母のタイムスリップ日記
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昨夜から今朝にかけては 涼しくて心地良かった。 冷房や扇風機の御世話にならないって ほんといいなぁ〜。
今朝は 収穫したトマトにバジルを載せて朝食。 メザシなんか焼いたりしちゃって…。
母のところへは 午後出向いた。 先に別のご家族が見えていた。 母は なんかおかんむりの御様子。 顔を見て 視線を逸らした。
寂しかったのかな? 先週は面会が少なかったからなぁ〜。 面会がどのくらいだったという事が母の記憶に残っているとは思えないが それでも 何処かでなんかを感じるだろうとは思っている。
言葉を交わす回数だったり 身体を動かす回数だったり そんな事が微妙に影響して来るような気がする。 あくまでも母の場合。
母を居室に連れて行き 暫くお話した。 何かを話そうとして言葉を発するのだが 選びきれなくて断念と言う事態に。おかんむりは そういう事も影響しているかも知れない。 言葉も 交わさないとどんどん消えて行くような気がする。 話す事も勿論そうだが 聞く力も衰えていく。 話しかけた言葉を鸚鵡返しする母が 同じリズムでこの世にはない単語を発するのである。 リズムを取るって 原始的なものだろうから そういう能力が一番最後まで残るのだろうか?
「外に行く?」と聞いても反応がイマイチ。 暫く 同じ事を言葉を変えながら質問した。 「あそこの山に…」と初めて意思を示す言葉を発した。 「行きましょう♪」と帽子を被って外出。
前の公園は 盆踊り大会のやぐらが組まれていた。 外に出て 母のお得意の「牛若丸」の歌を唄う。 一番先は 唄わないでリズムを取る母。 2度目になると歌詞が時折出てくる。それに 遊戯が付く。ひと頃のように完璧な動作ではない。 でも 似たような動きをする。 一連の動きを見ているだけで どのくらい落ちてきているかが判ってしまう。ちょっと 辛い所だけれど 仕方ない。母はもっと辛いだろうし…。 唄い終わって「今日も唄を聞かせてくれてありがとう。嬉しいよ!」と言うと頭を下げた。 「ありがとう」の言葉には よく反応する。 これは 以前からの傾向である。 「こんな私にありがとうだなんて…こっちこそありがとうだよ」と言っていた。頭を下げるという事は 言葉が通じていて あの時と同じ気持ちが有るという事が判る。 最近は そういう事が随分増えてしまっている。
くるっと廻って戻ろうとしたら「あっちに行く」と言う。 公園の出店のテントの下を歩いた。 骨組みだけなので テントの下を歩いてみた。 長い細道のようにも見えて 母は「あ〜」と喜んだ。 更に同じ所を逆戻りして 小さな山を上って下りて施設へ戻った。
施設近くで石に腰掛けて空を仰ぐ。 青空の端には 白い雲 離れた所には黒い雲。 「あっちは 白い雲だね」「しろいくも ほんとだ」 「ほら 向こうは 黒い雲」「くろいくもだ」 お散歩の終わる頃には こんな風に 言葉が出てくる。 空を見上げれれば 首の筋力トレーニングになるし…。
施設の玄関に廻ると道路に信号待ちの車が並んでいた。 「あ いっぱいだ」「そうだね」
母との外出は 子供頃の言葉遊びの様子と重なる。 母も 谷川俊太郎の「ことばあそびうた」が好きだったな。 娘が覚えて ソラで読んでいると一緒に読んでいたっけ。
今は 逆転しているけれど…。母の記憶にあの「ことばあそびうた」残っているだろうか? そうだ 今度 母の前で言ってみよう!
トイレ誘導 自己申告ゼロ。でも誘導で排泄に空振りなし。
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