息子・タク(11才)を
「床屋に連れてってあげて」
と嫁に言われた。いつも連れて行っているので毎度のことである。ただし嫁から釘を刺されたことがある。
「髪を切ってもらった後に『もうちょっと切ってもらった方がいいんじゃない』とか言わないでね」
このことであった。タクにはタクの美意識があり、短い髪型が嫌いなのである。カリアゲが嫌いだしおでこを出すのも嫌い。
「たっくんって耳が大きいんだね」
とクラスメイトに言われたことがあるのがコンプレックスになっているようで耳を出すのも嫌い。さすがにタクの言うがままだとロン毛のヒッピーみたいになってしまうので、よく床屋に連れて行った時に
「いやー、もうちょっと切ってもらった方がいいんじゃないの〜?」
と、つい言ってしまうのである。するとタクは
「これがいい!なんでそんなこと言うの!」
途端に不機嫌になってしまう。今日のタクも
「いつもそういうことを言うから本当はパパとじゃなくてママと行きたいんだ。でもママは忙しいから仕方なくパパと行くんだ」
ひどい言いよう。どーせヒマだよ。
そんなわけでテンションが上がらないまま床屋へ。理容師さんに
「カリアゲにならないくらいに短めに」
という微妙なリクエストをしてしばし待つ。どうでもいいがこの床屋、リニューアルして綺麗になったのはいいけれども、備え付けの本棚とドラゴンボール全巻がなくなってしまったのでヒマである。せめてフリーザとの対決が終わるまでは読みたかった。
「お父さーん、いかがですか〜」
しばらくして理容師さんから呼ばれ、仕上がり具合を確認する。
「息子さん、えりあしにクセっ毛がありまして、もう少し整えたいんですがそうするとどうしてもカリアゲになってしまうんですよねー」
と言われる。確かにえりあしにピローンと残る後ろ髪があり、僕でも切りたくてウズウズするのだが、それを聞いたタクの顔が引きつっていたので
「いや、このままでいいですよ」
と答えるとホーっとした顔になった。「もう少し切った方がいい」は禁句だからなあ…。
そんなわけで無事散髪は終わり、家に帰ると
「あら、たっくん、もうちょっとえりあし切ってもらった方がよかったんじゃない?」
と嫁。お前、ついさっき散々僕に釘を刺していたことを…。
「それ言っちゃダメって言ったじゃないかー!」
僕とタクから総ツッコミ受け、
「あっゴメン…」
タクはまたいじけてしまったのであった。いちいちこんなことで振り回されるのもいい加減ウザいので、床屋だけにほっとこーや、なんちて。というわけにもいかず。
僕にも言われ、嫁にも言われ、次はどっちが連れて行くことになるのだろうか。どちらもイヤだからひとりで行くようになっちゃったりして。そういや僕がタクぐらいの年はお金だけもらって自分で行ってたなあ。
髪の切れ目が縁の切れ目。なんちて。
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今日もアリガトウゴザイマシタ。とある夜、子供達が寝ようとしていた頃。
息子・タク(11才)が学校給食の献立表を見ていた。
「えーと、明日は…ゆかりごはん!ヒヤアアアアア!」
いきなり叫び出し、ドドドドバタンとトイレに駆け込んでしまった。
「なんだありゃ」
不思議に思うと
「たっくんはね、ゆかりが嫌いなの」
娘・R(13才)がニヤニヤ笑っていた。
「ゆかり、ってふりかけのゆかりか」
そういえば森川由加里っていたっけな…ショウミーショウミー…とどうでもいいことを思い出しながら、ふりかけのゆかりを頭に思い浮かべた。
僕も嫌いである。ていうかほとんど食わず嫌いに近い。僕が子供の頃、ゆかりは食べたことはおろか見たこともない。栃木には売ってなかったのだろうか。それとも母が意図的に避けていたのだろうか。だから全く知らなかった。
いつどこで、とははっきりとは覚えていないが、社会人になってから初めて見たのではないだろうか。おそらくどこかの定食屋でゆかりが置いてあるのを見て、え、これごはんにかけるやつ?にしてはなんか紫っぽくてキモい、と避けつつも興味半分にちょっとだけごはんにかけてみたらやっぱりダメだったという記憶がぼんやりとある。それ以来二度と口にしようとせず今に至っていると思う。
トイレの水がンジャーと流れ、
「はあ…」
タクがため息をつきながら出て来た。
「タク、ゆかり、嫌いなんか」
「うん。明日の給食がゆううつだよう」
ショボーンとするタク。
「ま、パパも嫌いだが頑張れや。さあ食え♪、残さないで♪、食え〜食え〜♪スーキヤキテーンプーラ♪」
マイケル・ジャクソンの「BEAT IT」をパロったアルヤン・コビックの「EAT IT」を歌いながらタクを励まし、寝かせた。
翌朝、誰よりも遅く起きるとタクが嬉しそうに
「ママがね、パパのお弁当にもゆかり入れてくれたって!」
「えー!」
「パパも頑張って食べようよ!」
「ええー!」
「パパも頑張って食べるんだな、って思うとボクも頑張れると思うんだ」
「お、おう…」
嫁め、聞いてないフリしてしっかり聞いてるんだからなー。ポジティブな気持ちになっているタクの前で、余計なことするなとか文句を言えなくなってしまったではないか。無責任に励ましていたらすんごいブーメランになって返って来たわ…。ブーメラン、ブーメラン、ブーメラン、ブーメラン、きっと♪あなたは戻って来るだろう♪。
そんな西城秀樹の歌を歌いつつ仕事をしていたら昼休み。弁当箱を開けると白飯の上にパッと降りかかっているゆかりがそこにあった。まるで紫の雨のような。まさにパープルレイン。
おそるおそる一口食べてみた。ああ…妙なすっぱさとしょっぱさ、シソの匂い…、その要素、やっぱりいらない…。普通のゴハンが食べたい…。タクもこんな気持ちで食べているのだろうか。タクよ、僕ら、コアラになれたらいいのにね…。
ユーカリ好きだから。なんちて。
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今日もアリガトウゴザイマシタ。