母のタイムスリップ日記
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2011年01月13日(木) ショート中に...


母をショートステイに送りだした。
ショートに託す時には 後ろめたさが湧く。
自分の介護が最善であるとは思わないが 家流の母に合わせる暮らしではないという事にすごし難いだろなと想像できるから。
でも家ではできないことも体験できる筈。
私自身 離れてみる事で自分の介護の振り返るもできるような気がする。
そして何より 自分の心身の疲労を立て直せる時間でもある。
出来るなら家の中の片付けもしたいのだが...。
強く踏ん張る事はせず 元気な心身で母を迎えられる程度のことをほどほど踏ん張る予定。


母を送った後 急いで町内のサロンへ走った。
遅れることは伝えてあるが 皆さん待っていてくださった。

今日は お茶会。
今年の新年会も 茶釜を準備戴き お抹茶で気持ちを整えた。
サロンで話題になったのは...。
「友人や知り合いの事故」
すべて自分の家で起こった事。
暮れも押し詰まってからの出来事のようだった。
ご家族が一緒に住まわれていても 浴室での溺死があったと2人の人が話されていた。
ご近所では 1人暮らしの方が骨折して家の中で動けなくなってしまったこと。1日置いて不審に思った方がカーテン越しに除いてテーブルの下でうずくまっているのを見つけて救急に連絡したという話。
実は家の中にいて 急変した時動けないので連絡も取れなくて困ったという話を昨年仲間から聞いたばかり。
仲間は幸いにして枕元に携帯を置いていたのでそれでメールして救急搬送できたそうだ。

一人暮らしであろうと家族と共に暮らしていようとも急変への対応は皆さん同じだとつくづく感じた。

母のことも含め 考えておかないといけないだろう。

サロンを終えてお茶会で使った蝋梅の一枝をおみやげに持ち 家に戻った。
亡くなった友人は 蝋梅をみるのが好きだった。
時期になると2人で出かけた。
最近は 其の場所まで出かけることも出来なくなっている。
蝋梅を食卓テーブルに飾って彼女を想い出している。

夕食の支度を済ませて 夜の会議へ向う。
毎年恒例のイヴェントのことだ。
ここでも運営する人が減って なかなか厳しい。
自分は介護中の身であり 母がショートステイでないと出席できないのが現状で...その理解を得ての参加である。

実行委員長を決めるのが今日の1番の難題。
自分を除いて...と言う立場で非常に申し訳ないのだが ちょこっと提案したら 何とか受け容れて貰え毎年長引く会議も今日はすっきり時間内で終了できた。
宿題も貰って次回まで考えなければならない。

地域に根付く活動に関わるのも 何れわが身を助けて戴く立場になることを踏まえたもの。
自分で出来る小さな動きではあるが 地域の連携を考える人たちとの出会いは貴重だなと感じる。
個々に考えている事は違っているのだが大きな枠で同じということだ。
ざっくりとした形での連携 他者を排除しない工夫。
介護枠に留まらない形での参加である。

会議を終えてメールチェックしたら介護仲間からのメール。
地域包括のひとつが下がり その部分を補う形で社会福祉協議会内に地域包括ができるということだ。ふむふむといったところ。


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