星降る鍵を探して
目次|前頁|次頁
人気投票(連載終了まで受付中)
申し訳ありません。パソコンが非常に不安定です。怖い。怖い。止まりそうで怖い! シグマリオンから吸い出せないのと、立ち上げるのに三十分近くかかるのと、あうあう、もろもろとで、しばらくネット落ちするかもしれません。ごめんなさい! 取り急ぎ、緊急連絡?まで。ああ……
2003年10月07日(火) |
星降る鍵を探して4-4-13 |
その時だった。 ぴーっ。 唐突に甲高い警戒音が鳴り響いて、高津はぎょっとした。みしり、と胸が痛んでうめき声を上げる。部下の若者がはじかれたように立ち上がって、机の上に置かれたコンピュータの方へ駆け戻ってきた。高津は痛む胸を宥めてコンピュータの液晶画面に首を伸ばした。画面にはこの建物の、立体的な図形が映し出されている。画面上にはいくつかの光点が浮かび上がっており、その内のふたつが赤く示されていた。 若者がマウスを操作して、今の警戒音の原因となった光点を拡大した。赤く点滅している。高津は首を更にのばしたが、この体勢ではどうもよく見えない。 「どこだ」 「一階です」 「五階じゃないのか!?」 高津は驚愕の声を上げた。五階ならばわかる。しかし一階というのは――? 「一階です。109号室……あいつだ!」 「なんだと……!?」 高津は今度こそ体を起こした。胸の痛みも忘れて食い入るように画面を見つめる。確かに、109号室で大人しくしていたはずの光点が移動を始めていた。赤く点滅している。どうしてだ、と高津は歯ぎしりしたいような気持ちで考えた。椅子にがんじがらめにしておいたはずじゃないのか! 若者があたふたと叫んだ。 「俺、行きます!」 「行くなってんだ、だから!」 本気で怒鳴りつけて、高津は机の上に置かれた受話器をわしづかんだ。全員の無線につながるようにボタンを押して、怒鳴る。 「全員聞け! 餌が逃げた! 現在1階の北側廊下を東へ向けて移動中、何としても捕まえろ!」 本当に全く一体桜井は何をしているのだ、と、受話器を叩きつけながら考えた。本来ならばあの若者を捕まえた時点で全て解決していたはずだったのに、ああ、全く忌々しい。 それにしても、一体なぜあの若者は、縄を解いて逃げ出すことが出来たのだろう?
-------------------------
4節終了〜。 昨日おとといと大変申し訳ありませんでした。 書いている最中に自分の弱点とか問題点とかプロットの粗とか心構えとか色々色々思いついてしまってそうなってしまうと筆が進まなくて困りますね! 本日書いていてしょうがないので吹っ切りました。 引き裂いてくれるわー!(誰を?) さーがんばろー。
ちょっと色々調整中のため、本日はお休みさせていただきたいです。 申し訳ありません。明日は頑張ります! は……鼻水がね……!(そっちかよ)
2003年10月04日(土) |
星降る鍵を探して4-4-12 |
* * *
「まだつながらないのか……!?」 高津は苛立った声を上げた。先ほどから何度も桜井に連絡を取ろうとしているのに、あのいけ好かない上司の足取りは全くつかめなかった。こんなことは初めてだ。電話はちゃんとつながるようなのに、何度かけても出ない。無線でも呼びかけているのに、反応がない。敢えて無視しているのだろうか。それとも、何か不慮の出来事が起こって、連絡できない状態になっているのだろうか。 高津は忌々しげに舌打ちをした。気にいらねえ、と思う。責任者でありながら全く連絡の取れない桜井も、玉乃姐が今どこにいるのかわからないことも、思うように動けないこの体の痛みも、そのせいで無能な奴らを殴りつけてやれないのも、全てが気に入らなかった。高津は立ち上がることも出来なかった。自分にこれほどの怪我をさせた若者を捕まえたというのに、その面を拝みに行ってやることすら出来ない。 「お、俺も探して来ます」 苛立った高津と一緒にいるのが耐え難いのか、桜井に連絡しようとしている部下がそそくさと立ち上がった。高津はため息をついた。ふざけんな、と毒づく。 「いいから動くなって言ってんだろ、何度も言わすな」 「でも」 「もう二人探しに行ってる。てめえはいつでも動けるようにここにいろ」 言ってこの話はもう終わりだとばかりに高津はため息をついて目を閉じた。もし突発的な事態が起こったとき、誰かがここにいなければ、取り返しのつかない事態になりかねない。どうしてこいつにはこんな簡単なことがわからないのだろう? 忌々しかったが、しかし懇切丁寧にそこまで教えてやることも業腹だった。自分が全く動けない『役立たず』になってしまっていることを認めることになるからだ。 ――ったく……何してんだよ、どいつもこいつも。 本来ならば、ここにいなければいけないのは桜井のはずなのだ。総司令官は何が起こっても中央にいなければならない。そこに腰を据えて情報を集めて、全体を見回して的確な判断を下すのが司令官の役目だ。それを高津に教えたのは桜井だし、いつもの桜井なら、高津が苛立つまでもなく間違いなくここにいたはずだ。 桜井は、どうもおかしい。 いつからかと考えてみれば、この事件のそもそもの初めからだった。あの流歌という女がここに来た辺りから、桜井は何か浮ついているようだった。楽しそう、とでも言えばいいだろうか。それは目に見えるほどの変化ではなかったのだが、今思い返してみれば、自分で動きすぎていた。普段の桜井だったならば、芸術館のタワーに自分で爆弾を仕掛けに行ったりはしなかっただろう。そして戻ってきたと思えばこのていたらくである。一体何があったんだろう? 桜井を、いつもの桜井でなくしているのは、一体誰なのだろう。 「気にいらねえ」 毒づいてから、口に出していたことに気づいた。部下の若者がビクリとしたからだ。そんなに怯えなくても、今日の自分には八つ当たりをしてやれるほどの元気もないと言うのに。
--------------------
クライマックスまであともう……まだ……あと三百メートルくらい……かな。
2003年10月03日(金) |
星降る鍵を探して4-4-11 |
その匂いに気を取られた卓に、彼女は畳みかけるように訊ねた。 「ね、大学生?」 「え……と」 卓は何と答えようかと一瞬迷った。卓は大学には通っていなかった。せっかく合格したのに大変残念だが、卓は既に死人と言うことになっている。学籍は恐らく削除されていることだろうと思うと通っても仕方がないような気がしたし、そもそも怪我を治すのに専念していたこのひと月、正直に言えば学校のことなどほとんど忘れていた。 しかし、だ。では今は何をしているのかと訊ねられると、非常に答えにくいのである。卓の今の状態は実質的には居候である。が、自立したいという気持ちはあるのだ。怪我が治るまでと、今の境遇に甘えていただけで、ずっと今の状態を続けたいなんてみじんも思っていないのだから、初対面の人間にはっきりと『自分は居候である』と宣言するのはとても不本意なことだった。 「え……ええまあ……」 曖昧に肯定してしまってから卓は良心の呵責に悩まされた。しかし、彼女が続けていった言葉に、卓の後悔はすぐに吹き飛んでしまった。 彼女はふうん、と頷いて、そしてにっこりと笑ったのである。 「てことは、もしかして、須藤流歌ちゃんて、知らない?」 「!」 反射的に立ち上がりかけた。当然果たせずに体がずきりと痛んだ。盛大に顔をしかめてうめき声を上げた卓を、その女の人は不思議そうに覗き込んできた。 「大丈夫? 怪我、してるの?」 「知ってるんですか……!?」 覗き込んできた彼女の肩をつかめるならば掴みたいと思いながら、卓は精一杯首を伸ばして訊ねた。彼女が目を丸くする。 「何を? あなたの怪我を?」 「違う!」どうも調子が狂う。「須藤流歌さんて……知ってるんですか、会ったんですか!?」 ああ、体が動かないと言うのはとてももどかしい。 彼女はしばらくまじまじと卓を見ていたが、ややして―― 「ぷっ」 吹き出した。顔を歪めて、おかしくてたまらないと言うように、お腹に手を当てて笑い出したのである。 「く……ふ……あはははははは!」 顔をくしゃくしゃにして笑うと、大人びた顔立ちがとても子供っぽく見える。卓は何故笑われるのだろうかと一瞬ぽかんとして、そして、ムッとした。何がおかしいのだ。人がこんなに苦労しているというのに。 「あはははは、お、おかしいっ」 「何がですか」 憮然として訊ねる、と、彼女は笑いを収めた。否、完全には抑えきれずにしばらくくつくつと喉をならしていたが、大きく深呼吸をして、笑いを飲み込む。 「ご、ごめんね。何か今日はお人好しにばかり会うな、と思っただけよ」 そして彼女は卓の後ろに回った。何をするのかと思いきや、かがみ込んで、卓の動きを封じているこの忌々しいロープを解いてくれているようだ。結び目は非常に硬いようで、しばらく格闘している気配が伝わってきたが、そのうちロープが緩んだ。手に血がどっと押し寄せて、ひどくしびれた。 「あなたさ、あたしが敵方かも知れないとは、全然考えもしなかったわけなの?」 するするとロープを解いてくれながら、まだとてもおかしくてたまらないというように、彼女が囁いてきた。 「流歌ちゃんて、ここに捕まってた子なんでしょ。あたしが捕まえた側の人間だったら、流歌ちゃんのこと知ってて当たり前じゃない。考えもしなかったの?」 「え……と」 そう言われてみればその通りだ。 卓はようやく自由になった両腕をゆっくりと動かした。関節がぎしぎし言うほどに痛いが、我慢して動かしている内に、少しずつほぐれてくる。 「なんか、あんまりそんな感じがしないから」 と、言い訳のように卓は言った。この女性の態度はなんだかとても浮き世離れしていて、敵という感じがしないのである。痛む全身にゆっくりと力を込めて、よろけながらも何とか立ち上がる、と、卓の前に戻ってきたその女の人が、卓を見上げてにっこりした。 「お名前は?」 「あ……新名卓です」 卓は言って、頭を下げた。自由にしてくれたのだから、別段敵ではないのだろう。そう考えると挨拶をするときには自然と頭を下げてしまうのは日本人としての習性だろうか。ともあれ卓はその時彼女の顔に浮かんだ表情を見なかった。卓が顔を上げると、彼女はあでやかな笑みを見せた。 「あたし、宮前珠子。よろしくね、卓くん」
--------------------------------
これで4節終了……なんだかもう……もう……もう。 仙豆は反則ですよね〜(笑)。すみません、ドラゴン○ール読み返していたものですから(何やってるんだ)。
2003年10月02日(木) |
星降る鍵を探して4-4-10 |
* * *
目は覚めたものの、体の自由が利かなかった。 卓は目を閉じたままで、自分の今の状態を探った。殺されてはいなかった、ありがたいことに。瞼を閉じたままだが、辺りが明るいと言うことはわかる。そして自分は今硬い椅子に座らされていて、そして、手を後ろにして縛られているのだった。何てことだ。拘束されるなんて、生まれて初めてだ。 ひと月前のあのひどい事件の時にも、体の自由を奪われたことはなかった。映画や小説ではよく見かけるが、実際に自分で経験してみると、一番はじめに思うのは――ひどく理不尽だ、ということだった。非常に理不尽だ。そして屈辱的だった。何をされるかわからない、殺されるかも知れない、と頭では思うものの、あまり恐怖は湧いてこない。代わりにふつふつと湧いてくるのは怒りだ。 体の自由が利かないことが、こんなにも人の神経を逆撫ですることだなんて、卓は今まで知らなかった。 「まだガキみてえだけどなあ」 誰か男が、ぽつりとそう呟くのが聞こえてきた。卓は耳を澄ませた。今のところ聞こえたのはこの男の声だけ、で、他には誰の気配も感じられない。ひとりかな。まあ、こんなに頑丈に縛られてしまっていては、ひとりだろうと何だろうと身動きがとれないわけだが。いくら自分が怪力を誇っているからと言って、がんじがらめになった状態で縄をぶっちぎれるとは思えないし、今は絶対に無理だ。肋が痛くてそれどころではない。 「怪盗といいこいつといい、昨今の若者はいったいどうなってんのかねえ」 ぶつぶつ男が呟いている。退屈しているらしい。ということは退屈するくらいの間、自分は寝ていたということになる。あああ、ゲームとか漫画とかだと、ちょっと寝たりすれば体力回復するもんなんだけどなあ、と卓は思った。仙豆が欲しい。切実に。 その時、ルルルルッ、と音がした。電話だ。出し抜けだったので思わずびくっとしてしまったのだが、男は立ち上がろうとしていたところだったからか、ちょうど見ていなかったらしい。運が良かった。目が覚めてるとばれたら何をされるかわからない。男は、 「はいはいはいっと〜」 と着信音に返事をしながら部屋を横切って、壁に掛かった電話を取った。 「はい、もしもし」 何とか向こうの声が聞き取れないだろうか。そうは思ったが、どんなに耳を澄ませても、内容までは聞き取れなかった。しかし男はふんふんと返事をして、最終的に「わかりました」と言った。 「すぐ行きます。……え? なぁに大丈夫、まだ寝てますしね、がんじがらめにしてありますから」 そして男は電話を切った。卓は快哉を叫びたいのをこらえた。電話は呼び出しだったらしい。何か不慮の出来事でも起こったのだろうか。男は独り言の多い質らしく、「人使いが荒いやねえ」などと呟きながら足早に出ていった。バタン、と扉が閉まる音を聞いてから、卓は三秒数えて目を開けた。ぱっと明るい光が飛び込んできて眼球が痛んだが、すぐに辺りが見えるようになってくる。 そこはがらんとした六畳くらいの部屋だった。卓は部屋の真ん中に座っていた。他には何もなかった……壁に掛けられた電話がひとつあるきりで、真っ白な殺風景な部屋だ。続けて卓は自分の体を見下ろした。椅子に座っている。その上から、ロープでぐるぐる巻きにしてあった。卓はため息をついた。これが因果応報というものだろうか。今日芸術館のタワーの中で、出会う人みんなを気絶させて縛り上げた、これが報復なのだろうか。 「神さま仏さま閻魔さま大仏さま」 卓はぶつぶつと呟いた。新名家は無宗教である。だからこの際誰でもいい。 「いい子になりますから。もう人を縛ったりしませんから。だから――」 その時、出し抜けに扉が開いた。 卓は慌てて口を閉じた。が、寝たふりまでする暇はなかった。あんまりビックリしたので縛られていることを忘れて立ち上がりかけてしまい、当然のことながら果たせずに体が痛んだだけだった。思わず顔をしかめたとき、扉の向こうから、綺麗な女の人がひょい、と顔を覗かせた。 彼女と卓の目があった。 綺麗な人だ、と卓は思った。彼女は目を丸くした。まじまじと卓を見て、そして、呟く。 「何、してるの……?」 訊ねられても。 「いや……え、と」 「窮屈じゃない?」 当たり前のことを聞かないで欲しい。 と思う内に彼女はするりと扉の中に滑り込んできた。彼女は白衣を着ていた。白衣の上に、さら、と長く艶やかな髪が滑り落ちている。眼鏡をかけており、ヒールを履いている。一体誰だろう、と卓は思う。 「あのね、人を捜してるの」 と彼女は言った。 「背の高い男の人なんだけど。見なかった?」 「さ……さあ……」 「あなた、大学生?」 と急に彼女が話を変えた。なんだか変わった人だな、と卓は思った。こつこつとヒールの音を響かせて、彼女が歩み寄ってくる。何か香水のいい匂いがふわりと香った。
2003年10月01日(水) |
星降る鍵を探して4-4-9 |
少女を白衣の中に隠した長津田は、ぎこちない動きで鍵を開けた。すうっとカードが音もなくスロットに飲み込まれ、そして吐き出されてくる。それをポケットにしまって、ノブに手を添えると、ノブは今度は何の抵抗もなく下に降りた。既に聞き慣れて感知もしなくなっているあのリィリィいう音と、地球儀の回るヴ……ンという音が、扉の向こうの冷たい空気と共に押し出されて来る。そしてあの破裂音がはっきりとした銃声となって長津田の耳を打った。 そこは階にすれば五階だった。 扉を開くと、すぐ目の前に手すりが見える。ちょっとした体育館のようになっているその巨大な空間には、一階ごとにベランダのような手すり付きの通路が作りつけられていた。視界一杯に、地球儀が立ちはだかっていた。目の前にちょうどアフリカ大陸の喜望峰の辺りが見えている。狭い廊下に足を踏み出すと、白衣の中に隠れた少女が上手い具合についてきた。少女は小柄で、長津田は大柄な割に細身だから、彼はいつもぶかぶかの白衣を着ている。少女はその中にすっぽりと収まっているから、ちょっと見ただけでは少女が隠れているなんてわからない。 バン! 一際近くで銃声が轟いた。 長津田は視線を走らせた。地球儀に傷はついていない、ようだ。その動きもよどみなく、故障している様子はない。 彼は目の前にある手すりに手をついて、叫んだ。 「何をしてる! こんなところで銃器を使うな!」 その声は広々としたその空間にひどく大きく響いた。 銃声が止んだ。辺りに沈黙が落ちてきた。長津田の白衣の中で、少女が身じろぎをした。が、長津田は黙って仁王立ちになったままだった。ややあって、正面の、二階ほど上の足場に人影が動いた。地球儀の影からゆっくりと、黒づくめの男が姿を見せる。男は長津田の姿を認め、はっきりと顔をしかめた。しかしそれは一瞬だった。男は即座に表情を消した。右手に黒光りする銃を持っているのがここからでもよく見える。 「――邪魔をしないで頂きたい」 ややかすれた、どちらかと言えば高めの声が降ってくる。そして男は空間の中に視線を走らせて、にっ、と笑った。 「今いいところなんですから」 「何を言ってる? こんなところで、」 「先生!」 男は言いかけた長津田の言葉を遮った。 「危険ですから、下がっていなさい。今凶悪犯を駆り立てている最中です」 「凶悪犯?」 「そうです。危険な男です。もう少しで捕まえられるところだったのに、あなたは全く何だってこんなところに紛れこんだんですか? ご自分の部屋で研究でもしておられればよかったのに」 「何を――」 言ってるんだ、とつなげようとした長津田は、その言葉を全て飲み込むことになった。いきなり頭上からひとりの、黒づくめの男が降ってきたのである。それは大柄な男だった。一階上の手すりを軸にして長津田のいる階に飛び降りてきた男は、床で一度着地して、そして体当たりを仕掛けてきた。それは長津田の目にはほとんど捉えられないくらいの素早い動きだった。避けることなど思いも寄らなかった。長津田は体当たりされるままに、先ほど入ってきたばかりの扉を抜けて廊下に倒れ込んだ。地球儀の向こう側にいる男が銃を発砲したのが聞こえたが、当たらなかったらしい。 「すみませんね」 体当たりしてきた男は長津田の上をやり過ごして廊下で器用に受け身を取った。バン、と再び銃声が聞こえたときには扉の影に移動していた。長津田と変わらないくらいの巨体なのに、その大きさをほとんど感じさせないくらいの素早い動きだ。長津田は仰向けに倒れたまましばし呆然としていた。正面の、地球儀の陰から顔を覗かせている男が、こちらに銃を向けながらひどく壮絶な表情をしたのが見える。
*
新名克は扉の陰で、やれやれ、と息をついた。ようやくあの忌々しい、広々とした場所から抜け出すことが出来た。どこの誰だか知らないが、この研究者には感謝しなければならない。 研究者は何が起こったかわからない、というように、尻餅をついた状態で呆然としている。克はしかしそのままきびすを返そうとした。この男が誰にせよ、白衣を着ているからには敵に違いないし、そもそもこんなところでぐずぐずしている場合ではない。しかしきびすを返そうとした克の目のすみに、ちらり、とおかしなものが映った。克は思わず振り返った。何だ今のは、と思った。白衣が、この研究者の着ている白衣が、もぞもぞと動いたのである。 「だ、ダメだ、出たら」 座り込んだままの研究者がそのもぞもぞを抑えた。何か大きな猫でも隠しているのだろうか。さっき転倒したときには、上手く研究者の巨体をやり過ごして下敷きになるのは免れたようだが、それでも男が尻餅をついている状態だからとても窮屈らしい。克はつい好奇心を起こして扉の陰から顔を出し、尻餅をついている研究者の姿を見た。 白衣の下から、黒いジーンズと黒いスニーカーを履いた小さな足が二本、飛び出している。 バン、と、その足のすぐそばで弾が跳ねた。桜井もこの足の存在に気づいたのだろう。克は思わず扉の陰から飛び出した。考えている暇はなかった。この足がなんにせよ、この扉を閉めるのが先決である。 「出たらダメだって――わあっ!?」 研究者が悲鳴を上げる。それもそのはず、克は研究者の首根っこを掴んで力任せに引きずったのである。研究者の巨体が廊下を滑った。扉の前がようやく開いた。足で扉を蹴り閉めながら、克は白衣の下でじたばたしているその小さな足を引きずり出した。出てきたのは小柄な少女だった。長い黒髪がこの騒ぎで散らばってざんばらになっているが、それは紛れもなく、 「マイキ!」 克はマイキの髪をかき分けた。それは紛れもなくマイキだった。マイキはようやく息が出来ると言うようにふるふると首を振り、大きく息をついた。黒い瞳が克を認め、そして緩んだ。安心したのだろうか。 「何……やってんだ、お前」 克は呆れて訊ねた。まったくそれ以外に言葉の出しようがない。マルガリータについていった、と圭太は言っていた。だから克は、今もあの丸刈り男と一緒にいるのだと思っていた。それなのに何故こんなところで、敵方の研究者の白衣の中に潜んでいたのだろう。
|