母のタイムスリップ日記
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2007年08月18日(土) フェイントかけたら...笑ったよ!


今朝 末弟から電話があった。
昨日 最終の片付けのためこちらに来たと連絡があったばかり。
我が家から布団3組貸してあるので それを近日中に返しに行くとも言っていた。「長男は?」と聞くと「もう来ない」と言う。
つまりのところ 先日スイカやら枝豆やらを運んできたのが最後だったらしい。それなら やっぱり母の所に立ち寄ればよかったのになぁ〜。
あれだけ喜ぶ母なのになぁ〜。

で弟の電話は いとこの奥さんが亡くなったと言う知らせだった。
2年くらい闘病の末という事だった。
公立病院の婦長さんをなさっていた。今年定年位だと思うが...。
仕事をなさっていたので あまり行き来はなかったのだが...。

夕方 長男からもその事で連絡が入った。
その時 父の末弟がどうやら呆けてきているらしく 今回葬式には出ないと連絡が入ったらしく「お前知っている?」と聞かれた。
叔父はこちらに住んでおり 数年前我が家まで奥さんと共に遊びに来てくれた。それ以来逢っていない。
年賀状は今年も来ていたが 達筆の文字に陰りを感じ気になっていた。

そこで 夜 叔父の家に電話をした。
おばさんが出て 認知症ではないのだけれど...と言葉を濁した。
それでも よくよくお話を伺っていると どうやらせん妄らしい。
お子様も今 子育て真っ最中らしく 2人でゆったりと暮らしているみたい。
とは言っても 症状的には認知症に似ているところもあり ついつい言葉を荒げてしまう情けない介護だと話された。
でも おばさんのお話も少し話が行ったり来たりで危なげなのである。
孤立した生活をなさっているんだろうな...と心配になってきた。
おばさんは 脳腫瘍で手術なさったおり歩行が大変になってしまい 身障者の手帳をお持ちである。
介護保険の認定も受けていて でもまだ何も使っていない様子だった。
まだ 年齢的には若いからなぁ〜。
「近いうちに遊びに行くね」といったら「是非来てお喋りしよう」と言ってくださった。

さてと 今日の母。
ご機嫌度は中くらい。
昼食介助をして全量摂取。
其の後 トイレ誘導。既に出た後だった。
今日は 涼しいのでお散歩日和。
と言う訳で 歩き専門の外出をした。
歩く事は苦にならないようで 背中を丸めながらも良く歩いた。
久々にかなりの距離を歩いた。
「大丈夫?」の声にも頷いてやる気満々。
途中で従姉妹の奥さんが亡くなったことや教会の仲間が亡くなった事を伝えると「亡くなったの」と聞きなおしてきた。
「うん でも〇チャンには こちらでのお役目がまだ残っているから 元気で感謝して暮らさなくてはね。御願いよ!」と伝えると 思いがけない返事が返ってきた。「はい」聞き間違えかと思って「長生きしなくちゃね」と再度言うと「はい」と言う返事。  嬉しかった!

長い散歩とは言っても1.5キロ弱程度。
母にとっては限界だろう。
休息は1度。後は施設前でちょこっと腰を下ろして呼吸を整えて貰った。
顔に薄っすらと汗をかいていた。
でも満足げな表情だった。
歌は聞くだけだった。
それでも道端の草や狂い咲きしたふじの花に手を添えて撫でていた。

施設に戻って 少し横になってもらい 団扇で扇いであげた。
冷房は効いているけれど...。
背中から風を送ると後ろを向いて幾度も姿を確かめていた。
グルミットを優しく撫でて まるで子供をあやすような仕草が止まって数分眠っていた。

目を開けた時「起きる?」と聞くと頷く。
抱きかかえて起してトイレ誘導。
排尿とコロンコロンと3粒ほど排出。
それで治まったようだ。

母は笑顔を見せ 両手うちのゲームをして暫く過ごす。
フェイントをかけても笑いながら動作していた。声を立てて笑ってた。
母と過ごす時間は 限りなくサイレントの世界となってしまったが 笑い声を聞けて嬉しかった。
感度良好の母。


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