母のタイムスリップ日記
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2005年12月16日(金) 遊びすぎて


利用者さん訪問
「私 肉襦袢が大分減りましてね。新しいズボン購入したいのです。今日一緒に御願いします」という事で 近くのデパートまで同行。

利用者さんが困るのは 販売員さんが勧められると断りきれなくて 本意でないのに購入してしまうという事。
今日も 見始めて直ぐ販売員さんに勧められて立ち往生。
「もう一回りしてから寄らせて戴きます」とこちらが声をかけた。
其の時 とても鋭い目付きで「ズボンはここにしかないですよ。他はブラウスや上着だけですよ」という言葉が返って来て後味が悪かった。


でも 同じフロアには量は多くなくともちゃんとズボンはあったし 別のフロアにもあった。
回ってみれば直ぐ判る事だし まして通常使っていれば 何処に何を売っているのか位判るのに…どうしてそういう言い方をするのだろう?
ここのメーカーの物は 最近値段が上がっていて値段の割りに品質はどうなのか…と思っていたので 余計に母のを含めて買うのは止そうと思った。
確かに 種類は豊富であったのだが…。

結局 他のフロアで 希望の物が見つかり 裾揚げを頼まれて目的は達成された。

お買い物メモに沿って おろし金や食品も購入して買い物同行を終えた。
戻ってから 冷蔵庫に残っているナスとピーマンと玉葱で何か作って欲しいと言われていたので 味噌炒めを作った。豆板醤がお好きなのでそれも少し使って仕上げた。

活動を終えて 其の儘母の所に出かけた。
母は テーブルに向かって座っており困ったような表情をしていた。
今 母は両サイドのある家から持ち込んだ椅子に座っている。
これは 居室用に置くために購入したものである。
骨折以来 左側に傾くので安全のために使われているのだろうと思う。

母は以前のように 自力で椅子から立ちあがる事は少なくなった。
だから 座ったら移動してもらわない限り 其の儘。
仕方ないと思いつつ 気になっている自分がいる。

母を居室に移動させてトイレ誘導。既に出てしまった後だった。
三角巾もまた袖を通さずにしていたので 着替えをしがてら袖を通して着用させた。私と一緒の時は三角巾を取り外した。
「散歩行く?」と聞くが 今日も反応がイマイチ。
私の方が 少しイラッとした。
「行きたくないのかな?」と誘導尋問。
こうやって いつも こちらの思う方向に引っぱってしまう。

「外行く」と言う返事に にこやかに「良かった♪」と言ってしまう。
母は 何処まで理解しているかは不明だけれど「こちらの思うように…」と言う思いはあると思う。
不機嫌になったり 嫌な顔はしていない。

母は私との信頼関係において「自分のために言ってくれている」と言う理解は以前からある。そこを理解してくれているから たとえ不本意であっても
そうした方が良いのだなと動いてくれる。

そういう信頼関係を利用して こちらの思う方向に引っぱってしまうことにいつも良心の呵責を覚える。

今日の母は腕を「痛い」と繰り返し言った。
おそらく気温が下がって痛みを強く感じるのだろう。
それに動かさない事によって筋肉が硬くなっている事もある。

こちらは 筋肉が固まらないように…と言う思いが強いので 何とか動かしてもらおうと思ってしまう。

体の傾きも気になっているので 公園の小山に上ろうと誘う。
小山の下で「山…」と言って躊躇する母。
「頑張って上ろう」というと「頑張らなくともいい」と言う母。
気持ちにゆとりがあれば「大事なお母さんだから…」と言う優しさを含んだ言葉で接するのだが 今日は 焦る気持ちが強くて…。
母の言葉を無視して 小山を上る。
母の恐怖心があると感じていても…支えているんだから…という奢りで上る。
母の依存が強く感じたので 中腹で支える手を緩める。。
母は 踏ん張り坂の途中で止まり「引っぱって」と言う。
「自分の足でゆっくり頑張って きっと大丈夫よ」と励ます。
こうして 母の足で歩くようになった。

降りる時も「身体を起しながらね」と声掛けをしながら60パーセント母の力で下りられた。

近くのファミレスでこちらの昼食。
母には ブラマンジェとドリンク。

食事を済ませて近くのドラックストアに足を伸ばした。
その間も特に何もしなくとも「痛い」と言う言葉は出ていた。
施設に向かう帰路の道すがら「あのね お医者さんも療法士さんも動かした方がいいといっているから 頑張ろうね」と伝えた。
私の理詰め説得方法である。
母が「あなたには敵わないわ」という逃れられない説得工作。
最近は 殆ど使わなくなっていたのだが…。

母の反応はイマイチ。
どちらとも判断がつかない。
これは スローな拒否なのだが…。
「私は無理ばかり言っているから 来ない方がいいかもね」と言うと母が 私の手を放して じっと下を見詰めた。
母が何処まで言葉を理解しているのか…も気になっていたので そういう刺激的言葉を発したのだった。

この反応に 母は十分理解していると知った。
初期の頃ほど 激しい反発ではないけれど それでも今の母にとって精一杯の反発だろう。

「ごめんね。お母さん 大好き。大事な大事なお母さんだから…」と言葉をかけて 手を繋いで再び歩き始めた。
施設が近くなった時 歩く速度が緩んで来た。
「寒いからお部屋に入ろう…風邪でも引いたら大変だものね」と施設に戻った。

自分で好きなように動けない母 意思を伝えきれない母。
判っていながら こちらの思うようにしてしまった事。
「駄目ジャン」と反省。。。

夕方から 娘の中学時代のPTAの仲間と会う。
何年ぶりだろう?2.3年ぶりかな?
今日のメンバーは 皆さん「ばあば」になった方ばかり。
可愛いお孫さんの写真を持参していた。
お孫さんのお話をする時の表情は皆さん目じりが下がっている。
お嫁さんやお婿さんのお話をする時は とても真面目顔。
内なる思いを押し込めながら 山を乗り越えて居られる御様子だった。

キラキラとお話なさる仲間の表情に今の幸せを感じた。

小学時代…中学時代…の話にも花が咲いた。
場所を変えて 更に話し込んだ。
 
娘から電話が入り「帰路に拾ってくれる」という事で「久々に 会って見る?」と誘って 娘も最後の1時間くらいは 付き合ってくれた。
仲間も「あらら…」と喜んでくれた。
住まいの場所が変わっているのでお会いする事もなくなっていたので…。
帰路は 娘がアッシー君になってくれて それぞれをご自宅まで送らせて戴く。

久々に 夜の街に出て お店の中の混雑振りに驚いた。
別のお店に予約を入れたら空いていなかったそうだ。
午前零時を過ぎても 人足は引かない…。
地元でもこんな状態なんだ…と改めて知った。


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