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2011年06月08日(水) 不毛な興行−キリンカップ総括

ヒーローなきキリンカップ3試合が終わった。出場3カ国(日本・ペルー・チェコ)の全試合が引分で、3カ国優勝という異例な結果の大会だった。まずもって、全試合がスコアレスドローというのであるから、大会が盛り上がるはずもない。見せ場といえば、最終戦(日本―チェコ)でみせたチェコのGKチェフの好セーブくらいか。さすがチェルシー(イングランドプレミアリーグ)の正GKだという評価は間違ってはいないが、プロのGKならば、できて当たり前程度のプレーだったようにも思える。

◎代表強化の効果なし―悔やまれる南米選手権不参加

日本は南米選手権の招待を受けていながら、被災を理由にして出場を辞退した。このことについては先の当コラムで書いたので繰り返さない。ただ、親善試合をホームで何試合消化しても、代表強化には結びつきにくいとい事実に目をつぶることは許されない。日本代表が、遠路はるばる訪れたペルー、チェコに、しかも、レギュラー陣とはいえないチームに対して、ホームで勝てなかったという事実を厳粛に受け止める必要がある。

本大会開催前、多くの代表サポーターが日本の勝利を信じ、W杯南ア大会の予選2勝の興奮を再び味わいたいと望んだことだろう。本大会を通じて、南アのヒーローたち(本田、長友、川島ら)のさらなる活躍を、そして、ニューヒーローの出現を期待したに違いない。ところが、日本代表のみならず、全試合が無得点であるから、ヒーローが出るわけもない。敢えてヒーローを探せば、前出のとおり、ネームバリューのあるチェフということになるが、それほどでないことは試合を見た人ならば明らかだ。

もっと重要なことは、控え陣にこれといった成長が認められなかったことだ。槙野、細貝、家永、安田の海外組も、(試合に出る機会が減っているぶん)活躍できていない。国内組の若手もぱっとしない。

いまさら遅いが、国内控え組、試合に出る機会の少ない海外組らを無理にでも招集して、南米選手権に出場するべきだったと改めて思う次第だ。

◎「システム」で盛り上がるスポーツマスコミ

今回のキリン杯の出場国、ペルー、チェコは、前出のGKチェフを除くと、世界的スターはいない。そもそもGKというポジションは特殊で、サッカーでは地味な存在だ。そのため、本大会は開催前から話題性を欠いた。また、結果においても、全試合が0−0という、まったく盛り上がらない大会だった。スター不在、ニュースターの出現もなしという、内容的に貧困なものだった。

そんな中、スポーツマスコミは、“システム”に注目し、その一点に報道の活路を見出したようにも思えた。

システムとは、いうまでもなく、ザッケローニ監督が試行した3−4−3のこと。日本代表が3バックの布陣を採用したのは、トルシエ監督時代の“フラット3”以来のことだから、10年近く前になる。日韓大会終了以降、日本代表が3バックを採用することはなかったのだ。

3−4−3については、すでに多くの報道がなされており、それについての詳細はここでは触れない。ただ、一般的な概念として、3−4−3のデメリットをいえば、サイドのスペースがなくなることだ。サイド攻撃というのは、相手方のサイドが手薄になったとき、後方から走りあがってきたSBが攻撃の基点となって生じるケースが多い。4バックの場合、たとえば味方のMF等がピッチ中央付近においてボールを奪ったとき、SBが後方からサイドライン上を駆け上がり、相手方の守備網にかからず、フリーでボールを受けられる。そのとき重要なのは、足元にパスをもらうのではなく、スペースに出たパスを走りこんでうけ、スピーディーにセンタリング等の攻撃を仕掛けることだ。

一方、3−4−3の場合、サイドハーフ(SH)が相手方の深くにポジションをとることが求められる。引き気味になれば5バックになるわけで、相手に中盤を支配されてしまう。その危険を察知して、相手方のサイドに上がる場合が多くなり、自身で相手方のスペースを埋めてしまうことになる。そのことにより、相手方の守備網にかかってしまう。SHがフリーで攻撃にからめる機会が少なくなるため、窮屈なサッカーになり、攻撃の躍動感が失われる。ポゼッションを高めるため、バックパスが多くなる。

3−4−3のシステムが流行らなくなった理由は、いろいろあるだろうが、潮流として、モダンサッカーでは、個々の選手に豊富な運動量が求められるようになり、そのことを背景として、積極的な守備が敷衍したためではないか。つまり、世界のサッカーが、スペースの争いになったと換言してもいい。局地で数的優位を形成することよりも、バイタルエリアにおいて、瞬時(タイミング)に勝負することが得点につながりやすくなったのだ。

もっとも、今後、日本がW杯ブラジル大会アジア予選を戦う上において、アジア各国が超守備的な布陣を採用するケースもあり得る。そのとき、日本の守備は4人いる必要はなく、3バック、あるいは極端な話、オシムがJリーグの千葉でやったように、2バックでもいいかもしれない。ザッケローニが3−4−3を採用しようとした背景には、W杯予選の極端な試合展開を想定したとしてもおかしくはないし、代表監督として、いろいろな選択肢をもつことは重要なことだ。

◎3バックの構造的欠陥を克服できず

さて、3−4−3システムの結果であるが、キリンカップでは失敗に終わった。本大会における失敗は、選手が新しいシステムに不慣れであるという理由からではない。日本代表が3−4−3のもつ構造的欠陥を克服できなかったことだ。3−4−3の構造的欠陥が、日本が世界に誇る両SB、長友、内田の良さを消してしまった。

この2人が欧州で活躍できている理由は、豊富な運動量にある。彼らには、サイドライン上をフルタイムで往復し続けるスタミナがあり、しかも、そのタイミングを熟知している点で優れている。彼らは一発でゴールを決められるSHではなく、守備・攻撃の両面においてチームにバランスよく貢献できる、SBのタレントなのだ。欧州のトップクラブにおいて、こういうタイプのSBを必要としているところもあるし、そうでないところもある。また、監督の好みもある。現実には、インテルは長友を、そして、シャルケは内田を必要としたし、彼らはその期待に応え、今日に至っている。

では、日本代表はどうなのか。筆者は、3−4−3のもと、長友、内田が爆発的攻撃力をもったポイントゲッターに近いSHとなるようなイメージをもてない。2人は現状のとおり、労を惜しまず豊富な運動量とスピードで攻守の両面においてチームに貢献するSBなのではないか。彼らの攻撃力を生かそうという目論みはまちがってはいないが、その任に2人が叶っているようには思えない。

さらに相手の力量も測らなければならない。キリンカップの相手2チーム=ペルー、チェコのように、組織的に鍛えられたレベルでは、現状の日本の3−4−3のスキルでは、すなわち、3−4−3の構造的欠陥を克服できていない段階では、うまく機能しない。だが、アジアのレベルでは、3−4−3が有効に機能することもないとはいえない。

◎W杯予選までの不安

日本代表の不安はいくつかある。その代表的な事項を一言で言えばレギュラーと控えの断絶ということに尽きる。W杯予選においては、欧州で活躍する選手が増えれば増えるほど、日本ホームの予選試合において、海外組の移動における負担が重くなる。海外でレギュラーである川島、長友、内田、本田、長谷部のコンディションはだいじょうぶだろうか。彼らが故障したとき、海外で控えの家永、槙野、細貝らがその穴を埋められるのだろうか。また、国内組だが日本代表を支えている遠藤が怪我をした場合、その代役はいるのだろうか。さらに、ワントップをはるFW前田も身体が強いとはいえない。彼にJリーグと代表試合が順調にこなせるのか大いに不安だ。

キリンカップでは、ニューヒーローの出現が見られなかった。繰り返すが、南米選手権を辞退したツケがこの先、まわってくるような気がしてならない。


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