JIROの独断的日記 DiaryINDEX|past|will
◆記事:救急車要請2件、同一と思い2件目は不出動…東京消防庁(9月29日21時47分配信 読売新聞) 東京都品川区で28日深夜、近接する2か所から相次いで入った救急車要請の通報を、 ◆コメント:人のミスだけを誇大に強調し、「良い仕事」を取りあげないマスコミ マスコミというのは、自らは何もしないで、人の仕事の粗探しに精を出し、頼みもしないのに紙に刷ったり、 ◆我が救急車体験:亡父が倒れた時のこと(話が長いですが、具体的に書かないと、分かっていただけないと思います)。 私の父は、1992年12月26日に脳梗塞を起こし、一旦回復したが、1993年8月30日に脳出血(であることは、当然、後で判ったことだが)を起こし、
「いやあ、鼻血ってのはね。すごい量に見えるかもしれないけど、唾液なんかが混ざっていますからね、大した出血じゃないんです」 というが、洗面器一杯に溜まるドロドロの血液を、この目で至近距離から見ていた私には、そう思えなかった。ただ事ではない、と思った。 後述するが、父はこの後病院に運ばれるハメになった。 とはいっても私は仕事がある。毎晩自宅に帰るとリビングで血のにおいがして、何日も消えなかった。 はっきり書くが、女性は生理があるので、血にはある程度慣れているが、男は周期的に大量の血を見ることがない。 鮮血の視覚的ショックにも、血液の臭いにも敏感なのだ(医療従事者はこの限りではないことは言うまでもない)。 話が逸れた。 悪い予感は当たった。 何回目かの鼻腔内大出血のとき、父がふと用を足したくなりトイレへ行った。 私はあまりの緊張と不安から、リビングに隣接している台所でタバコを吸っていたが、「ん?」と思った。 オヤジがなかなかトイレから出てこないのだ。 母も同様の不安を感じたらしく、トイレに向かった。 母がドアを開けた途端、悲鳴が聞こえた。 父は、小用を足して、ズボンのチャックを閉めたところで、卒倒したのだ。 まさに、母がドアを開けると同時に、父は、直立の状態から、真後ろに倒れたのである。母だけでは支えきれない。 私も飛んでいって、何とか頭を床に強打させないで、床に仰向けに寝させた。 また出血して、血(の塊)が気道を塞がないように、顔を横に向けた。 父の意識は残っていたが、朦朧としていた。発する言葉の意味が不明である。やばい。 倒れたところはトイレで、後ろ向きに倒れたので、下半身はトイレの床、上半身は廊下にある。いずれも寒い。 毛布をかき集めた。寒さで血管が収縮すると本当に脳溢血(梗塞か出血)を起こすかもしれない。 母は無論、父を心配していたが、医者の娘(母方の祖父は昭和大学の皮膚科・泌尿器科を創立した医者である)なので、パニックに陥らない。 (母は、「医者の娘」であって、「医者」ではないが、医者の子供は「門前の小僧」で病気や怪我を病的に怖がらないのである) 私は深呼吸をして生まれて初めて119番に架電した。 「鼻血」だけでは、来て貰えないかもしれないから、トイレで倒れた所を強調した。119番の受付の方が 「分かりました。救急車、5分で行きますからねっ!」 と、おっしゃった。 我が事のように心配して下さっているように思えた。 それだけで気持がずっと落ちついた。 ◆救急車に同乗した。 私は救急車が迷わないように、大きな懐中電灯を手に、家の外に出た。本当に、あっと言う間にサイレンが聞こえた。 「はい、そのまま、吐いて大丈夫ですよ。出していいですよ」 と優しく声をかけ、励まして下さった。 私の視界は涙で曇った。心底「ありがたい」と思った。 この人達は、それが職業とはいえ、365日24時間(無論交替で、だが)、 全く知らない赤の他人の生命を救うために、任務を遂行しているのだ。 文字にしてしまうと「当たり前」と思われるかも知れぬが、私はその行為の尊さを身体で感じたのである。 既に社会人だったから、「このような人々の給料になるのなら、喜んで税金を納めたい」と思った。 しばらくして落ちついてから、その時の救急隊の方々に御礼がしたいと思い、 菓子折を持って、母と消防署を訪ねた(何処の消防署に所属しているのか、母がいつの間にか訊いていたのだ)。 幸い、お世話になった救急隊員さんたちがおられた。文字通り心から御礼を申し上げた。 大変喜んで下さったけれども、菓子折は「これが仕事なんですから」と遂に受け取っていただけなかった。 救急隊員さんが悪いのではない。どうせ役所の上が五月蠅いのだろう。 こんなの、贈賄も収賄もへったくれもあるか。人として当然じゃないか。 父が死んだのはこれよりずっと後で、更に父の他界から11年が経った。 今でも私は、あの日の救急隊員の皆さんへの感謝の気持ちを抱き続けている。 忘れることなど出来ないのだ。多分、一生ね。 ◆マスコミもバカだが、救急車をタクシー代わりに使うバカがいる。懲役にしろ。 冒頭の記事は、日頃の救急隊員の活躍の有り難さなど知らないのだろう。知らなくても想像力を働かせればどれ程大変な仕事か分かるだろう。
2006年09月29日(金) 「20歳で九九を覚えていなかった人」が名大大学院で宇宙物理を専攻した話を覚えていますか?
JIRO
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