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JIROの独断的日記
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2010年06月10日(木) 「亀井氏 閣僚辞任の意向固める」←唯一、記者会見を二回ずつ行った閣僚だった。

◆記事:亀井大臣辞任表明 連立は維持(NHK 6月11日 1時55分)

国民新党代表の亀井郵政改革・金融担当大臣は、記者会見し、

民主党が今の国会で郵政改革法案の成立を見送る方針を示したことに反発し、

閣僚を辞任する意向を表明したうえで、連立政権については維持する考えを示しました。

民主党と国民新党は10日午後8時前から、幹事長会談を再開し、この中で民主党の枝野幹事長は、政府・民主党としては、

▽会期末の16日に菅総理大臣と、自民党の谷垣総裁らによる党首討論を行ったうえで、延長せずに閉会する、

▽会期を1日延長して衆参両院で予算委員会を開催するという2つの案を示し、いずれの案でも郵政改革法案の成立を見送ると、

説明しました。

そのうえで、枝野氏は、郵政改革法案については、参議院選挙後に臨時国会を開き、必ず成立させるとして、理解を求めました。

これに対し、国民新党の自見幹事長は、この提案に反発し、「重大な問題なので、党に持ち帰って検討する」と述べました。

また、国民新党は10日午後8時半から議員総会を開き、およそ4時間半にわたって対応を協議しました。

このあと、国民新党代表の亀井郵政改革・金融担当大臣は記者会見し、

「民主党の提案は受け入れられず、連立合意にも反する」として閣僚を辞任する意向を明らかにしました。

そして、亀井大臣は「民主党に党首間の合意が破られ、代表としての責任がある。閣外に出ることを皆さんに了解いただいた」

と述べました。そのうえで、亀井大臣は「菅総理大臣から、自分の後任について要請があれば、自見幹事長を推薦したい」と述べ、

連立政権については維持する考えを示しました。一方、郵政改革法案をめぐって民主党と国民新党は、

今の国会に提出された法案と同じものを参議院選挙後の臨時国会に提出し、成立を図ることで合意し、確認書を交わすことになりました。


◆コメント:亀井氏が連立合意に固執するのは、無理からぬところがあるのです。

亀井氏は金融相であると同時に郵政改革担当大臣でもあります。

亀井氏が民主党と連立与党を組んだのは、郵政改革法案を可決させることが目的でした。

また、菅直人内閣総理大臣と会談し、民主党との連立を維持することに決めたのも、

兎にも角にも与党の一角にいなければ郵政改革法案を可決できないからです。


郵政改革法案とは、小泉政権の郵政民営化を止める訳ではないけれど、大幅に見直し、これを

実行することが目的の法案です。


具体的には、

全国一律のサービスを郵便事業だけでなく、ゆうちょ銀行やかんぽ生命保険にも義務付ける

小泉政権下で郵政民営化法案が可決してから、当然なのですが、郵貯や簡保が民間企業になったので、

採算が取れない、地方や過疎地の郵便局を廃止する、など、よく言えば「合理化」を進めたのです。

こうなることは分かりきっていた。民営化する、とは、郵便が公的事業ではなく、商売人になると言うことです。

商売なら、大して儲からない店(郵便局、ゆうちょ銀行、かんぽ生命)は廃止するに決まっている。


亀井静香氏は、政権交代で郵政改革担当相に就いた時から早速「民営化は見直す」と言っていました。

郵政改革法案の今国会中の可決が、(民主党と国民新党の)連立の条件だったのに、
民主党が今の国会で郵政改革法案の成立を見送る方針を示したことに反発し

大臣を辞めるというのですが、どうしてそこまでムキになるのか。

多分、亀井氏が自民党にいた頃、小泉純一郎に裏切られたことがトラウマになっていると思います。


◆2001年、自民党総裁選のとき、亀井氏は小泉に座を譲ったのです。

2001年4月の自民党総裁選で、亀井氏は自分も総理になるつもりで最初は立候補していました。

しかし、同じ清和会(福田赳夫の派閥が源流)系の小泉を総理にするため、亀井氏は

総裁選から降りました。但し条件として、小泉が総理になったら、

1.自分が提案する「緊急経済対策」を実行すること。2.党内の人事に亀井氏の意見を聞くこと

を内容とする「政策協定」を結びました。

ところが、内閣総理大臣になった途端、小泉純一郎は一方的に「政策協定」を破棄する、

といい、亀井氏の思惑とは別の方向の政策を打ち出し、人事にも口を出させませんでした。

このときの亀井氏の怒りはすさまじく、今でも、小泉純一郎への恨みは忘れていない。

郵政民営化法案には元々反対である上に、それ以前に小泉にまんまと騙された記憶が強烈なのでしょう。

「約束を守らない」行為に対して、亀井氏が神経質になるのも、無理はない。

個人的な恨みだけではないでしょうが、小泉トラウマが一つの大きな理由であることは確かです。


◆亀井氏は記者会見を毎回2度行っていました。こんな大臣は他にいません。

各閣僚は毎週火曜日と金曜日の閣議後、記者会見を開きます。

亀井氏は、大新聞に限らず、週刊誌や、外国の新聞社、フリージャーナリストが来てくれて構わない、

という意向でしたが、大手メディアが中心の「記者クラブ」が、「会見が混乱する恐れがある」といい、

記者クラブ会員以外のメディアの会見出席を拒否しました。呆れた縄張り根性です。

その為、金融庁のウェブサイトで新着情報を見ると分かりますが、

亀井金融相は、「雑誌・フリー等の記者」の為に、記者会見を独自に開きました。

だから、毎回(これは最新の例ですが)

大臣記者会見概要(2) (平成22年6月8日)

大臣記者会見概要(1) (平成22年6月8日)

となっているのです。さすがに亀井氏も記者クラブの頑なさに呆れ、就任して間もなく、

昨年9月29日の記者会見冒頭で、
今日は、評論家の方とか一般の方もお出でになっておりますか。記者クラブも難しいのだね。総会で承認しないと、

といって、結構、封建的なことをやっているのだね、あなたたちは。もう、全部オープンにいかないとだめだよ。

と、苦言を呈しています。普通、メディア側が、「全てのメディアに会見を開放しろ」と要求し、国家権力がそれに対して

「お気に入りの」新聞・テレビ以外は、会見に出るな、といって揉めるのに、まるで逆です。

鳩山内閣の閣僚で、このような面倒なことをやっていたのは、亀井金融相だけで、政治家は国民に「自分は何をしようとしているか」

を説明することが、最も大切な政治的行動のひとつであることを、亀井氏がよく分かっていた証左であり、

これは評価されるべきだと常々思っていました。

亀井氏の記者会見はいつも言いたい放題で、特に記者会見(1)、つまり大新聞、テレビ相手のときには、露骨に

記者を批判したり、かなり痛快です。過去の大臣記者会見概要をご覧になると、分かります。

こんな事で辞任するのは誠に残念です。

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