* |
Index|Past|New |
剣の聖女ふたり。 | 2009年01月20日(火) |
魔剣を封じた水鏡。 常人が覗き込めば狂うとも言われているその水底をじっと見つめ、彼女はひとり溜息をついた。 揺らしてもいないのに常に小さくさざめく水面には、鈍く輝く鉄色の剣の姿が歪んで写る。 鞘もなく柄もない、ただ刀身のみのその剣は錆ひとつなく、まるで磨きぬかれた鏡のように美しい。かつては確かに振るわれていたというその剣は、今ではまったく鞘のかたちなど思いつかない、根の方で二股に分かれ、炎を模したような大きな曲線を描いたまことに奇妙な一品であった。 「ハイデラーデ」 呼ばれて彼女は振り向いた。森に湧き出る清水のようだと謳われるその清楚で冷ややかな美貌に、普段ほとんど人前にさらすことのない小さな花がほころぶような笑みを浮かべている。 「ネイア」 彼女が喜びをもって呼ぶ名は限られている。その貴重なひとりである娘は、明るく笑ってハイデラーデの隣に並んだ。 「主のご機嫌はいかが?」 「いつもどおりよ。そちらは?」 「元気よすぎて困っちゃうくらい」 小柄な体躯に見合わぬ長剣を背に担いでいるネイアは、それを示すように肩を揺らしてからからと笑った。 いずれも剣の聖女。世俗から峻別され、ひとつ上の位階に引き上げられた稀なる娘たちである。 役目はひとつ、各々が掲げる剣を守護すること。 彼女たちの生きる人界には、神がまだこの地に坐した時代の遺物である七つの剣が預けられている。 はじめのひとつは神剣。大地より抜き放たれ、名の通り神御自らが世の創造と平定のために揮った至尊の剣。 次に控えるのは聖剣。終末に降り立ち再び満ちる混沌を制す王者、神の御子たるメイ=シェがその腰に刷くべき剣。 聖剣はもうひとつ。天の万軍における旗手、世界の始まりと終わりを告げる喇叭を吹く聖なる使いが提げる短剣。 そうして次に数えるのは魔剣、神の祝福を一度は受けながらも魔の誘惑に屈した邪なる御子が神に向けた忌むべき一振り。 そして大剣。ひとの身でありながら神の尖兵として万軍のひとつを指揮する英雄ゴゥエルが振るう焔をまとう猛き剣。 最後に数えるのは神の懐刀、ひとの手からは失われて久しい、ただその名のみを伝える双剣。 双子の剣をのぞいた五本の剣は神より教会に預けられ、聖別された五人の娘たちがそれぞれ選ばれた剣に従っている。 神剣の娘は常にひとところにはおれぬ定め、そうして他の四人は常にひとところから動けぬ定め。顔を合わすことは欠員が生じたときと埋まるとき、そうして他の剣の聖女たちのところへ神剣の娘が訪なうひとときのみだった。 ハイデラーデの主は魔剣、ネイアが身を捧げたのは神剣。最も互いに相容れぬ剣なれど、聖女たちはその孤独で稀な身の上ゆえに信頼を寄せ合っている。 魔剣の主であった悪しき御子は、未来を視る眼を神から賜った。 その気を帯びる魔剣を封じた水鏡は、それゆえ時折未来を映す。またその性質ゆえに邪なるものに最も敏く、この鏡はそれらを暴く力をまた抱えていた。 「知りたいことがあるの? そういう顔をしているわ」 ハイデラーデは柔らかく微笑む。見抜かれたネイアは、少しばかり気まずそうに、けれど笑って頷いた。 ****** リハビリリハビリ。なんか妙に文語調になりました。なんでじゃ。 |