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2006年04月27日(木) |
「自分が感じていることが必ずしも正しく事実をとらえているとはかぎらない」ので、「認知療法」は普通の人にも参考になる |
◆うつ病診断リストを考案したベックという精神科医が提唱した「認知療法」
このような話にやんごとなきお方を引き合いに出すことは不敬の極みであるが、
一般にも報じられており(月刊文藝春秋など)、オープン・インフォメーションとなっているので、書かせていただく。
皇太子妃雅子さまが適応障害と診断され、医師団が薬と共に試みた精神療法を、読者諸氏は覚えておられるだろうか。
雅子さまに効果があったといわれる治療法の一つが、「認知療法」(Cognitive Therapy)というものである。
これは、ペンシルバニア大精神科教授、アーロン・ベック氏がうつ病の治療の為に考案した治療法である。
アメリカでは30年ぐらいの歴史があるらしいが、日本で試みられるようになったのは、1980年代以降のことで、一般人にも知られるようになったのは、比較的最近である。
ちなみに、ベックは、患者(かも知れない人)が自分で自分が治療が必要な程度の抑うつ状態にあるのか、
或いは単なる軽い気分の落ち込みなのかを判定する(勿論完全にこれだけで診断できるわけではないが)ための、「ベックのうつ病調査票」
を作ったことでも知られる。
◆認知療法は、元来はうつ病の治療を目的としている。
如何なる病気でも、万能薬や治療法があることは稀であり、一人一人、病気と薬、治療法の相性がある。
一つの病気に対して複数の治療法や薬が併存していることが、その何よりの証拠である。
素人判断で間違った対処をしては、病状(もしも何かの病気ならば)を悪化させることに成りうる。
だから、本当に具合の悪い人は専門医の診察を受けた方が良いことは論を待たない。餅は餅屋である。
それでは、何故、素人の私が専門的なことを取り上げるかというと、認知療法は、うつ病の人でなくても、使えるからである。
繰り返しお断りしておくが、うつ病の本当に重いときは、これから書くことを読む気力もないはずだから、それは、まず、医師の診察と治療(服薬)、そして休養が必要である。
認知療法は、理屈っぽい人に向いている。
西欧的・論理的思考に慣れている、あるいはそれを好む人に有効である場合が多い、と書いていた専門医がいたのを記憶している。
◆「認知の歪み」を自覚することに尽きる
私たちは、世の中を視覚や聴覚によって得た情報を元に、今自分の属する場はどのような状態にあるか。自分はどのような役割を果たしているのか、などを判断している。
しかし、その判断が、「世の中」や「自分」を「正しく」認識した上に成り立っているかと言えば、必ずしもそうではない。
たとえば、極端に悲観的な人は、一度新しい仕事で失敗をして、しかもそれが大きな問題をもたらすものではないのに、「自分はもうダメだ」などと落ち込む。
また、失敗したことが無いのに、「今度こそ失敗するに違いない」という観念に囚われて、いてもたってもいられない、という人もいる。
どちらも人に危害を加えるわけではないが、要するに、日常用語で言えば「取り越し苦労」が激しい。
これをベック氏は「認知の歪み」とか「自動的否定思考」と呼んだ。
要するに、「心の癖」なのだ。
それがあまりに続くと本当に抑うつ状態、又は、本格的なうつ病(Major Depresion)に発展してしまうことがある。
そこで、アーロン・ベック氏は、このような「認知の歪み」のパターンを分析した。
認知療法を受けるものは、治療を受けるのだが、実際には自分で、自分の「認知の歪み」を認識すればよいのである。
◆認知の歪みの種類
- 「全か無か」思考:物事を全か無か、白か黒か、という二分法で見てしまい、中間の部分、グレーの部分を考えに入れようとしない思考パターン。ちょっとでも失敗すると、「全てがお仕舞いだ」という風に考えてしまう。 完全主義がこの思考パターンを導きやすい。実際の日常は、いいところ6割、まずいところが3割、どちらともいえないところが1割という具合にあやふやな、ファジーな部分で成り立っている。
- 一般化のしすぎ:一つか二つの事実を見て「すべてこうなんだ」と思い込む傾向。一度か二度起きたことが、この先永遠に起きるような気がしてしまうこと。
- 選択的抽出:うつ状態にあると自分の関心がある、特に悪いことばかりに目がいってしまいがちである。過去を振り返っても失敗したことばかり選んで思い出してしまい、身の回りで起きていることもトラブルばかりが目に入る。自分が悪いところだけをみている、ということを自覚できなくなってしまう。
- マイナス思考:良いことが見えなくなるのみならず、何でもないことや、いいことまで悪い方、悪い方に捉えてしまう。
- レッテル貼り:「一般化のしすぎ」や「選択的抽出」が極端になった状態。ちょっとした失敗体験をもとに、それが自分の本質であるかのように自分にレッテルを貼ること。「自分がダメな奴だ」というのが典型的なパターン。実際には成功した経験もあるのだが、それらは捨象されてしまう。
- 独断的推論(心の読みすぎ):僅かな根拠から、相手の心を勝手に推測し、事実とは違う、あるいは全く事実無根の結論を下してしまうこと。うつ状態でいると、誰かが自分の後ろでひそひそ話をしているだけで、「自分の悪口を言っているに違いない」と一方的に傷つき、結局全てが嫌になってしまう。この背景には「他者評価絶対主義」がある場合が多い。つまり、「他者の評価こそが自分の価値の全てを決めている」という極端に歪んだ認知。これに対して「普通の」態度は、他人の評価を受け入れつつ、自分で自らの良い点も認めていく、という、他者の評価と自己評価のいずれをも尊重する態度である。
- 拡大解釈と過小評価:自分の持つ様々な資質の中でも、悪いところばかりをことさら大きく重大なこととして捉え、逆に、自分の長所は小さく見積もってしまう。
- 感情的決め付け:「自分がこう感じているのだから、現実もそうであるに違いない。」と誤って思い込むこと。うつ状態にあると、冷静に考えればたいした事態ではなくても、「こんなに大変な思いをしているのだから、実際に大変な場面に直面しているのだ」と思い込み、打ちひしがれ、「取り返しのつかないこと」と思い込んでしまう。確かにうつ状態だと、ほんの些細な失敗でも、「一巻の終わり」「絶体絶命」のように感じてしまうが、客観的には大した事が起きているわけではない。
- 「〜すべき、せねばならない」思考:何をするにおいても、「こうすべきだ」「常にこうあらねばならない」という厳しい基準を設定してしまう思考パターン。「常に明るく振舞っていなければならない」などというのが典型的な例。結局自分を追い詰め、窮地に立ってしまう。 こういう厳しい基準を常に自らに課していては、大抵のことは失敗に思えてしまい、自己嫌悪に陥ってしまう。
- 自己関連付け:身の回りで起きる良くない出来事を何でもかんでも自分の責任だと思ってしまうこと。
◆紙に書いてみるのである。
勿論全ての項目に当てはまるという人は少ないだろうが、いくつかの項目に関しては自分も該当すると言う方もおられるのではないだろうか。
それは、別に人格が強いとか弱いとかではない。くどいようだが、「認知が歪んでいる」のだから、正せばよいのだ。
認知療法では、このような歪んだ認知を、「客観的」「合理的」な考え方に変えていく「訓練」をするのである。で、その手法の一つが「書く」ことである。
例えばある朝、会社に出社し、上司に挨拶したのに、機嫌の悪そうな声しか返ってこなかった。
そこで、普段なら平気な人でもうつ状態のときは、「自分は上司に嫌われているのではないか」「何か重大な失敗をしたのではないか」と思い込んでしまう。
そういう時に、「認知の歪み」を自覚し、修正するのである。
「自分は上司に嫌われているのではないか」という思考パターンは上に挙げた項目の6、「独断的推論(心の読みすぎ)」に当たるのではないか、と。
何故なら、事実はわからないからだ。「その上司はたまたまその日の朝に奥さんと言い争いをして機嫌が悪かっただけかもしれない。」と考えることも可能である。
あるいは、落ち込んでしまった人は3.「選択的抽出」に陥っているかもしれない。
その上司はかつて自分の仕事を評価してくれたことがあったのに、うつ状態だと、悪いことばかり、つまり叱られたことばかりが思い出されてしまう。
認知療法ではこのように自分が習慣的に陥ってしまった否定的な自動思考を(全てでなくてよいのですが)日記風に書き出し、
それは冷静な立場からは別の見方が出来ないかということを、その横に書き出していく、という作業を行う。
最初は面倒だけれども、幸いパソコンを利用すれば、そのような対照表は簡単に作ることが出来る。
表を作る気力がないのであれば、気持ちが落ち込んだときに、「認知の歪みのパターン」を書いたメモを時々見て、
「ああ、いまの自分は、このパターンにあてはまっているな」と自覚するだけでも、効果がある。
◆うつ病の人でなくても取り越し苦労の多い人。楽観的すぎる人いずれも応用できる。
「認知療法」で検索するとあまりにも多くの本を見つけてしまうので、代表的なものを一つだけ紹介する。いやな気分よ、さようなら―自分で学ぶ「抑うつ」克服法だ。
著者は、アーロン・ベック氏ではなく、デビッド・D.バーンズという人だが、バーンズ氏はベック氏の弟子である。ベック氏の方法論をそのまま踏襲しているといっていい。
今、私の綴るこの駄文を有難いことに読んで下さる読者のおひとりは、この本を読んで実践してみたら、憂鬱な気分が劇的に好転したと仰っていた。
尤も、始めの方で書いたとおり、万人に有効であるとは限らないし、重いうつ病のひとは、あまり理屈っぽく考えると、却って良くないかも知れない。
私が「認知療法」と、この書物を紹介したのは、
1.自分が感じていることが、事実を正しく把握しているとは限らない。
2.どうしても、否定的な思考が先行して苦しい人は、それを客観的に自分で観察して矯正することが可能である。
ということを強調したかったからである。
興味を持たれた方は一度本を手にとってみてはいかがだろうか。
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