*
No-Mark Stall *




IndexPastNew
一幕。 | 2008年09月26日(金)
「愛は真理で醜悪の最たるものですが、恋はこの世で最も聖く、そしてこれ以上ないほど邪なものですよ」
黒い法衣の男は聖書の文言を唱えるように穏やかに告げ、私を見下ろす。
「真に正しく美しい人間には愛も恋もない」
「それは人形だわ」
人間のかたちを象っただけの空っぽの、虚しい一人遊びの相手。
胸元で拳を握り締めながら彼を見上げると、男は薄く笑ってこちらに手を伸べてきた。
「きみのことですよ」
「あなたのことでしょう」
冷たい指が輪郭をなぞる。あてられた掌は薄いが予想よりはるかに柔らかく頬を包みこんだ。
長い前髪の奥で目を細め、彼はひどく唇を歪めた。
「残念ながらわたしはその理にあてはまりはしません」
「……人間じゃないとでも、言うの」
男は笑うだけで応えない。座り込んでいる私の高さに合わせるために折っていた膝を床につき、身を乗り出して耳元にその顔を寄せる。首に感じる吐息に背筋が粟立った。
「ねえ、わたしを愛してはみませんか」
「いやです」
迷わず拒否した私に、けれど彼はいたく満足したようだった。
「楽しみですね」
耳に触れんばかりだった唇が離れ、今度は額をつき合わせて彼はまた笑う。
「わたしは美しいいきものが醜い本性を露にする瞬間がたまらなく好きなのです」
楽しみだ、と彼は再度呟いて身体を離す。
興味を失ったようにさらりと踵を返し、すぐにその背は夜の闇に消えた。

******

なんかこう、思いつめた輩が片恋の相手にずいずい迫っているのとか壊れちゃってる感じのひとたちがいちゃいちゃしてるのはまだ楽に書けるんですが、相思相愛らぶらぶいちゃいちゃが書きにくいのは何故なんだろうなー。
ていうか1番最初を結構ノリノリで書いているのは問題がある気がします。
まぁそんなうまくいく話ではないよね。 | 2008年09月16日(火)
宮殿のモップがけは体育館の掃除を思い出させた。
ニスの塗られた木の床ではないが、同じようにぴかぴかと光る不思議な石の廊下を、彼女のいた懐かしい世界と良く似たかたちのモップで拭いていく。こちらの世界ではこの道具をカナフと呼んでいるらしい。名前は違うが似たような形状の同じような使いみちの道具があるという小さな事実ひとつに彼女は少し安心した。
モップを押しつつ人気のない廊下を進んでいく。開け放たれた回廊と中庭の間には背の高い生垣が数メートルの間隔で規則正しく植えられていたが、その一角で話し声を聞きつけ、思わず掃除の手を止めた。
「……は、どう思う?」
「どうもこうも、ぶっちゃけ思いっきり射程範囲外。もっとこう、出るトコ出た美人を期待してたんだけどな」
これは確か、初めて会ったときもあからさまにつまらなさそうな目をしていた男のものだったと彼女は思わず眉をひそめる。
そっと息を潜めていると、今度は低く心地良い笑い声が耳を掠めていった。
「あからさますぎだねぇ、君も」
「そーいうお前はどうなわけ?」
「見た目は嫌いなわけではないけど、如何せん内気すぎてねぇ。悪い子じゃないのは分かるけど」
こちらは柔らかに微笑んでいた青年のものだ。
「あっちのふたりも好みじゃないっつってたし、こりゃ取り合いじゃなく押し付け合いになりそうだなぁ」
「あまり悪い印象を持たせずに、けれど選ばれずに、とはまた難事だねぇ。妹と年頃も近いし、傷つけたくはないんだけど」
「あのガキの好みが分かればそっから微妙に外すことも出来るんだけどなー。なんかきいてねぇ?」
嘲笑混じりの会話に、彼女はカナフの柄をきつく握り締めた。これ以上この場に留まるのは居た堪れず、駆けるようにしてカナフを押していく。
「なによなによなによ、知ってるわよ私が不細工だってこともつまんない性格だってことも! 来たくもなかったのに勝手に呼びつけたのはそっちでしょ、好みじゃないっていうんなら今すぐ帰してよこっちでがんばってるのがばかみたいっていうかばかだわ最悪!」
ぶつぶつと呟きながら回廊の端まで早足で駆けていく。
日中することもないので何か仕事をさせてほしいと頼んだのは正解だった。
端に辿り着き、滲む涙を乱暴に拭い、彼女は歪んだ笑みを浮かべた。
「結婚相手候補とやらの本性を知ることが出来て、ほんっとに、よかったわ」
唇が震える。突然見知らぬ世界に放り出され、途方に暮れて不安になっていた少女に最初に優しくしてくれた青年たちの本音は、彼女に落胆と納得をもたらした。
「……そうよね、美人でも性格良くもないのにちやほやされるわけがないわ」
異なる世界から降り立つ娘は、万物をもたらした女神の祝福を享けた娘。
彼女の愛を得た者は類希なる豊穣と繁栄をもたらすであろうという言い伝えとそれにより設けられた保護制度のおかげで、彼女はこの世界で飢えることなく安全に暮らしていける。
「それだけで、満足すべきなんだわ」
けれど、許せるものと許せないものがある。
魅力がないことを自覚はしているしそう思われても仕方ないとは思うが、あのように話題にされて、しかもそれを聞いてへらへら笑ってすますには彼女は傷付きすぎた。
彼女は確かに引っ込み思案で内気ではあるが、だからといって感情まで平坦なわけではない。一度火が付いたら自分が納得するまで止まらない、それだけの激しさと頑固さを備えていた。
「……文句のつけようがない女になってこっぴどく振ってやる」

*

元より読書が好きな彼女は、字を覚えると貪るように本を読んだ。
衣装の選び方や化粧の仕方、美しい歩き方などは侍女たちや掃除仕事を通じて打ち解けた若い娘たちから学んだ。
休憩時間に中庭で侍女たちと楽しそうに笑い合う異界の娘をバルコニーから見下ろし、男は首を傾げた。あんな風に笑う娘だったか。
「……なんか癪だなー」
彼が幾ら話しかけてもぎこちない笑みを崩さないくせに、菓子が入った籠を膝に載せ、感情豊かに他の少女たちとお喋りをする娘はとても生き生きとしている。
「幼いということは、育て甲斐がある、ということでもありましたねぇ」
迂闊でした、と青年は目を細めて階下を見遣る。
「つーかさぁ、妙に警戒されてる感じがすんだよな」
「彼女も一応年頃のお嬢さんだからねぇ、最初から結婚を前提にと引き合わされた我々に警戒心を抱くのは当然とも思うけど。むしろホイホイ懐かれる方が不気味だよ」
ふ、と少女が顔を上げる。
それは全くの偶然であっただろう、けれどばっちりと目が合ってしまった男たちは思わず息を呑む。
娘はふっと瞳から表情を消し、一瞬だけ彼らを見つめる。
ひどく冷たいその視線に青年たちはぎくりと背筋を凍らせ、ふいとその視線がそらされるまで動けずにいた。

******

異世界召喚で逆ハーぽい感じの話が読みたくなって書いてみたのに何か激しく間違った感じがします。
そしてこのあと信用を得るまでの過程とかが楽しそうなのに前提で力尽きた。
柩を前に。 | 2008年09月03日(水)
淡い光の満ちる空間だった。
聖所と皆が畏れるその場所に、彼も震える足を進める。
靴が光溢れる床を踏みしめるたび、羽毛が舞うかのように光の粒がふわりと一瞬舞い上がり、ゆっくりと落ちていく。
さして広くないこの空間の最奥にはひとつの柩が納められている。

冷たい白色をした柩。
どんな衝撃を加えても傷一つつかない、堅固な死者の寝台こそがこの場を聖なるものと定め、彼を捕らえて離さない唯一の関心事だった。
光に埋もれるようにしてひっそりと置かれたその柩を前に、彼は敬虔なる神の僕のように、あるいはつれない恋人を前に愛を乞う哀れな男のように膝をつく。
「……我が主、<花冠>よ、たおやかな白い手の全知の御方」
柩に手を這わせ、彼はうっとりと呟く。
ひやりとした冷たく固い石の感触に苛立ちを覚えながらも、その目は恍惚として柩の奥を見透かし、横たわる人影に思いを馳せる。
彼の肩口ほどまでの小柄な背丈、強く抱きしめれば折れてしまいそうなほど華奢で柔らかなからだ、背に流れる艶やかな長い髪、花が微風に揺れるように笑う美しい乙女。
ついに触れることのかなわなかったふっくらとした紅色の唇と細い腰に思いを馳せ、彼は柩に厳かに口付ける。
それは誓いで、懇願だった。
「あなたの御手をもう一度いただくためならば、私は同胞の屍の山の上に独り立つことも恐れはしません」
彼は不敵に口元をゆがめる。
その微笑を受けて困ったように首を傾げる彼女の姿を柩の上に幻視して、彼は更に深く笑みを刻む。
乙女の眠りを妨げはしない。目覚めの時刻でもないのに柩を叩いて慈悲を乞うのは愚か者のすることだ。今の彼の役目はしかるべきときにこの柩を開け、彼女をもう一度この世に降り立たせることだった。
「それまでゆっくりとお休みください」
白い柩は沈黙を守っている。応えがないことにいささか失望し、そんな己の驕りに気付いて頭を垂れた。
乙女は今、どんな夢を見ているのだろうか。その夢に、自分は果たして登場しているのか。どんな端役でも構わないからそこにいたいと考えを巡らせ、そのたあいのなさに彼はゆるゆると首を振る。
「……けれど、そろそろ待つことには飽いて来ました」
近いうちにお目にかかりましょう、と彼は柩に礼をして踵を返す。
足早に去る彼の動きに反応して高く舞い上がる光の粒の渦の向こうで、柩の蓋がほんのかすかに、揺れた。

******

ぶっちゃけ書いてる側もドン引きです(……)。
written by MitukiHome
since 2002.03.30