母のタイムスリップ日記
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2009年01月06日(火) 刺激の効果


昨晩もぐっすり眠っていた。
最近にしては 珍しい事である。

今朝は 夫の出勤前に起きてもらった。
夫に朝食を出して食べて貰った。
どうも母がむっつりしている。
起き抜けだから眠いのだろうと受け止めていた。

夫を送り出してから 母の食事を準備し 介助を始めたら途端に笑顔が出てきた。
つまりは 母もお腹が空いていたのだった。
言葉がないと探りきれないなと思ったけれど 本当は 朝 私のテンションが上がらなくて 母へ話しかけることが少ないせいだろうと思い当たった。

今日は 午後介護者の会があるので 蒸しタオルで母の寝ぐせを直した。それから 外出用の服を揃えて...。
洗濯機を廻した。

起床から3回目のトイレ誘導で「大」を排出。
健康的なもの。
施設での排泄は マグをやめても緩めが多い。
家では 程よいもので それもオムツに出すということはない。
勿論 マグもラブレもアロエエキスも使っていない。
食事はしっかり取って貰っているので残量はない。
水分も起床時のお茶から始まって 就寝前まで 確実に摂取してもらっている。
水分摂取量が結構多いので 小は こちらの誘導ミスで遅れてしまうことがある。

今日は 外出先での昼食を考えてお弁当を準備。
とはいっても 特別に作ることはなくて おせちの残りも含めてありあわせのもの。自分の分はおにぎり。

昨日のお散歩の時もそうだが 外に出ると母の表情がかわる。
今日も「遊びに行くよ」と伝えたら 目がキランと光った。
つまりは お腹の調子も含めて 体調が良いのである。

交通手段は 危険回避のため往復タクシーを使った。

会場のある場所に着いて 先にお弁当を広げた。
有り合わせではあるけれど 一人前はある。
食べ始めたら介護仲間が見えた。
新年のご挨拶をして 母の食べっぷりをみて「結構な量を召し上がるんですね」と言われた。
1時間弱で食べ終えて珈琲を砂糖なしで飲んで...。

食べ終えて 会場に入った。
皆さん 次々に母に挨拶してくださる。
母は 笑顔を見せて頭をちょこんと下げた。
会の間中 私の隣に座って ボールや広告を丸めたもので遊んでた。
介護仲間も母の相手をしてくださったり...。

会の中身については 別立ての方に記録するので...。

会が終わって 家路に着く時 明日のななくさかゆの準備が足りないのでスーパーで買い物。
その間 介護仲間が荷物を持って待っていてくださり タクシーに乗り込むまで一緒にいてくださりありがたかった。

今日の会で 母に元気を貰ってくださった方もいると思うけれど 母も皆さんから元気を戴いた。
家に戻ってからも笑顔が続き 言葉の量もかなり増えた。

年末年始 母が言葉を発しないので やきもきしたが 沢山の仲間達に囲まれ にぎやかに会話している中にいたら言葉を思い出したように感じた。

家に戻って直ぐ 少しお茶とおやつを食べて貰った。
みかんをむいてお皿に載せて 洗濯物を取り込みに上がったら 自分でみかんを全部食べてた。
これには びっくり。施設や家で自力で全量食べるなんてことは最近は全くなくなっていたのだから...。

夕食の支度をして 炊き立てのご飯をテーブルに載せた時「美味しそうだ」と言った。
歩いたとことも手伝って 食欲もあり全量を美味しそうに食べ終えた。 

夕食後 片づけをしていたら 眠そうな表情。
足湯をして トイレ誘導で大小済ませて 湯たんぽの入ったお布団に入って貰う。
今日も パタンと眠りに入った。

朝 仕事をなさっている介護仲間から電話があった。
昨年12月に施設入所できて 順調なすべりだしだった。
が 今朝 本人が亡くなったという知らせだった。
普段と変わりなく過されていて 今朝も5時にはいつもと同じようにお元気だったが その後グッタリなさっていて 救急搬送 亡くなられたということだった。94歳 年に不足は無いから...と電話の向こうで話されていらした。


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