行き場を失くした羽虫たちが 夕暮れにまぎれてやってきた じりじりとむせ返る羽音で わたしの体温を塗りこめていく もうすぐ滅びてしまうんだろう うすい 膜みたいな羽 図鑑に載ったって ほんとうのいろは映らない 夕暮れに立ちはだかる こんなおもちゃじみた明かりのしたでは やはりなにひとつ分かりはしないけれど
ぜんまい仕掛けの 曲芸を繰り返す生き物たちが 町中を埋めていた ショーウィンドウの前に ぎっしりと列を為して はりついた笑顔を撒き散らして 規則正しく仕事をこなす
とてもうまい宙返りだね 飴をあげよう いいえ、飴を食べられる体ではないのです、 でも食べてしまった 甘い 甘くておいしくて 宙返り、宙返り、宙返りで ぴたりと動きが止んだ もうおしまいかい、 もうおしまいです
うすい羽の ところどころちぎれている 写真には映らない虫たち せめて覚えておくために 体中を放った いっせいに埋め尽くされる皮膚 もうとっぷりと降り尽くした夜の かすかなあかりを羽に集めて 浮かび上がるわたしの輪郭は わたしよりも少しだけ大きく 息づいているのは 振動ばかり
気づくと 肌が 喰いちぎられている そこかしこが小さく けれど深く破れて ところどころバネが飛び出している とっくに羽虫たちは旅立ってしまって ぽっかりとお腹にあいた穴には 壊れた時計がのぞいている ぎぎ、ぎと錆び付いた音が 何かを刻もうとして 針は進んでは戻されていっこうに 先へたどりつけない バネは螺旋を解き放ち せいいっぱい高く届こうとして わたしから熱を奪っていく ぎぎぎぎ 時計が鳴いている
そうか、ここに、あったのか、 そうか、だから、みんな、
かろうじて動く指さきで ポケットを探り当てて 飴玉を取り出すと 口に入れる 甘くて 呼吸の仕方を 忘れてしまった 羽虫たちに 舐めさせてあげたかった きっと飛んでいってしまうだろうけど
うすい羽 ちぎれている羽 きれぎれの みんな 行ってしまったの 張り付いた笑顔が ショーウィンドウに映って おなかの底から 大声で笑った
ここに、あったのか そうか、ここに だから みんな みんな、 眠くはないの ちっとも こんな暗闇なのに 羽の名残だろうか うっすらと明かりが滲み出して ただ 振動だけが
わたしたち何も一緒じゃなかった だからダンスした ダンスして抱き合った 手足がばたばたしておさまらなくて 痙攣 心臓が跳ね上がり きみが雄たけびを上げる わたしは笑いころげてしまう 知りたかったのは 皮膚を超えた向こう側で何が起きているのか きみがほんとはどこにいるのか きみの中にある幾すじもの道を ひたすらに進んでいく一群が抱えていた 景色がいったい何だったのか 捕まえたくて足は地面を押し返す
たくさんのちいさなわたしと たくさんのちいさなきみが 輪になって手をつないだ 赤かったり白かったり黒かったり みつあみだったり坊主だったりちぢれてたりするわたしが口々に 歌をうたいながら踊ってる 手を取って ほら きみは まるで高いところからやってきた だれもしらないくにの使者 読めない手紙を戸口に挿して 音も立てずに去っていくみたいに 聞いたこともない旋律で 飛び立ちそうに眼を透き通らせて ちいさなわたしの肩と肩に手を置いた だからわたしは いっそう強く手あしを揺らして 空気がふるえるのを 全力で受け止めるようにした うまれるまえの ほんのかすかな発熱が まだ目に見えない隙間に残っているのを 思い出したから
もうなにひとつ 説明したくないの 楽譜だとか地図だとか辞書だとかレシピだとか ぜんぶぜんぶ放り投げたあとに まぶたに映った景色 それだけを携えて
だだひろい空を 飛行機雲が絶え間なく横切っては消えていく みんな 通過して行くこの一点で ダンスする ようやく温まってきた指先でせいいっぱい 空を切り裂きながら だれもみたこともないけれど だれもが一目でそれだとわかるステップで
踊ったら こどもたちがついてきた たくさん たくさん みんなとてもきらきらとして 誇らしげだ ばらばらの手足で ばらばらのステップで 喉の奥から覚えたこともない音楽をこぼして ただ 触りたかったの ちいさなわたしがからだじゅうで きみのダンスを祝福する 輪になって 手をつないで なんて軽やかなんだろう 一番好きなステップを踏んでね わたしは飽きるくらいおしりを振って こどもたちがみんなそのあとに続いて もう飛び立たずにはいられない
飛行機雲が消え続けている あの窓からこちらを眺める瞳が 気づかないうちに濡れているのを なにも知らないこどもたちの まっすぐあげた雄たけびが 飛行機を貫いた そのぽっかりとあいた点から 見知らぬだれかのこぼしたしずくが ひかりみたいにふってきて わたしときみと わたしたちときみたちと こどもたちの頭をきらきらとさせた なんて 軽やかなんだろう もうどこへでも行けるから いっそう強く足を鳴らした きみのてのひらが肩に触れて いとしくて ダンスした ダンスして抱き合った それから強くステップを踏んで わたしたちはどこへでもたどりつける
まぶたに映った景色 なんてまぶしいんだろう それだけを携えて わたしは踊りつづける
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