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JIROの独断的日記
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2006年06月16日(金) FT紙社説翻訳「福井日銀総裁の謝罪」/今晩、NHKで岩城さんの番組があります。

◆はじめに、音楽:今晩11時10分からNHK総合で岩城宏之さんのドキュメンタリーがあります。

岩城さんのエピソードはちょっと一休みしますが、その代わり、この番組を見つけました。

番組紹介コメントによると、

指揮者・岩城宏之さんをしのんで◇13日に亡くなった指揮者の岩城宏之さんをしのび、4月に放送したドキュメンタリー「生涯指揮者・岩城宏之〜ベートーベンとともにゆかん」を再び送る。このドキュメンタリーは、昨年12月31日からことし1月1日までの9時間にわたり、ベートーベンの全交響曲である第1番から第9番までを指揮する岩城さんの姿を追ったもの。冒頭では、岩城さんと親交の深かった作曲家の池辺晋一郎氏、バイオリニストの徳永二男、ジャーナリストの江川紹子さんの追悼メッセージを伝える。

ということです。岩城宏之さんは、一昨年と昨年、何と1日でベートーベンの交響曲9曲全曲演奏をしました。こんなのは世界で初めてだったのではないかと思います。



わたしは最初にこの計画を(一昨年)読んだとき、個人的には、あまり感心しなかったのです。

ベートーベンの全交響曲を「一日で」演ることに必然性が認められません。ギネスブック記録狙いみたいで嫌な感じがしたんです。



演奏する側は多少メンバーは入れ替わるだろうけど、9曲全部入れ替わるほど人を集めるのは困難でしょうから、9曲全部ではなくても、交替でかなりの曲を演奏することになる。

絶対に疲労のあまり、集中力がとぎれる、エネルギーが尽きると思うのです。ベストの演奏にはならないと思うのです。



けれども、今から思うと、岩城さんは一昨年からもうあまり長くないと悟っていたのでしょう。

岩城宏之さんは「初演魔」と言われるほど、現代作曲家の作品、それもかなり前衛的な作品を積極的にコンサートで演奏することで知られていました。

しかし、岩城さんはベートーベン、モーツァルトを軽視していたわけではなく、むしろ非常に重要な作品と考えていたのです。
「ワーグナーぐらいだとなんだか、ジャズみたいにみんなでわいわい遊べるという面がありますが、ベートーベンを演奏するときには一切そういう気持ちは起きません。妥協は許されない厳しさを譜面から感じるのです」


とどこかに書いていました。指揮者にとって、少なくとも岩城さんにとっては、オーケストラの指揮は「ベートーベンに始まり、ベートーベンに終わる」ものだったのかも知れません。

岩城さんは、そういう音楽を、生涯の終わりに、出来るうちに何とか全部、もう一度やりたい、という思いが募ったのだろうと思います。

わたしの想像でしかありませんが。

番組紹介の記事にあるとおり、岩城さんとごく親しかった人たち(N響アワーの司会をしている作曲家、池辺晋一郎さんなど)が、

岩城さんにまつわるエピソードを話すらしいですから、よろしければご覧になってみては如何でしょうか。取り急ぎ、お知らせまで。


◆記事:フィナンシャルタイムズ(英)社説「福井総裁の謝罪」

日本では、福井日銀総裁の個人的投資に関して、大騒動が持ち上がっているが、いまだ、不法行為として見なされていない。

野党は当然のことながら、この問題で政府の責任を追及しており、中には福井総裁の辞任を要求する声もある。



福井総裁は村上ファンドに1000万円を投資した事実を認めている。村上ファンドの代表者である村上彰文氏は、インサイダー取引容疑でつい最近逮捕された人物でる。

福井総裁がくだんの投資を行ったのは日本銀行総裁就任前の1999年、富士通総研に在職していた時期である。福井氏は今年2月、ファンドを解約したが、実際に資金が還付されるのは今月の末になる。



福井総裁の投資がこれほどの問題になった理由は、大きくわけて2つある。

第一に、福井総裁は、自らの投資行動の動機を「現代的な、進取の精神に富む新しい資本主義の旗手として応援したかった」として、村上氏や、

前ライブドア社長で、すでに告訴されている堀江貴文氏の名をあげ、自己正当化しているが、両人とも違法行為を行うような人物だったと言うことである。



第二に、福井総裁をはじめ、日銀の幹部は如何なる点でも信頼性を揺るがすようなことがあってはならない、と言う点に関係する。

彼らは現在、ゼロ金利政策をいつ解除するか、という極めて微妙で政治的な決定を迫られている。このような時期にはとくに日銀の公平性、信頼性が不可欠である。

福井総裁は、なんとか嵐が過ぎ去るのを待っているかのようである。

国会において内閣と国民に対して謝罪した。小泉純一郎内閣総理大臣は問題ない、という。



日本銀行は「福井総裁は内規に違反していない」という。ここに、問題がある。

新しく日銀政策委員会のメンバーに加わる者は、投信その他金利に関わるサービス-金融商品-に投資しないように「アドヴァイス」されるが、「強制」はされないのである。

また、日銀幹部の資産公開を義務づける、法律その他のルールは、日本には存在しない。



欧米の中央銀行が幹部に対して厳しいルールを定めているのと対照的である。

例えば、FRB議長は毎年の資産公開が義務づけられているのである。

福井氏が日銀総裁を辞任しないのであれば、福井氏と日本銀行は今回の騒動を教訓にして、可及的速やかに、内規を見直し、

せめて他の経済先進国と同程度の厳密なルールを作るべきである。


◆コメント:フィナンシャルタイムズだけじゃないのですよ。

日銀総裁のファンド投資を取り上げているのは、上で翻訳したフィナンシャルタイムズ紙だけではない。

ニューヨーク・タイムズ15日付の記事(http://www.nytimes.com/2006/06/15/business/worldbusiness/15bank.html)

の次の一節が最も明解に問題の所在を指摘している。
「他の主要国ではセントラル・バンカー(中央銀行幹部)は株式への投資を厳しく禁じられている。これは、公益と私利の衝突を防ぐためである。つまり、彼らが決定を委ねられている金利政策は、その国の経済成長に影響を及ぼし、ひいては、個人が所有する株のパフォーマンス(含み益、損)を左右するからである。だから、例えば、Fedの前議長、グリーンスパンは、個人資産の投資を短期国債とCD(譲渡性預金)に制限されていたし、毎年、投資行動の全てを開示することを義務づけられていたのである。」


と書いている。

どの新聞もはっきり言わないが、「日銀のルールは甘い」とちょっと(或いは大いに)あきれた、という論調である。


◆当たり前のことなのですよ。

私はこの件に関して、13日に「日銀総裁、村上ファンドに1000万円」←福井総裁、残念だが辞めて下さいという記事を書いたので、

反復は避けるが、海外主要紙の論調から、私の意見が特異なものではない、ということが、お分かりいただけるのではないだろうか。

ただ、私は「福井氏は辞任すべきだ」と書いたが、海外紙はそこまで厳しいことを書いていない、という点が異なる。



13日の記事で書いたとおり、福井総裁に関しては海外の金融専門家、ジャーナリズムが高い評価を与えていたので、やや、甘い結論になるのだろう。

しかし、日銀の独立性を考えた場合、如何にもまずい状態になってしまった。

福井氏が窮地に陥り、それを総理大臣、官房長官、財務大臣、経済・財政・金融担当大臣が口をそろえて「問題ない」と行って救った形になっている。

これは、きわめてまずい。内閣はこれで、福井氏に確実に「貸し」をつくり、福井氏は「借り」を抱えてしまった。



日銀は、政府・内閣から独立して金融政策を決定すべきで、このような「心理的貸借関係」が存在することは、日銀にとって致命的である。

だから、私は福井氏は辞めるべきだと言うのだが、頭が痛いのは、代わりがすぐに務まる人材がいないことである。

全く、福井さん、ドジでしたねえ・・・。


2005年06月16日(木)  中国「反日デモ、謝罪問題は存在しない」 ←後で、必ず吠え面をかくときが来るのです。それは・・・。
2004年06月16日(水) 「内閣不信任案否決」 ところで総理。イラクの大量破壊兵器はどこにあったのですか?
2003年06月16日(月) 「オーケストラがやってきた」 山本直純氏の功績

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