母のタイムスリップ日記
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| 2007年11月12日(月) |
でっきるかな?でっきるかな? |
朝 一番に荷物が届いた。 弟からで 渋抜きした柿。きっと 家の柿だろう。 母は 柿が大好き。 この数年 柿も届かなくなっていた。 夫のふるさとから送られてくる甘柿や干し柿が多くなっていた。
早速 施設に運んだ。 フロアの人や職員にも食べてもらい 母のふるさとの風を知って貰いたい。
施設に着いた時 昼食が始まる所だった。 母は 目の前に食事があるのに 自力で箸を持つこともなく身体を傾かせてちょっと俯き加減だった。
ご飯をスプーンで掬って母に持って貰うと自力で口に運んだ。 手でスプーンを持てるのだから 食べる事もできる筈だが…この所「待っている人」になりきってしまっている。 自力で食事するためには 相当の根気が必要で この所手抜きで(遅くなるのも悪いような気もし始めている)介助当たり前になってしまっている。
今日は ちょっとずつ 自力で食べるようにスプーンで掬ってあげて渡した。1.2度 自力で掬っていたのでちょっとは刺激になったかな?
でも味噌汁やお茶を自分で持つ事はなかった。 焦らずに ゆっくりと取り組んでいかなくては…。
母以外の人は 早々に食事が終わり 中にはお腹いっぱいになって ウトウトし始めた人もいた。 職員が「お昼寝て 夜目がキラキラするから もう少し起きててよ」と声をかけていた。
ふと 思い立ち 母へのお土産をその人と食べ終えた人に手渡した。
お土産のひとつは ビュンビュンゴマ(ボタン等の穴に紐を通したもの。持って言ったのは竹で作ったもの) これが出来る人は 3人中1人。 この方は 記憶は途切れて直前のことすら忘れてしまう人だ。 でも 私達と同じようにちゃんと楽しめていた。 記憶はあり 編み物も時折編む方は これが使えなかった。 クルクルと紐を捻っていく動作が出来なかった。 あとの1人は 麻痺があるかたで難しかった。
もうひとつは 娘が昨日ゲーセンで取ったもの(多分) 娘が 母が面白がるだろうと思ってくれたのだ。 それは ふにゃふにゃとした感触の卵。それも 殻のない卵。透明の白身の中に黄色のボールが黄身のように入っている。 それと 同じ感触のみかん。
これは 麻痺のある方と記憶の有る方が面白がった。 べチャと投げつけるとグチュと潰れて直ぐ元の形になる。 何となくスライムっぽい感触。 それをテーブルの上で転がすとゆったりとした速度で動く。 ボールだと早いし転げ落ちるけれど これは落ちる事は少ない。 いろんな遊びが出来そうだった。
と言う訳で 眠かった人も遊びに興じていらした。
その間 母はゆったりペースでお食事。 1時間ほどで食事を終え 歯磨きをしてトイレ誘導。
その後みんなと少し遊んだ。 母はビュンビュンゴマを廻せなかった。 出来るだろうと思っていたのだけれど…。 物をみてどう使うか判らない様子だった。 手に持たせて見ても 違う持ち方をしてしまう。 これでは 廻すのは無理と感じた。 だから 手に持ってもらって「縮めて 伸ばして」と声をかけながら動作も手伝ってみた。それを繰り返してから 声を掛けるだけにしたら自力で出来た。それだけでも 少し廻るので 要領を得た様だったので「うまいね。出来るじゃない」と褒めた。 すると 弱いけれどクルクルと廻せた。 これなら 幾度か繰り返せば思い出せそうと感じた。
暫くしてお散歩に誘う。 外に出ると寒いと思って洋服を更に着て貰った。 その当りから 母の機嫌が微妙に変わって行った。
外に出かける事は 母は理解して嬉しそうにしたのだ。 でも部屋を出るときになって「何をするのですか!」「行きません」の連発。ホールで立ち往生。 出たくない人の意思に従いたい所だけれど 折角の良い天気だし…。 「ふん!」という態度。 ふと 思い立ち「○君(弟)が来るって言ってから 出てみようか?」と声をかけてみた。 これが 結構うまく行って 動き出してくれた。 お散歩中も少し機嫌が上がったり下がったりだったが 30分余のお散歩できた。
戻ったら 柿のおやつ。 最初の一口は「何を食べさせるの!」と怒り加減だった。 一口食べたら 後は順調。 職員と話している間に 自分で容器を手にとってフォークで差して口に運んでいた。 これには 驚いてしまった。 やっぱ できるね。 食事もそうできるように工夫しなくちゃ!
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