短いのはお好き? DiaryINDEX|past|will
いつのまにかタバコの火が消えていた。 頬杖をついて何を考えてたんだろう。知らないうちに居眠りしてた。 店内は人もまばらで、僕の席だけから紫煙が上がっていた。 深夜4時過ぎ。壁掛け時計もどこか眠たげで、ダリの時計のようにどろどろに溶け落ちそうにも見えたが、それよりなによりこの店の針は少し変わっていて左回りに回転する。 時計自体が変わってるいるわけではなくって、この店に一歩足を踏み入れた途端に時間が逆行するのだ。 みると、手元のタバコがじわじわと灰になるのではなく、ずんずん伸びてゆく。 思い出した。頬杖をつきながら、そんな馬鹿な想像をしていたのだった。 時間のせいか、いつもよりもお客さんがどこかいかれてる不思議な人? が多い。 隣の若い女性は、下着姿だった。椅子をテーブルの上にあげて紐を張り、自分のものだろうか大量の洗濯物を広げて干している。よく見てみると髭があった。 そのはす向かいに、たぶん人類ですらないだろうマグロ顔したリーマン風宇宙人。マグロが背広着てる感じ。すこしトロそうなビジネスマン? その奥の広いテーブルでは、マジにHしてるカップルがいる。ただし、生きている人たちではなく幽霊っぽい。ふたりの身体は半分透き通って見えていて全然エロくない。 左のブースには、誰もいないと思っていたら、ダンボール箱が並んでいて仔猫たちで埋まっていた。みんなぐっすり眠っている。 右のブースには、ライオンとか、象、キリンもいた。ムーミン一家も。 僕はネクタイを少し緩め、タバスコをラッパ飲みしながらじょじょにハイになってゆく。 一日一本がノルマだった。 激やせして、ジャニーズに入るのが夢だ。 真夜中のカフェ。 不思議なほど心が落ち着く。 僕はこの雰囲気がとても気に入っている。 冷め切った舌を刺す苦いコーヒーを口にする。 この店には、今現在、僕と関わりのある人は誰もいない。他のお客さんもそうだろう。誰もが人の目を気にしないで済む。この環境は実に得難いものだ。 自分のことですら忘れられた。 マスターが水差しを持って店内を静かに見まわっている。彼は、ロボコップだ。 「うるさくて、申し訳ありません」 と店内を見まわしながら、ぼくに言った。 「まるで動物園みたいですね。でも、ぼくはこの喧騒が嫌いじゃありませんよ」 マスターは目だけで笑った。 「そういってくれると思ってました」 マスターは、いかつい背をみせながらカウンターの方へ戻っていく。 「I'll be back」とは、言わなかった。 ケータイが鳴った。着信は『雪の華』から、川口恭吾の『桜』にかえた。 メールだ。 「至急、Heavenに戻ってきなさい」 さあ、仕事だ。 ノートパソコンを閉じて、席を立ち、カウンターに向かう。 「もうお帰りですか」 「また来ます」 会計を済ませ、マスターに会釈して部厚い鉄のドアを押し開く。 外は槍やら、斧が降って来ていた。 マスターがいう。 「きょうも、積もりそうですね。死体が」 ぼくは、アイソ笑いして、少しためらってから、ボロボロの翼をひろげて真っ赤に燃える朝焼けの空に飛びたった。
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