恋文
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窓に映ったり 鏡に映ったり わたしは どこにいる
遠ざかって そこにあるなら ずっと そこにいようか
髪を胸にたらして はにかんだようにいる そのまま
汗ばんだ肌に 夜の空気が冷たい 夜着を剥いで 丸まっていると また 肌の合わさったところから しっとりとする
うなじにかかる髪を 手梳いてみる 背中に挟まってしまうので 片寄せてみたりする
寒くなっては 夜着を掛ける
胸から お腹から 脚へ 掌を移してみる まだ汗ばんでいる
いつのまにか 薄暗がりになっている
罌粟は散って 麦畑に花びらを まいていた
乾いた叢で 待宵草は 花を閉じていた
雨をはらんで 空は 暗くなってゆく
風が渡って 鳥たちの声を かき消した
いらないわたしは どこに捨てましょうか
ぷつぷつと切り刻んで 台所の野菜くずと一緒に 捨ててしまおうか
森の中の落ち葉の中に 埋めてしまおうか
早い川に乗せて どこかに流してしまおうか
捨てもできずに どうしよう
わたし ひとりなのに わたしじゃ ない
あぁ ほんとうの わたしに なりたい の だけれど
いつも わたしなのに わたしじゃ ない
ほんとうの わたし
ゆめのなか きおくのなか わきあがるように おもいだすように
わたしに つながっているのに
押し黙ってしまう きっかけは とても些細なことで
何も聞きたくない 何も話したくない
聞くと反応してしまう 話せば止めどないだろう
黙って 知らないふりして
消えてしまうのを 待っている
ひとしきり明るくなった 光の粒のような雨のむこうに 虹が川を渡っている
川は早い流れだった 虹は静かにとどまっていた
暮れる前の光が 部屋の中を ひそりと満たしている
鳥たちのさえずりも 水に隔てられたように 遠いのだった
ここが水の底なら わたしは 溺れてしまおうか
また どこかに隠れてしまったのね いじけて 小さくなって うずくまっている 女の子
すっかり暮れないうちに 出ておいで
失われたいた わたしは いまも居場所がない
ずっといたのに いなかった
途方にくれて 抱きしめる それも 消えてしまいそうだ
ああ、と 思わず声をたてたのは ひとつの苺を 白い黴が一面に蔽っていたからだった
周りに侵蝕した それを ひとつひとつの苺の肌を 削ぎ落してゆく
まぎれもない傷口で あらわな肉が剥き出しになる
その濡れた切り口も まだ生きたままの 苺だった
知らない言葉を聞いていると いつか わたしは ふつりと 切り離されているのだった
真昼の明るい光のなかで 木洩れ陽と 揺れる緑の枝を見ている
風が鳴って まだ 静かな言葉を 聞いているのだった
ちいさくなってしまおう もう そんなに いらない
けずって すてて かるくなって
とんでゆくさきは わたしじゃないもの
光は穏やかで 風は暖かかった
風景は あるがままにあった
わたしも その一部になっていただろうか
まだ 明けていない 見えないけど 触れると 汗に湿って 肌をあわせると ひとつに
あぁ わたしたち 一緒だったんだ
大きく張った枝の 幾重にも重なった葉の間から 光を見ている
それは とても眩しくて 熱かったのだった
まるで遠くで 誰もが動いていて 近くの声さえも 彼方からのように聞こえた
だから テーブルの上の ちらちらと揺れる光を見たり 突然 空をよぎって行く飛行機を 見上げていた
風が渡る 森には光が揺れる 鳥の囀りは 風にもまして饒舌で
わたしひとりだった
光が目にいたいので 俯きながら歩く 湿った落ち葉は やわらかだった
立ち止まって どうやって自分を抱きしめようかと 考える
たくさんのことを 思い出すことができる
失ったことも 失わなかったことも
今からも きっと 思い出せるように
失ったり 失わなかったり
そうやって わたしは いるのね
ねぇ、あの時 あなたに寄り添って 掌を重ねたこと
思い出したら まだ わたしは あの電車の中で 揺れながら あなたの話す言葉を 聴いていた
悲しくもないのに 泣いてみようと思った
ばかみたいに 頑張ってみた
なんで 泣きたかったんだろう
ただの女でありたい
そんなの 誰も認めない
わたしが わたし なんて 誰が知るのだろう
わたしだけ 知っている
誰も 知らないなら 誰にも 知らせない
でも あなたが きっと 知っていてくれる
そう 思っているから 続ける
わたしは いびつな それでも
わたしは 女だと思う
わたしが忘れるように 誰もが忘れるので なにもとどまらないのかもしれない
ただ ときどき 過去を見るように いまのこの風景を見ている
2004年06月08日(火) |
眠る前に 目覚める前に |
岸辺から 離れて 波にたゆたうように
からだを感じる 海がわたしをなぞるように
ひとりのわたしを 愛撫するように
忘れるように 忘れないように
記憶をたぐりよせては また 離している
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もう、恋愛とはいえなくなってしまったので、日記のジャンルを、「静かな日常」に変更しました。 でもタイトルは、やっぱり「恋文」のまま。 誰ともしれず、あるいは誰かに、まだ、ずっと恋していたい。
それは茶色に変色していて とても柔らかかった
包丁が通るともなく 崩れて 重い音で 落ちてしまった
痛んだところを 削ぎ落としてゆく また 音が響く
からっぽにできたらいいのに そうして なにもかもを うけいれることが できたらいいのに
夢の中のわたしを 本当のわたしにしてしまいたかった
夢を見るわたしは 本当のわたしなのに
ずっと夢のなかのわたしでいたかった
もてあましてしまう 暗いかんがえ
なにもかもを 肯定できたらいいのに
そうすれば どんなにかいいのに
きっと わたしが わがままなのだ
突きささるような 陽射しではなくて 叩きつけるような 雨でもなくて
曇り空に 湿り気を帯びた風がふく 今夜 町のなかのものは みんな 穏やかに佇んでいる
頭の中で言葉を反芻してから やめた
黙って通り過ぎるのを 待った
後は忘れてしまったらいい
また一日が始まる 朝までのその間に わたし自身を装う わたしのために
いずれ覚めてしまうものだから 夢のなかででも わたしを留めておきたい わたし自身に
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