母のタイムスリップ日記
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| 2013年01月08日(火) |
ちょっと昔の話に…。 |
夫が早朝に仕事に出て行くというので早朝起床。 2度寝するとどうなるかは判るのでラジオを聴きながら朝刊を読んだ。 早目に朝食の支度をして母に起きてもらった。 デイに出かけるまではいつも通りで順調。
デイのお迎えがきて玄関から車椅子まで移動。 職員が手伝おうとしてくれたが「ひとりで大丈夫ですよ」と伝えたら…。 「確かに…足が着地していますからまだ楽な方ですね」と話された。
以前 介護仲間から「歩行介助や移動 車椅子を使わなかったら大変でしょ」と言われたことがある。 この時今朝の職員と同じ様に答えたのだ。 介護仲間は既に介護卒業なさっているが半信半疑の様子だった。
最近は 時々私に摑まる動作も弱くなって(緊張のため)いるし 腰が砕けたり膝折れしたりもする。 でも 時間のある時には母の動きを待ってリハビリしたり椅子からの立位のリハビリをやったりを繰り返すとちょっとした変化が出てくる。 だからぎりぎりセーフをキープできている。
母との約束だ。 「出来る限り起きていたい」というのが母の希望だった。 母は 自分の親をシングルで仕事をしながら介護したのだ。 私の生まれた時には祖母はいなかったのだが…。 そういう話を母が認知症の初期の頃に話してくれたのだった。 そして自分はあなたほど優しくしてあげられなかったとも言っていた。 認知症や痴呆と言う言葉もなかっただろう時代の話だ。
一人っ子でシングルで家計を維持しなければならなかったのだろうから私と比べるのは酷なのだ。 ただ母は職場の傍に住んでいて 昼休み等に家に戻って手当てをしていたようだった。職場も今のようではなくもう少し肝要だったと思う。 そして看取りの時期には父とお見合いをして父が少し助っ人したのだろう。 具体的に話を聞いてはいないが…母の話から時間的にすり合わせていくとそういうことだろうと想像できる。
祖母は脳出血を起こしてから認知症の症状になったのだろう。 戦後の厳しい食料事情の時代の話だ。
あらら 母との約束から大きくずれてしまった。
母は夕食前「大」排出。 就寝前にも「大」排出。
明日から2泊3日のショートステイ。 「大」がしっかり出ているしお泊りも短いのでダメージの少ないショートになると思う。ノロとインフルエンザが発症していなければ…。 今のところ 感染症が出ていると聞いていないので大丈夫だろうと思うのだが…。
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