生存報告―目指せたくまし道。
〜こっそりひっそり編〜


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2004年03月31日(水) 三月三十一日。

予約しなかったからかDQ�垢�買えていない(それ以前にPS2がない)為 微妙に�擦忘討喙蠅鯢佞韻討靴泙辰燭罎�です、こんばんは。ユバールまで行きたい。
というのも朝九時から夜九時まで昼も食べずに仕事してたりするから土日に遊びたい願望がムクムクムクムク押さえられず。
明日異動だけどまだ残ってる仕事があるのでまだ遅そう。今日は十時までいた。ありえん…。明日は初新部署なのでいつもより早めに行きます。
てなかんじでがんばってサラリーマンしております。励ましてね〜おやすみ!


2004年03月26日(金) 一般職なんですけど?

年度末で、9時から9時まで働いてるよー。


2004年03月22日(月) あまり事態が飲み込めないよ

街道を運転中、サザンばかり流れていたラジオから
"いかりやさんも〜だった"と聞こえてきて
"いかりやさんて生きてるよね?"と訊いたら
"うん、生きてるわよ"と、ボケボケした会話をした。

翌々日、友達からメールが入ったんだ。
「大学時代の友人が亡くなった」と。

同じ学部とはいえ千人近くいる学部別の連絡網なんてないので、
入学した頃から何でも連絡は携帯メールで。
ゼミなどの連絡もMLなどになっていた時代だったので
私にはその子からのメールが情報を知る唯一の手段だった。

メールの内容は"急性〜"ということと、
通夜と告別式の日程だった。

「○○と仲良かった人にぜひ教えてあげてね。またメールするね」

大学1年の春、新歓の波にのまれて入ったテニスサークル。
私はテニスなんて出来なかったしあの馬鹿みたいな大学生ノリの
飲み会も嫌いだったので、最初の新歓合宿だけ参加して。

その後サークルに"うすい"("あつい"の反対)同士で集まるようになり、
週1回一緒にランチするようになった。その仲間だった。

2年になると、キャンパスが変わり
それぞれが専攻の友人と過ごすようになり、
バイト三昧だった私は
ときどき召集がかかってもほとんど行くことはなくて、
その仲間からは遠ざかっていた。

卒業後も何度か他の子から連絡が来たけど、顔を出してない。
最後に会ったのは多分大学3年か。

恵比寿に住んでる子の家に集まってお菓子を食べてしゃべったとき。
その時彼女がいたとしたら、それが最後。いなかったかもしれない。
最初に出会ったときはちょっとぷっくりしていた彼女のウワサを、
そのとき"やせたよね"と聞いただけで、会っていないのかも知れない。

あまり思い出せない。


1回も電話をしたことはなかったかもしれない。
1年後くらいにはメアドも変わって
直接は連絡取れなくなってたんじゃないかってくらい。
当然今の携帯に彼女のメモリはない。
集まる機会があれば仲間内で自然と連絡が取れて会うかもしれない。
学生の人数が多いから、そんな関係もたくさんあった。


でもね。

他の子との出会いは あまり思い出せないんだけど、
彼女と出会ったときのことは 今でも鮮明に思い出せるんだ。

新歓と称して新入生を連れ出す飲み会。掘りごたつの居酒屋。
大学生らしい飲み会を展開する先輩たちに圧倒されつつも
近くにいる同士自己紹介をしあい"よろしくねー!"と大声を出しあった。

最初の最初に、番号交換したのが彼女だったんだ。
名前が変換出来なくて、漢字を聞いて電話帳に登録した。
"オッケーオッケー!"と大声で言ったんだ。
周りがガヤガヤしていて。
そのときの彼女の顔がとても思い出せるんだ。
とても、笑顔の。キラキラした目の。

遠いし、挨拶にはいけない。
だから、ここに書いておくね。

紋子、安らかに。


2004年03月21日(日) 休息

今、ひさしぶりにゆっくりラジオを聴いています。

なつかしい曲が次々と流れて、心が休まります。



お茶飲も。

ほわわん。


2004年03月20日(土) 送別会

週末です。やっと、休める(涙)。

1週間舞台公演の後。打ち上げは12時過ぎに失礼して、
ちょっと寝て。起きて。5日連続フル勤務。
仕事で朝何ヶ所か営業所に行ってから出勤したりして、
年度末にやる仕事を基準書みながら初めてやってみたり。

今週は、ホテルにて食事をしながら会社の送別会がありました。
歓迎会と似たようなかんじだけど、退職、栄転する方々。
少し壇上でお話をしたりして。経歴をふむふむと聞いたり。
それぞれの人が、それぞれ、いろいろ、あった。

退職は全員女性、5人。体調不良、転職など。
転勤は男性4人、総合職の女性一人。
やっぱり女性が企業で働くにはまだまだ、まだまだだと思う。

4月、再編もあり社内は文字通りごった返しそうな気配です。

全然買い物してないから、使える服を購入せねば。
制服着たいんだけど、廃止になっちゃったからなー。

髪も伸びすぎたのよね。週末美容院いこうっと。
終わって、すっきり、そぎ落としたい気分。


2004年03月19日(金) 木の花

気づいたら今年は、

梅を愛でる閑がなかった。

前線とか、開花宣言とかある桜よりも

そっと春の訪れを知らせてくれる梅。



今年は開花が早いらしいね。

4月のお花見まで、桜はもつかしら?


2004年03月18日(木) 他人の評価をうのみにするなよ

関わらないようにしているけれど耳に入ってしまう話、業界それなりの話とかほんと辟易してしまうよね。"あの人ってこういう人なんだって"なんて他人の言葉に左右される人が周りに多過ぎて、なんだかたまらない気持ちになってしまった。

他人の話をうのみにする人も、素直だからそうするんだろうけどね。自分の尊敬する人が誰かに対してしている評価をうのみにしてしまう気持ちはわかるけれど、良くないって言われる人だって絶対良い部分はあるわけで、その人にしかない貴重な面とか優しい面とかだって絶対あるはずで。良くない良くないばかり言ってる話を聞くのは私の精神的につらいだけなのかな。重くとらえすぎなのかな。そういう話が平気で出来るような人のほうが重く受け止めずにいられるだけなのかな。

自分がそう思ったわけでもないのに他人の評価をそのまま"あの人ってこういう人なんだって"と回していったらどうなる?どんどんその人じゃない形容がついていくよ。そういうのってとても嫌い。だってそう感じるのはそう言った人だけかもしれないじゃない。自分には全然そんな部分見えてないのに"へぇ、そうなんだ そういう人なんだ"ってマイナス評価をそのままうのみにしてまた他の人にも伝えるのってどうなの?それでいいの?

私はイヤ。私自身の感覚で人を見るようにしているつもりだし、そうしたい。だから誰かが"あいつはああいう奴だからよくない"とか言ってもほとんど気にしないし、逆に"あいつは結構いい"と言われていたとしても私がおやぁ?と感じる部分があれば心の中でそれはどうかなぁと思っている。もちろん実はこういう奴なんだよなんて絶対言わない。社内であの人は無理やり事務を通そうとするとか言われている営業長がいるけれど私はわりと仕事熱心な人だと好意的に見ていたりするし、逆に何とも言われていないけれど私的にとても苦手な人もいる。

大学時代だけは自分の好きな人としか付き合わなくて済んだから平穏だったけれど、舞台始めてから、入社してから、同意すると今度は私がそう言ってたみたいなことになりそうなこともあったりして今さら小学生かよ!なのだ。本当に、バカじゃないかと思う。自分が感じたわけではないのに"あいつはこういう奴だ"的評価を回すのは私、本当に嫌いなんだ。周りの言葉なんかに左右されずに、てめえの感じたものを信じろ。世の中に、一緒にやってきた仲間に、本当に嫌な奴、本当にダメな奴なんてそんないないんだから。


2004年03月17日(水) 愛情の形

うちの会社は目に見えない商品を売っている。

愛情をお金で買うことは出来ないけれど
お金に愛情を込めることは出来る     谷川俊太郎

だって。うーん、一理ある。品物の形があるわけではないから。親から感じる愛情は確かにそんな部分がほとんどだ。自分でそういう部分に愛情を感じてきたから、きっと子供が出来たらそういう愛情の注ぎ方をするんだろう。

母は私が階段から落ちれば一声目に"バカ!"というよくわからない感覚の持ち主だし、父は最近になって恥ずかしい愛情表現を文字でしてくれるようになったが子供と遊ぶのが好きな父親ではなかった。それでも、一対一の人間関係としてはいかがかと思っても親としては尊敬しているし有難いと思っている。確かにお互い愛情があるのだ。それだけで幸せなことだと思う。

ひとつだけ欲張るとすればね、会話。会話が楽しい家庭が作れたらな。家族とあまり会話をした記憶がないし、楽しい団欒があった覚えもない。ないわけではないのだろうけれど、楽しかった記憶がない。だから、そんな不純な?動機で本気で大阪人と付き合いたいと思ったし、出来れば会話が途切れないくらいの人と一緒になりたいとも。何人も子供を産んで、ぼけつっこみを習得させたい、なんて。

きっとあと5年以内には結婚を考えるようになるのだろうけれど、どうなるかなんてわからないなー。そうそう、最近AB型の人がわりと好きです。男でも女でも。自分基準で真面目なところが。Aは多数派だし自分だからよくわからん。Bはマイペースでよいと思う。

でもそうなる相手が何型かなんてわからない。4つに大別する血液型なんてあてにならない。つまりは、どんなであっても、明るい未来を夢見たいってことだ。つながりわよくわからないけれど、なんだかんだいっても、愛情を形にすることは、男女の関係でも、家庭を築く上でも重要だってこと。以上。


2004年03月16日(火) 年度末

人が動くわけですが、コシミズさんは別の勤務地に異動になりました。
4月からもう隣じゃなくなるの、さみしいです。
毎日会社に通う中で最大に私をなごませてくれる人だったのに。

彼女は私より半年先輩なのだけれど、入社以来二人でお互い
足りない部分を補い合いながら仕事をして来た仲間で。
一年間いつも隣の席にいたことが、思い出になっちゃうんだ。


大きな独り言も、くだらない会話ももうなくなるんだ。


とてもさみしい。


ちなみに、私も担当部署が変わります。フロアは一緒なんだけど
ちょっと隔離された所なのでちょっと気が楽になるかも?

でも業務は大変です。泣くかもしれません。頑張ります。


2004年03月15日(月) 職場復帰

ただいま。帰ってきました。

久しぶりに会社に戻ったら、フロアの改装がなされていて、
メールでは人事異動の命が出されていました。

今の業務はあと13日、移行に伴う仕事が膨大、
そしてまた新しい仕事を一から覚えなければなりません。

春は色々な事が動き出す予感がしますね。


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