スカーレットの心のつぶやき
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2003年04月07日(月) 甘え

甘えという言葉は、何故か良い意味に取られないことが多い。

でも、甘えうということはそんなに悪いことなのだろうか?

誰かに甘えることができる人は幸せではないかと思う。

その人を心から信じているからこそ甘えることが
できるのだと思う。

小さな赤ちゃんや子供は母親に甘えて生きているのが普通だ。
この頃に甘える心がいっぱいあって、その甘えを心から
受け止めてくれる人がいることが、その子供の成長には
良い影響を与えるのだと思う。

子どもの頃に充分甘えることができた人は
大人になる過程において、信じる心、又人を愛する心が
正常に育つのだと思う。

私は幼い頃は母に甘えた思い出があまりない。

確かに母は私が弱かったし、自分が守ってやらねばという気持が
あって、過保護に育てた。

甘えさすのと過保護に育てるのとはちょっと意味合いが
違うのではないだろうか?

過保護は母の気持でする行為だと思うから。

過保護はイコール過干渉だ。

過保護に育った子供は、そのあまりにも過保護すぎる
母親に反発を覚えるのが当たり前だと思う。

私の場合はやはり健康でなかったから、母の過保護の
意味が理解できていた。

分っていた。

だからこそ、その過保護や過干渉が母にとっては
私への愛だということが充分分っていた。

だから、反抗する気持もなくて、母を安心させるためにも
私は母のいうことを聞いて育った。

そして、自分が母親になった時、母から受けた愛や
保護を私は当たり前のごとく娘に与えてきた。

だから今、娘が私に対しての反抗が凄いのだと思う。

娘は私と違って健康なのだから、私が受けた母の愛とは
違う形の愛を求めているのだと思う。

私は母と同じことをしてきたし、それで良いと思っていた。

でも、それは間違いだった。

私に甘えている娘も、私に反抗している娘も同じ子だ。

だからこそ、私が母としてちゃんとした姿勢を持って
どんな娘も受け入れてやるということをしなければいけないと
思っている。

甘える心をいっぱい持って育ち
今度は甘えさせることができる人になってほしいから。

50年生きてきてこの年になった私でさえ、
時には心から受け入れてくれる存在がほしいと思うのだから・・・


スカーレット