母のタイムスリップ日記
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| 2009年12月09日(水) |
「オライのウッツァ…」 |
施設に着くと母はしゃっきりと目覚めていた。 昨日も電話した時「しっかり起きていますよ」と言っていた。 母は私をみて「やぁ」と言う視線を送ってくれた。 母の手に触れたら「つめたい」とはっきりした言葉で反応してくれた。 立位してトイレ誘導しようと思ったら「オライのウッツァ」と言いかけた。 久しぶりに聞くふるさとの方言。私も忘れかけていた…。 そんな訳で今日は「オライの〇ちゃんめんごいな」と何回も話しかけた。 「オライのウッツァ…」は「自分の家に…」と言う意味である。 あれぇ オライって どういう意味だろう。 「オライのおとうさん」ともいうし 「オライの家」ともいうし…。 ふるさとでは 今でもちゃんと使われているのだろうか?
あれあれ とんだ所で脱線してしまったわ。 何しろ 方言を使うと母の反応が良いのだ。
一時不安定になっていた立位・歩行も大分安定したものになった。 1人で歩行できるまで良くなるなんて思わないけれど でもちょっとでも改善されたと言う事が嬉しい。 母の介助は 二人介助ですといっていたが 数日前 探しても介助してくれる人が見つからなくて一人で介助になったそうだ。 「それでも不安定にならずにできましたよ」と話してくださった職員が話していたなぁ。
転倒は怪我のみならず 心のショックも残って思いもかけず動きが悪くなるような気がするというのが療法士さんと私の見解である。
トイレ誘導は 「大」「小」排出できた。 その後 昼食を居室で戴く。 順調に食べられた。施設の食事+柿+プリンを1時間内で食べ終えた。 口腔ケア後 リハの準備をして待つ。
リハも落ち着いて受けられた。 リハ終了後ちょっとの時間zzz。 でも直ぐに目覚めて トイレ誘導。 この立位介助が「うそ!」と思うほど楽チンだった。 スッと立ち上がれたのだ。 トイレ誘導で「小」排出。
それから母に座ってもらって 明日のデイの支度。 寒くないようにスカーフも出して ズボンは厚手のもの。
ちょこちょことお掃除して ゴミも出して…。 そこへ訪問介護。 母の様子をあれこれしゃべって...。 そうそう こういう話が職員とすることが減ってきていた。 施設側で伝えたい事は 話してくるが それ以外のお話って確実に減った。 状態を共有すると言う事がプランを立てるときだけ。。. その他のちょっとした良い兆しとか何気ない会話がなくなった。 きちんと受け止められる家族に対してもそうなのだから「話せない・理解し難い人」に対しては 推して計るべし...。
母にホールのソファーに移動して貰った。 暫く 母のそばで過して そうっと施設を後にした。
帰路郵 便局に立ち寄り年賀状を購入し 支払いも済ませ家に戻って遅い昼食。 夜 イヴェントの会議に出た。 遅い昼食だったので 結局 夕食は...。
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