2002年02月08日(金)

■ 男がいて、女がいて、街で囁かれる噂

16のとき、従兄弟にもらったCCRのレコードに「悲しいうわさ」という曲が入っていて、
原題を ”I HEARD IT THROUGH THE GRAPEVINE” といった。
グレープバインがブドウの蔓であることは辞書を引いて調べた。
が、それが「悲しいうわさ」とどうつながっているかが謎だった。

まぁ、洋楽につけられた邦題というのは無茶苦茶なものが多かったし、
頭に「悲しき」だの「悲しみの」だのとついた曲は枚挙に暇がないほどあった。
「悲しいうわさ」もその類いにはちがいなかった。

確かに「悲しい」についてはそれでもいい。
しかし、「うわさ」は? そして、グレープバインは?

16歳の少年は悩んだ。そしてあるとき、ふと思いついた。
「そうか。ブドウ畑で彼女についての嫌な話を聞いたんだ」。
いや、グレープバインはブドウの蔓であって、ブドウ畑ではないんだが。

笑ってはいけない。
「ラブ・ミー・トゥナイト」を「私は夜を愛す」と訳して平然としていた中学生や、
「ライク・ア・ヴァージン」を聴いて「なんでそんなに処女が好きかなぁ」と首を傾げた大人が、
世の中には確かに存在するのだ。この16歳など真摯な部類ではないか。

月日は流れ、集英社文庫で佐藤正午の「カップルズ」というのを今日、読み終えた。
男がいて、女がいて、街で囁かれる「噂」7話、と腰巻にある。
そんな短編集の最後を飾る作品が「グレープバイン」だった。

やがて死を選ぶことになる女性が言う。
自分はブドウの蔓に絡みつかれて、もうほどくすべがないのだと。
そして、主人公に対して言う。「あなたは絡みつかれていない」と。
「他人の目を気にせず、のびのびと生きている」と。

主人公は後に懐古する。
いや、自分だってグレープバインに絡みつかれていたのだと。
なぜならば、それにはブドウの蔓以外にも、こういう意味があるからだ。
噂の伝わる経路、または噂そのもの。

辞書はいいものを使うべきである。


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