暗闇の恐怖 |
彼と話し合った。 私は話し合いなどしたくなかった。喧嘩がしたくて喧嘩を売ったのだ。 いつも私と彼がもめる時、私は、自分が一方的にテンパって、話の通らないことを喚き散らしているような錯覚に陥る。 それは、話し合いの最中に、彼がとても冷静だからだ。 そして、彼と「話し合う」と私はいつも彼に馬鹿にされたような被害者意識を持ってしまう。 私がとても低次元な話をしている時にでも、彼は感情を抑え、冷静に上の方から物を言っているようにしか見えないのだ。 それは私自身が、自分が低次元な話をしている自覚があるからこそ、そんな被害者意識を持ってしまうのだろうと思う。 よく言えば、彼はそんな低次元な話もちゃんと聞いてくれる大人なのだろう。 でも冷静に話し合いなどしたくない。 くだらない理由で私が落ち込み、喚き散らしている時なんかはなおさら。 私は彼に感情をあらわにして、怒って欲しいのかもしれない。 同じ、低次元な土俵に立って、低次元な悩みを理解して欲しいのかもしれない。 だからいつも、喧嘩を売る。 私が負の感情をあらわにする時、それは、彼に目をむけて欲しい時だ。 二人暮し、彼と私以外は誰もいない状況で、私がイライラやムカムカやめそめそをあらわにする時、それ以外の他になんの理由があろうか? 私だって大人だ。 彼以外の事でイライラムカムカめそめそした時に、彼にやつあたりする事などない。 彼が原因で負の感情に囚われているからこそ、彼に見えるように、その感情をあらわにする。 でも彼は、気づいていないのか、それとも「触らぬ神に祟り無し」とでも思っているのか、はたまた私が冷静になるまでそっとしておこう
と思っているのか、私が 「急に私がイライラめそめそしてて、そんなのようちゃんしか他に要因がないのにどうして『どうしたの?』も言ってくれないの!?」 と彼の前に立ちはだかって泣き喚くまで何も言ってくれない。 昨日もそうだった。 昨日は私はガーターをつけて、買ったばかりのエロ臭いワンピースを着ていて、私的にはそれで彼を欲情させたかったんだ。 欲情させられなかったとしても、エロい言葉の一つや二つは囁いて欲しかったんだ。 それだけのつまらない理由なんだ。本当に低次元だと思う。そんな事で深刻になんてなりたくない。馬鹿みたいというか、馬鹿だからだ。 私は一日、自分がガーターをつけていた事を彼にアピっていた。目をむけて欲しかったからだ。 でも、彼は、その姿のまま布団に潜りこむ私を見て、 「網タイツが破れちゃいそうだから早くパジャマに着替えなさい。」 と的外れな心配をした。 大馬鹿野郎。 網タイツは破るのが楽しいから穿いてあるんだよ。 ガーターはパンツ脱ぎやすいからタイツの代わりにつけてるんじゃない。 お前の為につけてるんだ。お前以外誰に見せるんだ。 それくらい気づけよ! 酷い言葉ばかり喚きたくなる気持ちをグッと堪えて、私はムカつきながら網タイツをガーターから外しては壁に投げつけ、ガーターも外して壁に投げつけた。 そして布団から抜け出し、寝室を出て、襖をピシリと締め、暗い居間でソファにうずくまって泣いた。 悔しいと言うか、恥ずかしいと言うか、寂しいと言うか。 そんなに解りやすい無言の抗議をしているのに、彼は追いかけてもこない。 業を煮やして泣きながら私が寝室の襖を開けると、彼は私が出ていった時のままの体勢で、半分寝ていた。 私が呆然として彼を見つめていると、彼はこちらに寝返って 「……どうしたの?」 とやっと言った。 「なんで追いかけてきてどうしたの?って言ってくれないの?」 「落ち着くまでそっとしておこうと思って・・・」 「今私がこうやって寝室に入ってこなかったら、ようちゃん寝てたやろ!?」 「そんな事ないよ!」 私は泣き喚きながら自分が不機嫌になった理由を述べて、とても惨めな気持ちになり、 「なんでこんな恥ずかしい事、私が説明しなあかんの!?」 とますます泣き喚いた。 それでも淡々と、ため息混じりに冷静に私の心理を分析し、冷静に意見を述べる彼を見て、 「なんでいつもそんな喋り方なん?この馬鹿女またしょうもない事でキレてーってだるいの?馬鹿にしてんの!?」 と言うと、彼は決してそうではないと言った。 彼のお父さんとお母さんがよく夫婦喧嘩をしていて、お父さんが感情任せにお母さんに怒鳴ったり、家庭内暴力とまでは行かないけど、時
にはぶったりしている様を、子供の頃から見ているから、自分はああなりたくないから、感情を抑えて冷静に話してるんだ、と言った。 私は、違う違う、と、首を振った。 いわゆる「家庭内暴力」と、感情を出して、腹を割って話す事はまったく違うのに、彼はそれを同一視してしまっている。 いつも彼と話していて、突っ込んだ話をすればするほど、彼が壁を作ってしまって、何を考えているのか解らなくなる。 それは彼が自分の感情を抑えているからだ。 私が彼をムカつかせるような事をする時は、彼に、ムカついて「怒り」でもいいから感情を表に出して欲しい時なんだ。 「こんな事言われてムカつかないの?私はようちゃんにムカついて欲しい。負の感情でもいいから、見せてくれないとなんだか怖い。私のことなんてどうでもいいみたいに見える。」 と言うと、彼は、 「俺はリカより、7年長く生きている。もちろん、リカとは、データの量も違う。俺の方がいろんな事に関するデータ量は多い。『俺もリカの年で、同じ立場だったらするかもしれない』と思える。だからこそ、許す事も、理解する事も出来ると思う。」 と言った。 最初は 「それは尊敬に値するけど・・・」 と冷静になろうとしていたけれど、彼が何度もその言葉を言うので私はカチンときて、 「そんな言い方は大っ嫌い!!!そんなんじゃ、私はいつまでたってもようちゃんと同じ立場で話が出来へんやん!私はいつまでたってもようちゃんより7つ下やねんから。今の状況から逃げてるとしか見えない。私をデータなんかで処理しんといてよ!そんな理解のされ方は嫌!」 と言った。 すると、追い討ちをかけるように、彼はいった。 「リカも、俺くらいの年になったらわかると思うけど・・・」 その言葉を聞いて、私は自分でもなんだか解らないけど、物凄く頭に血が昇るのを感じた。 いつまでたっても彼に追いつけない。 データ?データがなによ。先に生まれただけじゃないか。 私とはまったく別の人生を歩んでるじゃないか。 データなんかで私の何が解るの? 目の前に本物がいるのに、どうしてデータで私を推測する?
「ようちゃんがエロい事に対して興味が薄いから、私の意図に気づかれへんのも仕方がないとは思うけど、私、今日一日解りやすい言葉で散々ようちゃんがガーターに目を向けるようにヒントになることを沢山言ってアピってたやろ?そう言う意図位は気づいてくれないと、私はとても寂しいというか、惨めな気持ちになるよ。あぁ・・・もう・・・(自分がくだらない事を言っていることに対してうんざり)。私は女の子やねんで。娘でもないし、ペットでもない。いつもはそれでもいいよ。馬鹿みたいな事葉で、当たり障りのない事をいい合うのも、楽しいしお互い楽なんだし。でも、私が女の子になりたい時位は、それを察して、お父さんみたいな言葉じゃなく、男の人の言葉を言って欲しいって言うのは、私の我侭?私はようちゃんが男の人の時は、女の人の言葉を囁いてると思うけど、それを私にも返してというのは無理なお願い?エロい話は友達とでもできるけど、実際エロい事をするのは、ようちゃんしかおらんねんで?セフレを作れる性格ならいいけど、残念ながら私はそうじゃない。ようちゃんにしか出来へんねんで。ガーターつけたらセックスしろって言ってるんじゃない。」
「俺はリカがいるっていう状態で、MAXの幸せやねんで。」 「私だってそうや。」 「でも、リカが言ってるのはなんていうか、そこから枝分かれした事象やろ?」 「他の事に対して望むなって事?」 「違う。他の事がダメでも、一緒にいるって事自体がMAXだったら俺はそれで満足やねん。」 「私は一緒にいるのが幸せMAXであっても、それだけじゃなくてもっといろんな事をようちゃんとしたいし、いろんなようちゃんをみたいよ。」 「でも、根源に、一緒にいる幸せってのがないと、枝分かれの幸せだってないやん。」 卵が先か鳥が先か、的なとりとめのない話。
「ようちゃんは、受け取りベタなの?いつも私が何かようちゃんにした時でも、喜んだりありがとうとは言ってくれるけど、いつも同じ反応で、なんか・・・やりがいないと言うか・・・リアクション派手にしろとは言わんけど。」 「あぁ、してあげるのは好きやけど、してもらう事には慣れてないかも・・・中高の時とかに、裏切られたりしたもんやから怖いって言うのもあるし・・・」 「そうか・・・。でも、私はその人達とは違うやん?3年も一緒におるねんで?いい加減信じてよ。」 「違う違うリカの事信じてるとか信じてないとかじゃなくて・・・」 「私から位は素直にしてもらって欲しい。迷惑でないのなら。嬉しいのなら。」
そしてまた話は枝分かれしてそれて行く。 それから喧々囂々、三時間ほど、彼の言う所の「話し合い」をして、彼はもっともらしいけど、私の意図する事とはまったく別の話をし、それは違うだの話がそれてるだの言い訳だだのいい、なんだか納得がいかないまま、結局、 「20代で読むエロ本と、30代で読むエロ本はその存在の意味が違ってくるから、自分がそういう物に興味をもてるかどうかわからないけれ
ど、次から気をつける。」 という言葉で終わった。 やっぱり私が解って欲しい事とも違うし、尻すぼみもいい所だけど、とりあえず私の方は腹を割って話したから、後は彼の頭に任せるとして、もういい事にする。 根本的な事を、何も解決していない気がするけれど。 彼にひどいことをいっぱい言ったような気がする。 私も彼も物理的に疲れたんだ。
イライラに効く漢方を飲み、布団に、彼に背を向けて潜りこむ。 うとうとしながら、どうして私はあんなに、彼の 「リカも、俺くらいの年になったらわかると思うけど・・・」 という言葉にムカついたのかが解った。 子供の頃、散々大人に言われた言葉だからだ。 彼らは私に 「お前の家は片親なんだから・・・」 という理由をつけては、押し付けの同情やアドバイスをした。 私が 「どうしてあなたが私の家の事を口出しするのか解らない、離婚したのは両親であって、私はそれに対して何の負い目を感じる事もないと母に言われているし、私自身もそう思う。それに私は父がいなくて不幸だったことなんて一つもない。物心ついてから父がいる生活をした事がないから、そういう幸せに対する喪失感も感じないのだから。」 そう言うと、彼らが口揃えて言ったのがその言葉だ。 「リカも、大人になったらわかると思うけど・・・」 自分が言った言葉を正当化する為に、一生私がその人に追いつけない事で逃げているとしか見えなかった。 現に、大人になった今でも、彼らが言った言葉に同意できない。 それがトラウマになって、その言葉に敏感になっているのかもしれない。
翌日、パンパンに腫れた目を冷蔵庫に入っていた酒の瓶で目を冷やしながら赤く塗った爪でタバコを挟む自分の映った鏡を見て、それはとても大人テイストの小物ばかりで編成されているのに、目が腫れた自分の顔と、自分が昨日言った言葉がまるで子供で、苦笑いする。 中学位まで、私はうっすらとした二重になりきれない一重で、子供顔だった。 鏡に映ったのが、まさにその時の顔とそっくりだった。 大人の誤魔化しにイラついていたあの頃。 脳味噌があの時から成長してないのかな。 いや、私は嫌というほど大人だ。 彼がどれだけ負の気持ちをぶつけて来ようが、それが腹を割った言葉であるなら、それを受け止める覚悟がある程に。 今日は一日、電気グルーヴの曲を聞いていた。 昨日行った漫画喫茶に指輪を忘れて、それを取りに行く車内でも。 ふざけた歌詞に笑いが出る。 感情を爆発させたせいでちょっと感情が制御しにくくなっていて、 「カメライフ」 というふざけた歌詞の曲なんかでも泣きそうになっている自分に、笑う。 彼も、私が昨日感情を垂れ流したせいで、私の一挙一動に私の真意を汲み取ろうとしてくれているのを感じる。 そして、黙りがちな車内で会話のきっかけを掴もうと、神経痛か何かで痛む手首を何度も振って、私の気を引こうとしている事も。 だけど私はそれを受け止める余裕もなくて、「大丈夫?」と、前方を見たまま声をかけたのみで、車内にはヘッドフォンをつけている私にしか解らない笑い声だけが響く。 表面的にはいつもと変わらない(ちょっと言葉数が少ないくらいで)けれど、私はとても意地悪な気持ちで、 「ここで今、私が『わッ!!』と言ったら、意識を張りつめてるらしいようちゃんはすっごいビックゥってなるだろうな。」 と、独り考え、独り笑う。 心を開かないあんたになんて、心を開いてやらない。 そんな子供みたいな事ばかりが心の中でぐるぐる。 昨日約束していたカラオケに、 「今日行ける?大丈夫?」 と心配する彼に、 「行こうよ。」 ときっぱり言い放ってカラオケに行った。ちょっと気がまぎれた。 そして、ちょっとだけいつも通りになった。 帰ってきて、私は読書、彼は仕事。 彼は今日も、自分が寝る前に、パンツとTシャツ姿で本を読む私に、 「おなか冷えるからこれ穿きなさい。」 と、パジャマを差し出した。 夜ぐらい、「パパ」をやめてよ! またもや喚きたくなった。 だけど彼が本心からの優しさでそうしたのはわかったし、もう疲れていたのでやめた。 彼が「明日早いから先に寝るよ。おやすみ。」と言って、寝室の襖を締める。 TVを消して、ヘッドフォンをつける。 静寂という名のプレッシャーだ。 おそらくまったく気づいてないのだろう。気づかれない嫌がらせほど滑稽な物はない。 私は寝室から彼が話しかけてここから救いだしてくれる事を期待して、ヘッドフォンを片方外した状態で本を読み漁る。 目に飛び込んでくる文字は脳へストックされることなくただ流れて行くのみだ。 本を「見て」いるに過ぎない。 本の内容が意味をなさない。理解していないからだ。 彼が襖の向こうで一つ咳をする。 ああ、まだ起きているのだ。 彼が私の嫌がらせに気づいて、黙って寝室から出てきて、今すぐ私を犯してくれたなら、私は彼のすべてを許すだろう。 だけど、彼はそうしない。 そうしないどころか、私の内でまた負の感情が育っている事にすら気づいてないのかもしれない。 私も、寝室に行くことなく、もう曲が終わって音が止んだヘッドフォンをいつまでもつけ、本の同じ行を、何度も目で追っている。 寝室に、意識を集中させたまま。 滑稽だろうか。 また、夜に臆病になっている事に気づく。 彼がなにかしらのアクションを起こしてくれるのではないのかという期待と、それを裏切られる恐怖。そして滑稽な自分を見てしまう恐怖。 今日もきっと、私は彼の体に触れる勇気がないまま、彼と同じ布団で眠るだろう。 この暗闇の恐怖から、私を救ってくれるのは彼だけだ。
セックス。 くだらないけど、私にとってはとても大事で。 でも深刻に口にするにはあまりにもくだらなく・・・。
|
2004年04月18日(日)
|
|