしまうものが多かったのです
あの空蝉が何かの折りに思い出されて 心から尊敬したりするのです 軒場の荻の葉へは時々手紙を送られることもあるでしょう 灯影に見た時 美しい顔だったことを思い出すと情人としておいてもいい気がする 源氏は一度でも関わりがある女を忘れて捨ててしまうような事はなかった
左衛門の乳母と言って 源氏からは大弐の乳母の次に大切に思う女の 一人娘は大輔の命婦といって御所勤めをしていた 王氏(皇族)の 兵部大輔である人を父に持つ 多情な若い女であるが源氏は宮中の 宿直所では女房として扱う 左衛門の乳母は今は筑前守と再婚して九州へ行っているので 父の 兵部大輔の家を実家として女官を勤めている 常陸の太守だった親王 (兵部大輔は子息)が年をとってからできた姫君が孤児になっている それを何かのついでに命婦が源氏に話したら気の毒に思い詳しく尋ねる
「どんな性格か器量は私はよく知らないのです 内気なおとなしい方で 時々 几帳越しに話しをします 琴が一番の友達扱いです」 『いい事だ 琴と詩と酒を三つの友と言うのだ 酒は友には駄目だが』 こんな冗談の後で源氏は『私にその女王の琴の音を聞かせて欲しい 常陸の宮は そういう音楽が上手らしいから 平凡ではないと思う』 と言った 「そんなふうに思いになって聞かれる価値があるでしょうかどうか」 『思わせぶりをしなくてもいいじゃないか このごろは朧月夜がある そっと行ってみる あなたも家にいてくれ』源氏が熱心に言った
2003年01月11日(土) |
にゃん氏物語 若紫25(わかむらさき完) |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫25
宮のお言葉を女房たちは心苦しかった 宮は僧都の所にも捜させたが 姫君の行方は分からなかった 美しい幼い姫君の顔を思い出して宮は 悲しんだ 夫人は姫君の母をねたんだのも長い間に忘れていき 自分の 子供として育てるのを楽しみにしていた それが叶わず残念に思った
次第に 二条院の西の対に女房たちが集まってきた 若紫の遊び相手の 子供達は 大納言家の子は若い源氏と遊ぶのを 東の対の子は美しい 姫君と遊ぶのを喜んだ
若紫は源氏がいない日の夕方などに尼君を想い泣いたりしたが 父宮を思い出す様子もなかった 最初からたまにしか見かけない 父宮なので 今は第二の父と思う源氏に馴れ親しんでいた
外出から源氏が帰って来る時は 誰よりも先に迎えて 可愛らしく色々な 話をする もう懐の中に抱かれても 少しも嫌がったり恥ずかしがったり しなかった こんな変わった関係での親しさがここでは見られるのでした
大人の恋人としての交渉はいろいろな段階がある ちょっとしたことで恋がだめになるんじゃないかと自分で不安になったり 女は 年中 嫉妬しがちになってくる それで 他の人への恋に心奪われるようになったりもしてくる
だけど 姫君にはそんな恐れはまだない ただ可愛くて心の慰めである 娘であっても これくらいの年になれば 父親はこんなにも身近に世話を することはできないだろうし 夜も同じ寝室に入る事は許されないだろう
そう考えると こんなに面白い関係は他にはない そんなふうに源氏は思っているようでした
2003年01月10日(金) |
にゃん氏物語 若紫24 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫24
源氏は二日三日御所に出向かず 姫君を手懐けるのに一所懸命だった 手本にまとめるつもりの文字や絵を色々書いて見せる 皆美しかった
『知らねどもむさし野と云へばかこたれぬよしやさこそは紫の故』 武蔵野と言えば何か言いたくなる 紫:武蔵野の柴草だから仕方ない という歌を紫の紙に書いたよいものを姫君は持って見ている 小さい字で
ねは見ねど哀れとぞ思ふ武蔵野の露分けわぶる草のゆかりを まだ根は見ない(寝てない)けど愛しく思う 武蔵野の露を分け進む のが難しく逢いかねている紫の柴草:藤壺の ゆかりの草のあなたを (たった一株の紫:柴草があるため武蔵野の草は全部愛しい歌から) と書いてある 『あなたも書いてみなさい』と言うと「まだ書けない」 と見上げながら言うのが無邪気で可愛いから 源氏は微笑んで言った
『上手くなくても書かないとよくない 教えてあげるから』 身体を小さく丸めて字を書こうとする格好も 筆の持ち方の子供らしさも ただ可愛いと思う気持ちを 源氏は我ながら不思議に思った 「書き損じた」と言い恥ずかしがって隠すのを 無理に読んでみた
かこつべき故を知らねばおぼつかないかなる草のゆかりなるらん ぐちを言われる理由がわからない 私はどのような柴草のゆかりでしょう 子供の字だが将来が楽しみなふっくりとした物でした 亡くなった尼君の 筆跡に似ていた 今風の手本を習ったら もっと上手になると源氏は思う 人形遊びも 屋根つきの御殿をいくつも作らせ 若紫と遊ぶのは 源氏の 物思いの憂さ晴らしに 一番よい方法だった
大納言家に残った女房たちは兵部卿宮が来た時に挨拶のしようがなくて 困った しばらくは世間に知らせるなと源氏の君も言ったし 少納言も 同じ考えだから 堅く口止めされている それで少納言がどこかに隠した ように申し上げた 宮はがっかりした 尼君も宮邸へ姫君が移る事を とても嫌がっていたから 乳母の出過ぎた考えから素直に嫌わずに 勝手に姫君を連れ出してしまったのだと思い 宮は泣く泣く帰った 『もし 居所がわかったら 知らせてくるように』と言った
2003年01月09日(木) |
にゃん氏物語 若紫23 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫23
ここは普段あまり使わない御殿で帳台などもなかった 源氏は惟光を 呼び 帳台や屏風などを設置させた 几帳の垂れ絹はおろすだけでよく 畳の座なども少し置き直すだけで済んだ 東の対に寝巻きなどを取りに 行かせ寝た 姫君は不安で何をされるのだろうと震えがきたが 声を 出しては泣かなかった 「少納言の乳母の所で私は寝たい」と子供らしい声で言う 『もう乳母と一緒に寝てはいけませんよ』と源氏が教えると悲しがって 泣いてそのまま寝てしまった 乳母は眠る事ができずに泣いていた
夜が明けて朝の光で見渡せば 建物や室内の装飾は言うまでもなく 素晴らしい 庭の敷き砂なども宝石玉を重ねたように美しかった 少納言は自分が見劣りして恥ずかしかった この御殿には女房はいない たまに来るお客を迎えるだけの座敷になっていたので 男達が縁の外で 用を聞くのに控えていた その男達は新しく源氏が女を迎え入れたと 聞いて「誰でしょう よっぽどの人だ」と ひそひそ話をする 洗面の手水や朝ご飯もこちらに運ばれた 朝遅く起きた源氏は少納言に 『女房たちがいなくて不便でしょうから 何人かを夕方迎えればいい』 と言った そして小さい子だけ来るように東の対に童女を呼びにやった
しばらくしてかわいい姿の子が四人来た 姫君は着物にくるまったまま 横になっていた 源氏は無理に起して『私に意地悪はしないで下さい いいかげんな男はこんなに丁寧に扱わない 女は素直なほうがいい』 こう教育し始めた 姫君は遠くから見ていた時よりもずっと美しかった 優しく話しかけ 面白い絵や遊び道具を東の対に取りにやって与えて 源氏は姫君の機嫌を取っていた
やっと起き出して喪服の濃い灰色の服で 着古した柔らかい服を着た 姫君の顔に笑みが浮かぶと 源氏も自然に微笑んだ 源氏が東の対へ行った後 姫君は寝室を出て木立の美しい築山や 池の方などを御簾の中から覗く 霜枯れ時の庭の植えこみが絵に描いた ように美しい 普段見る事のない黒の正装をした四位や赤を着た五位の 役人が色とりどりに入りまじっていた 姫君は源氏の言うように ここは本当に素晴らしい家だと思った 屏風の面白い絵などを見ながら 毎日の頼りない心の機嫌をなおしていた
2003年01月08日(水) |
にゃん氏物語 若紫22 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫22
惟光だけを馬に乗せて付き添いにして 源氏は大納言家へ来た 門を叩くと何も知らず奉公人が門を開けた 車を静かに中へ引き込ませ 惟光が妻戸を叩いて咳払いする 少納言が聞きつけて出てきた 「こちらに いらしてます」と言うと 「女王様は おやすみです どこの帰りで どうしてこんなに早くに」 と少納言が言う 源氏が通っている女の所からの帰りだと思っている
『宮邸に移られるそうで その前に一言 話がしたくて』と源氏は言う 「どんな話でしょう どう礼儀正しくお返事できますでしょうか」 少納言は笑って言う 源氏が室に入って行こうとするので困っていた 「見苦しく女房たちが寝ていますので」と止めようとするが 『まだ女王様は寝ていますね 私が起そう 朝霧が降るのを見せよう』 と言い寝室に入る源氏を少納言は止める事ができなかった
源氏は何も知らずによく寝ている姫君を抱き上げた 目がさめた女王は 父宮が迎えにきたのだと まだ寝ぼけて思っていた 髪をなで直され 『さあ いきましょう 宮様の使いとして来たのです』という声に驚き 姫君は恐ろしそうに見た『いやですね 私だって宮様と同じ人間だ』 と言い 源氏が姫君を抱えて出てきた 少納言と惟光と女房たちは「どうなさるのですか」と同時に言った 『ここには 常に来られないから気楽な所に移そうと言っていたのに 他に移ってしまう そうすると色々話にくくなるから連れていく事にした 誰か一人乗って下さい』源氏がこう言うので 少納言はあわてた
「今日は非常に困ります 宮様が迎えに来た時に どう答えたらいい でしょう 時間がたてば 一緒になるご縁なら自然にそうなるでしょう まだ幼稚なので 今そんな事をさせれば 皆の責任になりますから」 『ではいいです 今すぐついて来られないなら 皆は後でくればいい』 こんなふうに言って源氏は車を前に寄せた 姫君も変だと思い泣き出す 少納言は止めようがないので 昨夜に縫った姫君の着物を手に提げて 自分も適当に着替えて車に乗った
二条の院は近いので明るくなる前に着いた 西の対に車を寄せて降りた 源氏は姫君を軽そうに抱いて降ろす 「夢を見ているような感じでここまで来ましたが 私はどうすれば…」 少納言は 車を降りるのをためらっていた 『どのようにしてもよい もう女王様はこちらにいるのだから 貴方だけ 帰るならば送らせる』源氏の決心は強い 仕方がなく少納言は降りる
この急な出来事に胸がどきどきする 宮様が自分をどう責めると思うのも 心配だが 一体 姫君はどうなってしまう運命なのだろう とにかく母や 祖母に早く亡くなられる方は本当に不幸な方だと思うと涙が止まらない けれど これが姫君の婚家へ移る初日だと考えると 縁起が悪いので 泣く事はできないと 涙を堪えていた
2003年01月07日(火) |
にゃん氏物語 若紫21 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫21
惟光もどこまでの関係なのか分からなかった 帰った惟光の話を聞いて 源氏はいろいろ哀れに思う 形だけは夫らしく一泊した後で続けて通う ものだろうがそれは遠慮していた ものずきな結婚をしたと世間の人の 噂になるだろうと気にして行けない いっそ二条院に迎えてしまうのが いいと源氏は思った 手紙は頻繁に送った 日暮れは惟光を差し向けた
用事があって行けないのを心無いと思われるのではないか不安です などという手紙である 「宮様から明日急に迎えると言われ取り込み中です 長年住んだ古い 邸を離れるのも もの寂しいと私達それぞれの思いは乱れています」 と言葉数少なく 大納言家の女房たちは今日は話し相手にならなかった 忙しそうに物を縫い 何か支度をする様子が分かるので惟光は帰った
源氏は左大臣家に行っていた 例の夫人はすぐに逢おうとしない 面倒 なので源氏は東琴(和琴)を即興で弾き『常陸には田をこそ作れ 仇心かぬとや君が山を越え野を越え雨夜来ませる』 常盤に田を作らせたなら浮気心を予想するだろうか 君を野山を越え 雨夜来させられる(風俗歌:普通女性が歌うのを皮肉をこめて) と優美な声で歌っていた
惟光が来たので源氏は居間へ読んで様子を尋ねる 惟光により女王が 兵部卿の邸へ移転する前夜だと聞いた 源氏は残念だった 宮の邸に 移ってから そんな幼い人に結婚を申し込むと物好きと思われる 小さい人を一人連れていったという批難を受ける方がまだましだ 秘密が守られる方法をとって二条の院に連れてこようと現時は決心した 『夜明けにあちらに行こう 来たときの車はそのまま置き随身を一人 二人 支度させておけ』命令を受けて惟光は下がる
源氏はその後もいろいろ思い悩む 人の娘を盗んだ噂を立てられる もう少し相手が大人で愛し合う仲なら そんな犠牲を払ってもいいが これはそうではない 父宮に取り戻される時の申し訳なさも考えないと いけない だけどこの機会を逃したら きっと後悔すると思い 翌朝は まだ明けきらないうちに出かけることにした
夫人は昨夜の気持ちのままで まだ打ち解けていなかった 『二条の院にやることがあったのを思い出しましたので出かけます 用事を済ませてから また来ます』と源氏は不機嫌な妻に告げ寝室を そっと出る 女房達も分からなかった 自分の部屋で直衣などは着た
2003年01月06日(月) |
にゃん氏物語 若紫20 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫20
『今までも病気がちな年寄りと一緒にいたから 時々は邸の方に来て 母と子の付き合いができるほうがいいと言ったが絶対にお祖母さんは そうさせなかった だから邸でも反感をもっている 亡くなったから と言って連れていくのは 済まない気がするが』と宮が言う
「そんなに急がなくてもいい 心細くてもしばらくはこのままで いいでしょう もう少し物の道理が分かる年になってから連れていく のがいいと思います」少納言は答え「夜も昼もお祖母様が恋しく 泣いてばかりいまして あまりご飯を召し上がりません」とも嘆いた 実際に姫君は痩せてしまった しかし上品な美しさが引き立って見えた
『何故そんなに悲しむ 亡くなった人は仕方ない お父様がいるから』 と宮は言った 日が暮れてお帰りになるので心細くなって姫君が泣くと 宮も泣き『そんなに悲しまないで 今日明日にでも引っ越ししよう』 などと なだめて宮は帰った 母も祖母も失った女の将来の心細さから ではなく 女王は ただ小さい頃から片時も離れず一緒にいた祖母が 亡くなった事だけがとても悲しいのである 子供心にも悲しみが胸を塞ぎ 遊び相手とも遊ぼうとしない 昼間は何とか堪えられるが夕方頃からふさぎこむ これでは小さな 身体がどうなってしまうかと思い 乳母も毎日泣いていた
その日 源氏の所からは惟光が差し向けられた 伺いたいのですが宮中からお召しがあるので失礼します 気の毒そうに 見えた女王様の事が心配でたまりません というのが源氏の挨拶で 惟光が代わりに宿直するのである 「困った事です 将来誰かと結婚しなければならない女王様なのに もう源氏の君が奥様にしてしまった様な事をする 宮様が聞けば私達の 責任として お叱りになるでしょう」「女王様気をつけて 源氏の君の 事は 宮様が来た時にうっかり言ってしまわない様に」と少納言は言う しかし小女王は それは何のためにしなければならないのか分からない
少納言は惟光の所に来て 身の上話しをした 「将来もしかしたらそうなる運命かもしれませんが 今はどう考えても これは不釣合いな間柄だと私達は思っています 熱心に結婚の事を言う ことも冗談か何かだと私達は思うだけです 今日も宮様が来て 女の子 だから気をつけて守りなさい 油断はしてはいけませんと言ったときは 私達も気が気でなくなりました 昨晩の事を思い出して」と言いながら あまり嘆けば姫君の源氏との関係度合いを惟光が疑うと用心していた
2003年01月05日(日) |
にゃん氏物語 若紫19 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫19
『とても可哀相な女王様とより親しみを覚えた以上 私は一時的にも こんな所に置いてゆくのは気掛かりで堪らない 毎日想いを送ってる 私の家に移させよう こんな寂しい暮らしは女王様によくない』 「宮様もそう言っています あちらへは四十九日が過ぎてからと」 『お父上の邸であるけど 小さい頃から別々に住んでいたから 私への気持ちや親しさはそんなに変わらないでしょう 今から一緒に 暮らす事が将来の妨げにはならない より愛情が深くなるでしょう』 と女王の髪を撫でながら言い 源氏は後ろ髪を引かれる想いで去った
深く霧が立ち曇る空も艶で地面は霜で白い 実際の恋のお忍びに 似合う朝の風景で それを思うと源氏は物足りなさを感じた 最近密かに通っている人の家が途中にあると思い出して 門を叩きに やらせたが 中には聞えていないようだ 仕方が無いのでお共の中で 声のよさそうなのを選んで歌わせた
朝ぼらけ霧立つ空の迷ひにも行き過ぎがたき妹が門かな 朝方霧立つはっきりしない空模様でも素通りできない貴方の家の前 ですね と二度繰り返させた よく知ってる下仕えの女中を出して
立ちとまり霧のまがきの過ぎうくば草の戸ざしに障りしもせじ 立ち止まって霧の立ち込める垣根あたりを通りすぎにくいなら 門を閉ざすほどに生い茂った草など何でもないでしょうと言いかけ 女はすぐに門に入ってしまった それっきり誰も出て来なかった 帰るのは冷たい気がしたが だんだん夜が明けて なんとなく恥ずかしいので 二条の院へ帰った
可愛らしかった小王女を思い出し 源氏は独り微笑みながら寝た 朝遅くになって源氏は起きた 手紙を書こうとしたが 書く文章も 普通の恋人あてとは違うので 筆を休め休め考えて書いた 美しい絵なども贈った
ちょうど今日は按察使大納言家へ兵部卿の宮が来ていた 前よりも もっと邸が荒れ果て 広くて古い家に小人数で住んでいる寂しさは 宮の お心を動かす 『こんな所に少しの間でも幼い子供がいられはしない やはり 私の邸に連れて行こう そんなに問題は無い所だ 乳母は部屋を 貰って住めばいい 姫君は何人も若い子達がいるので一緒に遊んで とても仲良くやっていけるだろう』と言った そばへ呼んだ小王女 その着物には源氏の衣服の匂いが深く染みていた 『いい匂いだね でも着物は古くなっている』心苦しい様子だった
2003年01月04日(土) |
にゃん氏物語 若紫18 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫18
父宮でなく源氏の君だと知った女王は うっかり言ってしまったなと 思って 乳母のそばに寄り「もう寝ましょうよ 私は眠い」と言う 『もう 遠慮などしなくていいですよ 私のひざの上へ寝なさい』 と源氏が言う 「話の通りでしょう こんなに幼くて」と女王を源氏の方に押し出す 女王はそのまま無心で座っていた
源氏が御簾の下から手を入れて触ろうとする 柔らかい着物の上に ふさふさと掛っていて端の方まで厚みがある髪が手に触れて美しい 感じがする 手を掴むと父宮でもない男性が恐くて「私は眠いの」 と言って手を引き入れようとした 源氏はそのまま御簾の中へ入る 『今はもう私だけが貴方の世話人です 嫌ってはいけません』 源氏はこう言ってるが 少納言は「無理です 大変な事です 話をしても解からないでしょう」と困ったように言う
『いくらなんでも 私は幼い女王を情人にしようと思わない 私が どれほど愛情があるか 見ていて欲しい』外はみぞれが降っていて すごい夜だ 『この少人数で こんなに寂しい所に住めますか』 と言って源氏は泣いていた 見捨てては帰る気はしなかった 『もう戸をおろしなさい 恐い夜だから私が宿直人になりましょう 女房たちは皆 女王さまの室に集まりなさい』と言い 馴れている ように女王を抱いて帳台(寝室)の中へ入った 皆は意外な事で あきれていた 乳母は心配だが普通に扱えない相手に嘆息で見守る
小女王は恐ろしくて どうなるのか震えて鳥肌が立っている 可愛さのあまり源氏は彼女を単衣に巻いて肌着越しに寄り添う こんなのは変だと自分でも思いながら 愛情を込めていろいろ話した 『ねえ来てみてよ 綺麗な絵があって お人形遊びできる家に』 こんな子供の気に入るような話をする源氏の優しい口調に 姫君は 恐さから だんだん開放されてきた しかし嫌な感じは忘れずに 眠ってしまう事は無く もじもじしながら横になっていた
この晩は 夜通し風が吹き荒れていた 「本当にお客様が来てくれなければ どんなに私達は 心細い事 でしょう どうせ同じ事なら女王様が結婚できる年ならばいいのに」 など女房たちは囁いている 心配で堪らない乳母は帳台の近くに 控えていた 風が吹き止んだ時はまだ暗かったが 帰る源氏は 本当の恋人と別れていく情景を思い起こさせる
2003年01月03日(金) |
にゃん氏物語 若紫17 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫17
「宮様の邸に引き取ってもらうようとの事です 母上が生きていた頃 いろいろ酷い事をした奥様がいらっしゃいますから いっその事もっと 幼いか あるいは 何でも分かる年頃になっていればいいのですが 中途半端な年で沢山子供がいる中で軽く見られてはと 尼君も終始 それを心配していました でも宮邸では全くそんな問題がないそうで 貴方様が気まぐれでおっしゃってくれた事は 遠い将来はわからない けれども ご厚意とは受け取りますが 奥様になんて想像もしては いけないくらいの子供です 普通のあの年の子供よりも もっともっと 幼いのです」と少納言が言った
『そんなことは どうでもいい 私が繰り返して言っていることを どうして無視しようとするのか その幼稚な人を好きでたまらない それは前世の縁です 自分で自分を見てもそう思う 認めてくれて この気持ちを直に女王様に 話させてください
あしわかの浦にみるめは難くともこは立ちながら帰る波かは 若草にお目にかかるのは難しいけれど 和歌の浦に寄せた 波のように このまま立ち帰る波とするだろうか いやしない 私を甘く見てはいけません』 源氏が どうどうとして言うと
「それは本当に勿体無いと思っているのです 寄る波の心も知らで和歌の浦に玉藻なびかんほどぞ浮きたる 和歌の浦に寄せる波に身をまかせる玉藻みたく 相手の気持ちを よく確かめないまま従うのは頼りない事です この事だけは信じられない」
いい馴れている少納言の応対ぶりに 言われても不快に思わない 『年を経て越えざらん逢坂の関』逢わずにいられようかなどと古歌 などを口ずさぶ源氏の美声に若い女房たちは酔いしれた 女王は今夜も祖母を恋しがり泣いていたが 遊び相手の童女が 「直衣を着た人が来てる 宮様が来ているのでしょう」というので 起きてきた「少納言 直衣を着た人は どこ 宮様ですか」と言い 乳母のそばに寄ってきた 声が可愛らしい 父宮ではないが 深い愛情を持ってくれている 源氏なので心がときめいた 『こちらへいらっしゃい』と源氏は言った
2003年01月02日(木) |
にゃん氏物語 若紫16 |
光にゃん氏訳 源氏物語 若紫16
その見事な字を そのまま姫君の習字の手本にしたらいいと女房たちは 言った 少納言が源氏に返辞を書いた お見舞いして下さった尼君は 今日にも危ない状態なので ただ今から 皆で山寺へ移る所です ありがたいお見舞いのお礼は あの世からでも差し上げましょうと言う
秋の夕べはいつもより人恋しくて せめてその人の親戚の少女を得たい という 望みがいっそう強くなっていくばかりの源氏でした 「生ひ立たん〜消えんそらなき」死ぬに死にきれないと尼君が歌った 晩春の山の夕べに見た面影が恋しい それとともに引き取って一緒に なれば やはり不釣合いを感じるのではと 不安な気持ちの源氏でした
手に摘みていつしかも見ん紫の根に通ひける野辺の若草 手に摘んで早くみたいなあ 紫草の根につながる野辺の若草を この頃の 源氏の歌である
この十月に朱雀院へ帝の外出があるはずだ その日の舞楽には貴族の 子息 高官 殿上役人などの中の優秀な人が舞い人に選ばれる 親王方 大臣をはじめ音楽の教養の高い人は そのために新しく稽古を 始めている だから源氏の君も忙しくて 北山の寺にもしばらく見舞い を出していない事を思い ある日に使いを出した 山からは僧都の返事 だけが来た 先月の二十日にとうとう姉はなくなり 世の宿命ですが悲しいです
源氏は今更のように人の命の弱さを感じた 尼君が気掛かりにしていた 女王はどうしているだろう 幼くて祖母の事をどんなに恋しがっている だろうと想像しながら 自分も小さい時母に死に別れた悲しみを はっきり覚えていないなと思ったりした 源氏からは丁寧な 弔い品などが贈られる そういう時はいつも 少納言が行き届いた返事を書いてくるのでした
尼君の葬式などを終えて 家族は京の邸に戻っているというので 源氏は少し経ってから 自分で訪問した ものすごく荒れた邸に少ない 人数で暮らしているから 幼い人は怖がっているだろうと思った 以前迎えた座敷で少納言が泣きながら経過などを語る 源氏も涙がこぼれる
さくら猫にゃん
今日のはどう?
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