恋文
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いつのまにか 知らないところにいた
誰もかれも 知らない人たちばかり
あ、声にならない
いつか 泣き叫んでいた
たどりつけないのなら いつまでも 溜まってゆく 満たされなかった 思いのかず
たどりつくことを 忘れて 思いを積むことだけに なって 溢れつづける
こんな雪の中 鳥たちはどうしているのかしら
まだ暗くもならない 木々の陰から 思いもかけないような おびただしい数の鳥たちが 飛びたっていった 幻のような夏
いま もう暗く沈んだ木々には 雪ばかり
ずっと昔のことも つい昨日のことも おぼろげな記憶のように
まだ 暗いベッドの上で 考えるでもなく 思い出している
窓の外に 聞こえる それは 思い出のように かすかだ
めまいと一緒に しがみついてくる
奈落に落ちてゆくように 一緒に
こわかった 泣いていた
わたしの傍にある
雨にぬかるんだ道は まっすぐに続いていた ゆっくりと歩いている
驚くほどに川の流れは早い 立ち止まった橋の上で 見る
裸の手が どんどん冷たくなる 空には また雲がやってくる
二人で帰る道 距離は遠くもなく 近くもない
少なくすること 小さくなること 空になること
そうすれば きっと 満たしてもらえる
あなたが 美しいと言えば みんな 美しかった
あなたがいなくなると みんな 真っ白になった
夢に見るように どこかしら 霞んだように わたしがいる
泣いているのに わたし そのまま ずっと いたかった
泣きたいと 思ったら 涙が滲んだ
本当は 悲しかったのかしら
草を隠してくれるなら わたしも蔽ってくださいな
木々を装うなら わたしも装ってくださいな
夜が更けるあいだに
ひとりだった
雨はひとりで 降っている 草はひとりで うなだれる
ひとり 浴室にいる 肩を滑り落ちる 髪を 濡らす
その音も ひとりで 流れる
ろくでもない半身は くるりと丸めて 捨ててしまおうか
いつも一緒の わたし自身
どんなにも変われないから ただ あなたの前でいた そのままで いたい
わたしのなかの なかから
装いもなく にじみ出てきた
わたしだったから
風が戻ってきて 窓にはいく筋も 雨が流れる
わたしの姿を いくつにも分ける 流れのまえで
髪をほどく その ひとすじを もてあそんでいる
もう 家が近い
ふと よそよそしい この空気も いつか 馴染むのだろうか
ほんの少し 安心できる時のために ここにいてもいいかしら
その時 楽しいことばかりではなかったのに 懐かしい友人と会う 今日は風すら暖かい
強い風が 雨を運んで わたしは 目を開けられなくなる
剥ぎ取られてゆくのは わたしの記憶でも わたし自身でもない
なのに 髪がざわざわと 顔をかすめると 失ってしまうものを感じている
知られなくていい
わたしだけが知っている わたしだけの わたし
あなたにすら 知られなくていいよ
わたしだけでいい
心を荒立てないこと 誰かのために働くこと
わたしであること 自分のために働くこと
あぁ、これって どっちも一緒にできたら
ここに海はないのに 海の夢を見る わたしのいた海 わたしの産まれた海
ただの小魚だったの なにも知らないうちに 食べられてしまっただろう
だけど 夢を見る わたしがいたはずだった海
失ったものと 得たものと 天秤にかけられるのだろうか
どちらが重いといって 悔やみも 喜びも してどうなるのか
今のわたしを 大切にしていたいよ
いつかの瞬間に わたしだった と そんな時があればいい
なのに 気づくと ずれていってしまう
どうやって留めようか
鏡の中には いつも わたししかいない
あなたから見えない わたしからも
時が こんなに 移って わたしは
このまま 老いてしまうのだろう
わたしのような 見知らぬ人 そのまま そこに留めておいて
わたしだけ ここではないどこかに 消えてしまおうか
一人で森にいる
凍った地面は 音を立てて崩れる
ふいに木々から雪が降りかかる
誰からも 遠く離れているというだろうか
いちばん わたしは近くにいるよ
獣たちも 鳥たちも きっと眠っているのだろう 木々から風に乗って 雪が降りかかるばかり
凍った道を踏みしめる 暖かい部屋に 帰ろう
どうせ、女じゃないのに まだ 髪を装う
ばかみたい
ばかなの
だって
このままに していたいよ
いつか 自分に戻ろうよ
ねぇ あの枝の先の光を取ってくださいな この雪が止まない間に
あれは凍った雪なのかしら
朝に静かに凍てついて きっと 忘れてしまった
今も ずっと朝のまま
みんな隠してしまおう 地面の下に 凍った花の下に
誰にも知られない 秘め事
もうすぐ埋れてしまうだろう
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