母のタイムスリップ日記
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2010年04月23日(金) 楽しい夢でも見ている?


昨夜 介護仲間から電話を受けた。
「Tさんの奥様が亡くなられて葬儀も済ませたとご本人から伺った」という知らせだった。
高齢者世帯で 奥様と共に暮らされていたが 移動介助が難しくなり特養に入所。1日おきに施設に通われ お化粧をして差し上げたり 食事介助なさったりしておいでだった。
数年前 橋に脳出血を起こして 救急搬送されて長期療養型の病院に入院なさりイロウ設置。
医療病棟から介護病棟に移ってから プリン等を食べさせられるようになっていらした。
いつも前向きに前向きに介護なさっていらした。

おそらく何処かで覚悟はなさっていらしたと思うが お寂しいことと思う。
おそらく今年91歳になられる筈。
ご自身だって ヘルパーさんを利用しても良いのに 1人で住まわれておいでである。

母と同じデイに通っていた時期もあり 保健所主催の介護者の会ができた時からのお仲間である。

昨年暮れから 看取り終える方が毎月居られるような気がする。
そういう年齢になりつつあると言う事だろうと思う。
先輩方のお話を聞かせて戴き 随分学ばせて戴いた。

今日は 仲間とTさんのお宅に弔問させて頂く。
暫く 奥様のお話やそれぞれのお話等を語り合った。
みんなが帰った後 かえって寂しく感じられるのではないか…とも思ったが これからも一緒に…とお伝えし 会にも足を運んでくださるとの事だったのでちょっとホッとした。

帰路買い物をしていたら「はなさん」と呼ぶ声がして声のした方をみると母がお世話になっていた施設の職員だった。
そこで少し立ち話。

それから 家に戻って母を待つ。
夕食までの事はいつも通り。
ただ昨日 自分で手を伸ばして食べたみかんだが 今日は自力で食べるのは無理。口に運んであげると昨日と同じ量を食べた。
夕食も順調。
食後 別の介護仲間に電話。
昨日お留守だったので改めて…。
この方は 若年認知症のご主人を既に看取られた方で その時にTさんと二人で弔問に出かけた。

電話で暫く話込んだ。
夜間の介護の合間にお互い あれこれ話して支えあった仲間でもある。
昔の事 今の事…。
その時に介護や医療を詳しく知っていて 手を尽くして戴いても好きになれないってあるよねと言われた。
言っている具体的な名前を出さなくともあるところをさしていると理解できた。
何が足りないかというと「こころ」だと。
お世話にはなったけれど 好きになれなかったとその方は話して居られた。

何がどうって言い表せないので「こころ」になってしまうのだけれど…とも言われていた。話している事を充分理解できた。
「こころ」と言う物差しは 曖昧ではあるけれど立派な物差しになる。

けれどもそこが好きと言う方もいるので 「こころ」の物差しは 誰にでも当てはまるものでもないと言う事も承知している。

電話の最中 母と向き合い手を擦っていたので 私が笑えば母も笑う。
ミョウチクリンだけれど不思議な時間だった。
これが 就寝しても続いていた。ベッドの中で「うふふ」と幾度も笑うのである。
考えたら 母と笑いあう時は合っても私自身が心から笑ってしまう事はあまりないのかもしれない。
屈託ない笑いは 母にとっても心地よかったのかな?
母に向いながら 違う人と笑い合っていたので良心が傷んだのだが…ま良い事としておいて良さそう。

明日は ケアマネが見える。明後日は町内会の新旧顔合わせ。
母は 土日は家ですごす。
日曜日2時間夫に見守りをお願いし 快諾して貰ったが…。
ひとりにしておく事はちと心配だし かといって大勢の中に連れ出すのもなぁと思ったので 正直助かる。


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