母のタイムスリップ日記
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2010年12月27日(月) 母の言葉を思い出しながら...


 夜中に片付けをしていると時々母が起きて来たのではないかと思う時がある。自分で歩く事ができないのだから ありえない話だけれど...。

子供の夏期休暇 冬季休暇等は 母に呼ばれて帰省していた。
勿論 其の間には夫の実家にも出来る限り寄らせて戴いていたが。

帰省するとみんなが寝静まってからお掃除が決まりだった。
時には 父を囲みながら弟達と深夜のおしゃべりする時もあった。
母は 早目に眠くなるので「おさきに…」と寝る。

でも トイレに起きた時 お掃除していると「まだ起きていたの。ありがたいよ。でも早く寝なさいよ」とニコニコしていた。
また 時に 起きたついでにおしゃべりの輪に入り それでも眠くて...また「おさきに...」と自分の部屋に戻って行くのだった。

そういう風景をふと思い出し 起きて来るような錯覚してしまうのだ。

認知症となって歩ける間は 母の足音は恐怖となった。
「また起きたかな」と。
全くねぇ。
起きて来るはずもないから 郷愁に走っているのかなぁ。

人の目からすれば お世話になるばかりで大変な介護に見えるだろうなぁ。
でも 母の立場になれば 歩く事も食べる事もデイに行く事も風呂に入ることも寝る事も 全て頑張っているんだと思えるようになった。
それを心から感じるようにどの位立つだろう...。
「ありがとう」を言葉にして言うようになったのは 今年のお正月からかなぁ。
「頑張ってくれてありがとう」「生きていてくれてありがとう」と。
そういうと母は必ず深く頷く。時に涙する。

此の頃 痛切に感じる事がある。
私が仕事を始めた時「貴女を受け容れてくれる親に感謝しなさいよ」と言う言葉だ。
「先生」と呼ばれて居る時のこと。

それが ずっと私の心の内に眠っていた。
だから 訪問活動する時にもよそ様のお宅を訪問してお手伝いさせていただく時「受け容れてくださってありがとう」と言う思いになったと思う。

今 我が家では ヘルパーさんをお願いしていない。
それは まだ自分で踏ん張れる現状があることもあるのだが 何処かで「他人に入られることを拒否したい」と言う想いがあるのだ。
このことは 介護仲間とも話した事があるのだが やはり同じ思いだった。
其の方は 自宅で看取られた方である。
最後まで ヘルパーさんを頼まれなかった。

基本は 自分で踏ん張れることがないと通せることではないのだが...。

何れ 踏ん張れなくなった時には ヘルパーさんの手を借りることも有るかもしれない。
その時に出会うヘルパーさんが そういう気持ちを理解してくれる方でありますように...と思う。

おそらく 自分は介護サービスに関わる人たち全てにそういう気持ちで接して欲しいと考えているんだろうと思う。
そこで合う人合わない人となるんじゃないかと...自己診断している。

「受け容れて貰ってありがとう」は 本当は母に対しても感じているのかもしれない...。頭を 腕を 背中を撫でてくれる母と共に過しながらそんなことを思う日々である。

元気な頃の母が「早く寝なさいよ」と言う言葉を今も心に留めて 程よく手抜きして母と共に歩む日は続く。


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