*
No-Mark Stall *




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隔てられるふたりに7つのお題 / 7.それで満足しろというのか | 2006年05月28日(日)
見つめる。目が合う。
名前を呼ぶ。答える。
髪に指を絡める。くすぐったげに身をよじる。
手をつなぐ。笑いあう。
抱きしめる。

望むのはただともに在ることだけ。
満たされるのはそのときだけ。

*

楽しげな笑い声が耳を打つ。
何気なく振り返ると、おそらくは成人を迎えたばかりと思われる少年と、同い年ぐらいの娘が中庭で朗らかに談笑している姿が目に映った。
「……リーオ?」
「いや」
立ち止まった彼を訝しむ友人に軽く首を振り、リーオはゆっくりと歩き出した。
「……」
その様子をじっと眺めていたルーベルに、今度は彼が怪訝な視線を向けた。
「私がどうかしたか?」
「うん、いや、随分ゆっくり歩くようになったと思っただけだ。前はこっちが置いていかれるかと思うくらい早かったような気がしていたが」
変わったな、と呟く友人の声は少しだけ沈んでいる。
宮廷から追放されていた間の彼の苦労を慮っているらしいルーベルの肩を軽く叩き、リーオは意識して歩調を速めた。


緊張を強いられる生活から離れていたせいか、久々の腹の探り合いに重い疲れを覚え、彼は深く溜息をついた。
この自分の部屋でさえ、本当にくつろぐことはもう出来ない。

耳に留めた、あの見知らぬふたりの笑い声が意識の淵でさざめき続けている。親しげで楽しげなそれは、聞いていてとても微笑ましく、そして微妙に不快になるものだった。
かつて手にしていたものを突きつけられることは何とつらいことか。
内で渦巻くどす黒い何かを自覚しつつ、彼はまた息をついた。

彼女はどうしているだろうか。気を抜けば思考はいつもそちらに向かう。
命果つるそのときまで、ともに歩いていくのだと、確証なく確信していたあの頃がひどく懐かしかった。

やがて彼の口元に、僅かに歪んだ笑みが浮かぶ。
なりを潜めていた凶暴な一面が首をもたげる。それを止めるものは何ひとつ、今の彼にはない。
「……ですが、ええ、私はこのままで終わらせるつもりはない」
奪われたものは全て取り戻してみせよう。

自分が満たされるのは彼女と共にあるときだけだと知っている彼は、その牙を静かに研ぎ始めた。

******

非常に物騒な終わり方で申し訳ありません。ていうかお題消化してるか微妙だ。
気付けば熱愛度と凶暴度がほぼ比例するキャラたちばかりなことに気付いて今からどんよりしております。カップル引き離しすぎたか。

あまあまらぶらぶは読む分には良いのですが書こうとすると自分にダメージがくるのできついことが身に染みたお題でした……(どうせ懲りずにそのうちまた何か同じようなことをやると思いますが)。

しかし。近頃というか前から薄々思ってはいたんですが、私の書く男は一歩間違うとストーカーになりそうなアレな輩か変態かへたれしかいないような気がしてきました。いやすぎるマンネリだなオイ。どこかに格好イイ男はいないのか。


隔てられるふたりに7つのお題 / 7.それで満足しろというのか
[ 配布元 : TV ]
隔てられるふたりに7つのお題 / 6.断ち切る | 2006年05月26日(金)
私たちの邪魔をするものがいるのなら、容赦はしない。

*

彼女の夫は辺境の領主である。
この広い大陸の隅にある、小さな小さな王国の、更に小さな、猫の額というにも余るような荘園を任されている男だった。
隣の大国は北の帝国との戦争に余念がなく、隣国の庇護を受けている彼女の国は度々戦力提供の要請を受けていた。勿論断ることなどできはしない。
彼女の父は前々回の大戦に出征し、そのまま戦死した。祖父も同じように戦場で命を落としたと聞いている。父の領土を継いだ兄はまだ元気だが、上の弟は先の争いで片足が不自由になってしまった。

彼女の国の騎士たちは皆、そんな風に大国同士の戦に巻き込まれて命を散らす。

そして今度は彼女の夫の番という、ただそれだけといえばそれだけの話だった。

「……また、戦なのね」
「すぐに終わるさ」
ふたりの間に言葉は少ない。
いつもは快活なその声も、このときばかりは多少の陰りを見せていた。
心配げにじっと彼を見上げる彼女の髪を安心させるように撫で、彼はそっとその頬に口付けを落とした。
「心配しなくても、すぐに戻ってくる」
「父も母にそう言って、二度と帰ってこなかったわ」
泣き暮れるわけではないが、ただ沈痛な面持ちでそんなことを呟く妻の様子に、彼は仕方ないと言いたげに肩を竦めた。
「あまり不吉なことを言うなよ」
「だって事実は事実だわ」
「ねえ、可愛いひと。俺の麗しき女神さま、君を守るために戦場に向かおうとする男に向かってその態度はちょっと酷くないかなぁ」
道化のようにおどける夫に、ようやく小さな笑みをこぼして、彼女は祝福のキスを彼の額に落とす。

死地に向かおうとしているはずの彼の腕は、ひどく優しい。
夫の考えていることなら何でも分かる、と自負している彼女でさえ、今の彼から不安や恐怖を感じ取るのは難しかった。
いつもより長く、名残惜しげに、彼女の髪をいじる姿に少しの違和感を覚えたくらいのものだ。
「ああ、君のつややかなこの髪をしばらく触れないなんて!」
「別に持っていってもいいわよ。短くても別に困らないし」
大げさに、けれどかなり本気で嘆いている夫は、がっくりと肩を落とした。
「……あのね君。君の髪だけ持ってってもしょうがないんだよ」
「女の髪なら多少の守りにはなるでしょう」
「……それって量と関係あるの?」
さあ、と首を傾げながらナイフを探す妻を押し留め、「それより他にすることがあるでしょう」と彼はその細腕を引き寄せる。


夜が明けなければいいのに、と思ったのは初めてのことだった。


翌朝、早くに発った彼を見送りながら、彼女は決めた。
死神は彼女の父と祖父、他にも大勢の優しい男たちの魂を刈っていった。
この上夫の命までも奪わせてたまるものか。

「……誰も、変えようとしないのなら、私が」

哀しい、この連鎖を断ってみせよう。

*

史上初の女軍師、ドロレスが彗星のごとく現れ、世界を魅了したのはその年の夏のことだった。
最初、辺境の小隊をおとなったという彼女はその見事な手腕で某国の政治の中枢にまで入り込み、長年に渡る諍いをたった一年半で治めた。その間、幾つかの小競り合いが起こったが、命を落とした騎士はいなかったという。
政局も安定し戦も完全な終結を迎えたその数ヵ月後、突然彼女は用は済んだと言わんばかりにぷっつりと姿を消し、大掛かりな捜索も甲斐はなく、彼女が再び舞台に上ることはなかった。

ドロレスは常にフードを深く被り、その容姿を誰かの目の前にさらすことは一度もなかったと書物は伝える。その声音は低く落ち着いて、或いは少年のようだったという記述もあり、後年実は男だったのではないかとも噂され、今では性別はおろか、その存在さえ定かではないとある歴史書には記される。


******

たまには読み切りゲストで。
ていうかどこらへん隔てられるのさ、とかどこらへん断ち切ってるのさ、とかたった一年半で片付くのかよ、とか色々突っ込みどころ多すぎますね。
最初は戦場に行く夫を泣く泣く見送る奥さんの話だったはずなのに一体どこで狂ったのやら。


隔てられるふたりに7つのお題 / 6.断ち切る
[ 配布元 : TV ]
隔てられるふたりに7つのお題 / 5.あさはかなのぞみ | 2006年05月23日(火)
高い高い壁がある。
深い深い溝がある。

壁なら壊してみせましょう。
溝なら橋をかけてみましょう。

だから私のことを見て下さい。

*

「リリィ」

知っていますわ。
名前を優しく呼んでくれるときはいつだって、慰めを欲しがっているということくらい。
ええ、あなたの望む通りに致しましょう。
穏やかに微笑めば、いつもあなたは何だか泣きそうな顔をして膝に頭を載せる、わたくしの可愛い甘えん坊さん。

あなたの髪を梳くのは好き。柔らかくてさらさらしている夜のような綺麗な黒髪。
色の薄いわたくしの金髪と比べて、昼と夜のようね、と楽しげに笑った方もいたことを覚えています。あなたと対に見られたことが嬉しくて、でもあなたはわたくしよりも、そう仰っていた方をじっと見つめていたから。
未だにあの方のことを忘れられないあなたを少しだけ憎く思います。

膝にかかるその感触が少しくすぐったくて笑ったわたくしを、訝しげに見上げる、そんなあなたの蒼い瞳が大好きなのです。
「どうかなさいましたか?」
「……何でもない」
ふてくされたようにそっぽを向いて。
疲れていたのでしょう、すぐに眠ってしまって、まあ。


「……まだ、忘れられませんか」

知っていますわ。今日があの方の月命日ということくらい。
あなたは一途な方だから、初めて恋したあの方を忘れられないのだということくらい、わたくしは了解しています。きっと一生、覚えているのだろうということも。

でも、それでも、ねえ、あなた。

あなたの一番を望むのは愚かなことでしょうか。
他の誰も彼女には成り代われないのだと知っていても、それでもわたくしはあなたが最も愛する女でありたいのです。

愚かな女の呟きなど、耳には入れずにおいて下さい。
あなたは優しい方だから、わたくしの浅薄な望みを聞いてしまったらおそらく悩んでしまうでしょう。わたくしとて、こんな醜い姿などあなたにさらしたくはありません。

「愛していますわ、誰よりも」

だから、ねえ、絶対に幸せにしますから、わたくしのものになって下さいな。
一瞬でも構わないから、わたくしを見て下さい。
あの方はもういないのです。あなたの隣にいるのはわたくしなのです。

ねえ、どうか。

わたくしがあなたの首に手をかけてしまいそうになる前に。
わたくしのことを、わたくしだけを、どうか見て下さいな。


******

少々変則的な解釈のような感じがしないでもないですが。
しかし昨日のようなくさい台詞より電波な方が書きやすいというのはちょっと問題な気がします。ていうかこのおねーさん明らかにヤバイ。

そういえば今のところ、2番目以外全部同じ話の登場人物でしたりします。
未だに最終話リテイクを繰り返してるおさんどんの話が終わったら本格的に手をつけようとしてる話ではあるのですが。ていうか本当にいい加減どうにかしたいですアレ。


隔てられるふたりに7つのお題 / 5.あさはかなのぞみ
[ 配布元 : TV ]
隔てられるふたりに7つのお題 / 4.暁のわかれ | 2006年05月21日(日)
希望を持ち続けることも捨てることも、どちらも選べず。
終わる日をただ待ち続けている。

*

昨夕からの大嵐が塵を全て持っていたのか、夜明け前のきんと冷えた空気はとても澄んでいる。
明ける直前が最も闇が深いとひとは言うけれど、その中彷徨う人間は一体どうやってそれを知るのだろう。
暗闇はただ深まるばかりで底が見えない。
ひゅ、と息を呑み込むような風の音が耳の近くを渦巻いている。
やがて東の地平から零れ始めた曙光が、鋭く目を射る。
眉をひそめてその様子を眺めながら、いつかのことを思い出す。

あの手を離したのも、夜明けの頃だった。


あらゆるものの輪郭がくっきりと見えるような、そんな綺麗な空気の中を竜に乗ったふたりは駆けていた。
剣にしたたる血と脂を一振りで払い落とした彼は、後ろをちらりと振り返って小さく舌打ちをした。
「お前、先に行け」
「は? 何言って――ちょっと待ちなさいよコラ」
手綱を離して飛び降りようとした彼の腕を咄嗟に掴み、首を捻って後ろに座っている男をにらみつけた。
明らかに機会を逸した彼は口の端を引きつらせた。振り払おうとするが、全力で走っている竜の上では無理をすると彼女が落ちかねず、どうも本気が出せないらしい。
「このアホ、離せ」
「いーやーでーすッ。いいこと、この子から飛び降りてひとりで追っ手倒そうなんて無茶したら私も飛び降りるわよ」
多分自由になる手があったら彼は頭を抱えていたことだろう。
「俺の行為を無にするような無茶はやめろと何度言えば分かる」
「この場合先に無茶しようとしたのはあなた。止めようとしたのは私。イイ?」
苛立ちを押し殺した仏頂面を見上げ、彼女もまなじりを吊り上げる。
「それがどんなに自殺行為か、言わなくても分かってるでしょうけど。そんなことされるくらいなら私が大人しく捕まるわよ」

追われているのは彼女なのだから、彼には――

「関係ない、とでも言うつもりか?」
幾段低くなった声には構わず、彼女は言い募る。
「あなたの仕事は私を守ることだけど、それはあなたが死なない範囲で、よ。死んでまで守ろうとかやめてちょうだい」
にらみ合うような見つめ合いが数秒続き、彼は降参とでも言うように肩を竦めた。
「……言いたいことは分かった。が、ひとつ間違ってるな」
「どこが」
地平から顔を覗かせた陽の光がその姿を照らし、純度の高い藍の瞳のその色を、見惚れるほどにはっきりと見せた。
「お前を守るのは仕事じゃなくて、生きる理由だ」

その意図に、彼女が気付いたときには既に遅かった。
既にその手から手綱は離され、体は宙を舞っていた。

「――待ちなさい!」

伸ばした手は僅かに彼に届かず、ひどい土煙のせいで彼が無事に着地できたのかどうかすら分からない。
反動で体勢を崩しかけた彼女は必死で手綱を掴み、舞い上がる土埃の向こうを透かすように一心に見つめる。
止まるように指示しても、主人の意向を尊重しているのだろう、竜は速度を緩めず彼から遠ざかる。

小さくなっていく影を、彼は目を細めて見つめていた。
これで多分、彼女は逃げ切れる。
「あとは俺がいかに生き延びるか、だな」
追っ手の影は近い。彼の剣はもともと竜に騎乗した状態で扱うことを考えられたもので、地上戦とは勝手がだいぶ違う。
「まあ、どうにかなるだろ」
彼女が死ぬなと望むなら、それを叶えるのが彼の仕事である。

別れはただ一時のもの。永久にするにはまだ早い。


******

ちょっと詰まっているうちに存在のことすらすっかり忘れておりました。ひー。
文章に疾走感がないなぁと最近思います。多少辻褄が合わなくてもひとを呑めるくらいの勢いがほしいー。いや辻褄は合ってないと困りますが。
しかし今回ラブ分が常より微妙に高めな気がします。何だかむずむずする。


隔てられるふたりに7つのお題 / 4.暁のわかれ
[ 配布元 : TV ]
隔てられるふたりに7つのお題 / 3.絆 | 2006年05月13日(土)
繋がりが目に見えれば安心できるのだろうか。

*

天幕を雨が叩く。
明け方、ぽつぽつと控えめだった音は風が強くなるとともに段々と酷くなって今ではもう嵐のようで、うるさいほどに耳に響く。
日程にも余裕があるということで今日は此処を動かないことになったらしいと、顔見知りの兵士が伝えてくれた。
貸し与えられた小さな天幕の中で、彼女は身動きもせずに膝を抱えてただじっとしている。

もうすぐ荒野を抜けると伝えられたのは数日前。
そこから先は未知の世界だ。
聞いた話によると、村や彼女の見知った小さな町とは比べものにならないほどの多くの人間がいて、家々がくっつかんばかりにひしめきあい、道路はすべて石畳で舗装されているらしい。
想像のつかない新しい街を見るのが楽しみである一方、目的地である都に近づいているという事実は、ほんの少しだけ彼女を不安にさせる。
そこに彼がいなかったらどうしよう。彼を見つけても、拒絶されたらどうしよう。
ぐるぐると渦巻く不安を押し込めるように、自分の体を抱きしめる。

すぐ手の届くところには、彼の忘れていった剣があった。
肌身離さず持ち歩いているそれをじっと見つめる。
褪せた布で厳重に包んであるせいでその姿は今見えないが、鞘に収まった優美なそのかたちはすぐに思い出せる。
これといって、何の変哲もない剣だ。華麗な装飾はされているけれど、飾りのような華奢なものではない。使い込まれた跡もある、れっきとした武器だ。
彼がそれを使ってどのくらいのひとを殺したのか、正直なところ殆ど興味はない。
ただ重要なのは、それが彼の持ち物であるという、その事実だった。

唐突に行方をくらませた彼が、どういった理由で何処に去っていったのか、彼女は何も知らない。
何も知らぬまま、ただ、自分から探さなければ二度と会えないと心の何処かで確信したから彼女は村を飛び出した。
迷惑だと言われてもいいからもう一度だけ会えればいいと、強く思ったそのときの気持ちは、不安な時間が長く続くほどに少しずつしぼんでいく。
今にもふつりと途切れてしまいそうなそれを支えているのはただ一本の剣だった。

断ち切るための道具であるそれが、ふたりを繋いでいる唯一のものだとは皮肉なものだと思いながら、彼女は包みをそっと撫でた。


会いたいと、向こうも思ってくれているのだろうか。
知る術はなくただ今も、気持ちは絶えていないのだと信じて、彼女は歩く。


******

1番目のお題の彼女の方の話でした。人称代名詞を多用しすぎな気がする。
私の書く話はどうみても甲斐性なし男が多すぎです。

隔てられるふたりに7つのお題 / 3.絆
[ 配布元 : TV ]
隔てられるふたりに7つのお題 / 2.募る想いにひそむ影 | 2006年05月12日(金)
ひたひたと。
音もなく忍び寄る。

*

このところ、昔のことをよく思い出す。

暖炉の近くで縫いものをしていたときのことだったか。
「ねぇお義姉さま」
夫婦喧嘩の度にこちらに逃げてくる義理の妹が、不安げな顔で私の目を覗き込んできた。
「何?」
「愛されてるって、自信をもっていらっしゃる?」
市場で親とはぐれた子供のように、今にも泣き出しそうなその表情に苦笑をこぼしつつ、彼女を隣に座るように促した。
「自信がないの?」
「……迎えに来てくれなかったらどうしよう、っていつも思いますの。今度こそ愛想を尽かされてしまったんじゃないかしらって」
「私としてはあなたが彼を見捨てないのが不思議でしょうがないのだけど」
肩をすくめると、彼女はいつも、ちょっと怒ったように口を尖らせる。どちらかというと甘えているように見えるのは、多分義理の姉の欲目だろう。何せ彼女は他の男が放っておかないくらいの綺麗な容貌をしているし、よく気のつく子だ。
彼らの喧嘩は大抵夫の浮気が原因で勃発する。たまに彼女が口うるさく言い過ぎてもめるらしいが、それが理由のときはこちらにまで被害が及ぶことがないので、やっぱり今回も彼が何かやらかしたんだろう。何回目かは数えるのも面倒で既に忘れた。
「お義姉さま方は、わたしたちのところみたいに浮気や何かでもめたりはなさらないんでしょうね」
うらやましい、と溜息をつくような呟きだった。
その言葉に、正直私は苦笑するしかなかった。
「確かに浮気はしないだろうけど、ねえ。それと愛されてるっていうのはまた別だわ」
私の夫は確かに浮気をするような性分ではない。
でもそれは私に惚れ込んでいるからとかそういうのではなくて、単にそういうことにかまける暇が勿体ないからだというのが正しい。私との結婚だって、「手近にいて面倒がなさそうだった」というだけのことだし。ちなみにこれは推測ではない。プロポーズのときに面と向かって言われた彼の本音である。しかし、彼と私の間には身分差という面倒な壁もあったのだけれど、それは良かったのだろうかと今でも時折首を傾げる。
「そう、ですか?」
「好きだの大切だの愛してるだのといった言葉は少なくとも一度も聞いてないわね。結婚記念日なんかをお祝いしたこともないし」
それを聞いた途端、彼女は目を丸くした。信じられないといった様相である。
「わたしにはそんなの耐えられませんわ! お義姉さまは忍耐力がおありですのね」
単に諦念である。
そういった甘い言葉や贈りものの数々を彼に求めているわけではないので、私はそれで全く構わないのだが、女の子らしい女の子な義妹は、驚いた表情のまましきりに首を捻っている。
「今度お義兄さまに、もう少しお義姉さまを大切になさるよう進言致しますわね」

「要らん」

大真面目な顔の彼女の背後に、いつの間にやってきたのか、夫が苦虫を噛み潰したような表情で佇んでいた。
「迎えが来たようだが、どうする?」

「ええ、っと。でも」
「行くなら行け。この際一晩程度立たせておいた方が良かろう。頭も冷える」
「頭が冷えるどころか凍え死ぬわよこんな冬の真っ只中に」
「そんな。わたし、行ってきます」
常に淑女然としている彼女が取り乱して駆け足で部屋を出て行くのを見送り、私は夫を見上げた。
「わざわざ言いに来るなんて珍しい」
仕事中毒者である彼が、それを中断してまでこちらに来客を知らせにくることは滅多にない。
ふん、と彼は鼻を鳴らして不機嫌そうに顔を背けた。
「他に誰もおらんからな」
「ふふふ、何気に優しいお兄ちゃんをしていることを私は知ってますよ」
からかったら叩かれた。彼は何気に短気なのである。
「茶」
「……本題はそっちね」
お茶を入れに立ち上がると、彼がじっとこちらを見ていた。
「何?」
「いや。女性というのは皆花束を欲しがるものかと思ってな」
「別に無理しなくて良いよ。ていうか唐突にそんなことされたら申し訳ないけどキモチワルイ」
「……」
憮然とした顔をしているが、彼だって自分が甘ったるい言葉を私に聞かせるなんて想像をしたらやっぱり同じように思うに違いない。
「この話題は終わりだな。ともあれ、茶」
「ハイハイ」

愛してるとか言われたことはないけれど、ときどきとても優しい目をしてくれるのを知っている。私以外にお茶を要求することはないし、料理もちゃんと食べてくれるし、私の具合が悪いときは誰より早く気付いてくれる。
言葉が欲しいという義妹の言葉には深く頷くが、彼はそういうことを言葉にするのが殊更苦手だったし、そういう些細なことでも大切にしてくれているということは十分に伝わるものだ。


ぱちん、と薪の爆ぜる音で私の意識は唐突に現在に帰る。
うら寂しい、狭く小さな部屋。
昔のように、義妹がにこにこと笑ってのろけ話をすることもないし、仕事の休憩に夫が顔を出して皮肉のひとつも言うことも、もうない。
遠く手の届かないものになってしまった過去の光景は、老いて病んだこの身にはひどく甘くそしてつらい。

一人用の寝台に横たわっていた身体を、ゆっくりと起こす。


窓の外は雪。
彼の髪の色に良く似た、冷たくて優しい色をしている。


天の扉の向こう、彼の近くに召されることを今は静かに願っている。


******

さっそく1日空いてます自分orz
ていうか何処が隔てられてるのさ、といった感じですがフィーリングでお願いします(ちょっと待て)。


隔てられるふたりに7つのお題 / 2.募る想いにひそむ影
[ 配布元 : TV ]
隔てられるふたりに7つのお題 / 1.逢いたい | 2006年05月10日(水)
言葉にするのも苦しいほど。

*

荒野に無機質な月の光が降り注ぐ。
たき火の跡を拾った枝で手遊びにかき混ぜつつ、コーネリアは小さく溜息をついた。
ひとりで過ごすことは慣れていたはずなのに、どうしてこうも心細い気分になるのか。赤茶けたこの大地もよく見知ったものであるはずなのに、やはりどこか遠いものに思えて、彼女はこみあがる不安を押し留めるように静かに唇を引き結んだ。
唯一の道連れである小竜に身を寄せると、きゅぃ、と細く高い、慰めるような鳴き声が返ってきた。硬くひんやりとした鱗の感触が身体に溜まった疲労を吸い取ってくれるようで、コーネリアはゆっくりと肩の力を抜いていく。

けれど幾ら気分が落ち着いても、焦りにも似た寂しさは消えず。
伸ばせばすぐに届いていた手はもう何処にも届かない。
どうしようもなく哀しくて、涙をこぼすことも出来ずにただ身を縮こめて夜を過ごす。

その身を満たすたったひとつの望みがどうか叶えられるようにと、縋るように祈る彼女のまぶたを、そっと睡魔が閉じさせた。

*

ふと、彼女に呼ばれた気がして後ろを振り返る。

ただ夜風が通り過ぎるだけの無人の廊下をしばらくじっと見つめて、彼はふうと息をついた。幻聴を聴くとは、どうやら相当焼きが回っているらしい。
心中で暴れ回っている物騒な感情の数々を何とか宥めて、しっとりと絡みつくような微風を振り払うように大股で歩き始める。

手が覚えている彼女の柔らかな髪や手を思い出す度、その衝動は強くなっていく。
「全く、彼女を泣かせたことがないのが私の自慢だったのに」
一緒に暮らしていた人間がある日突然消えて、心配しない人間はいるまい。
ただでさえ彼女は寂しがりやなのだ、さぞ不安になっているだろうと思うと焦りと怒りで感情の針が振り切れそうだ。

自分を呼ぶ、あの優しくて甘い声が聴きたくてたまらない。
嬉しげに微笑む彼女をもう一度抱きしめられたなら、と幾夜恋うたことだろう。

その望みを叶えるためなら何だってしようと、密やかに誓いを立てる彼の姿を、無言の月が照らしていた。


******

唐突にお題に挑戦。
とりあえず書け、と。そういうことで。1週間で消化できればいいなぁと目論見中。

文体とテンションが安定してなくて色々痛々しいのと、ポエマー度が常にも増して高いのは気にしないで下さい。
ていうか後半のおにーさん書いてて何か砂吐きそうになりました。やばいこの話物騒な人間しかいない(ちなみに次に連載予定のお話)(一向に進んでませんがちまちまと書いてます)。私の話に出てくる成立済カップルは大概相手のことしか見えてません。どうしたものかこいつら。


隔てられるふたりに7つのお題 / 1.逢いたい
[ 配布元 : TV ]
だんなさまとおくさま。 | 2006年05月05日(金)
「ねえ、そこのきんきらきん」
「……」
呼びかけられた男は、不機嫌そうな顔つきで渋々と立ち止まった。
彼女が正面から廊下を塞ぐ格好で立っていなかったらきっと優雅に無視したことだろう。
「何か」
「ご一緒にお茶でもいかが? お互いの理解を深めるために」
「公務があるので遠慮させて頂きますよ。それに私はあなたの理解など求めてはいませんし、あなたも私の理解など必要ないでしょう?」
しれっとそんなことを言い放ち、用は終わったと言わんばかりに歩き始める金髪の男の腕をがしっと掴み、彼女は恨めしそうにその瞳を睨み上げる。
「仮にも夫婦なんでしょ、私たち」
「ええ、法律上は。私が死んだら遺産はあなたのところへいきますし、逆も然り。だからと言って暗殺などは企まないで下さいね。面倒が増える」
「誰があんたなんか暗殺するのよ。あんたこそ私を殺したりとかしないでよね。そんなことしたらあの世から全力で呪ってあげるから」
「それはそれは。私のドコを見ればそんなことを考え付くような男に見えますかね?」
「全部」
すぱんと言い放つ彼女を面白そうに彼は見下ろした。
「それはまた新鮮なご意見をどうも。仕事を片付けたいのでそろそろ宜しいですか?」
彼は、大して力を込めた風でもないのに彼女の腕をするりと解く。
早足で立ち去っていく後姿を見つめ、彼女は不思議そうに問いかけた。
「何で私なんかと結婚したの」
無視されることを承知で呟いたが、意外にも彼は立ち止まって彼女の方を振り返った。

「面倒がなさそうでしたから。これほど手を煩わされるとは予想外でしたが」
「……それが結婚ってモノでしょ」
「なるほど」

喉で笑う声は楽しげで、それに不気味なものを感じて彼女はふいと顔を背けた。

******

残忍領主(恋愛に興味なし)×政略結婚でつれてこられた花嫁さん、というのはいかがだろうと唐突に思いついたネタ。
どのあたりが残忍なんじゃ、という感じもしますがこの場面。
思った以上に気に入ったので、短編あたりで何とかまとめたいところです。
written by MitukiHome
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