母のタイムスリップ日記
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2005年11月21日(月) 嬉しい!

利用者さん訪問。
とっても良い声と笑顔。
お孫さんが元気をプレゼントなさった様子だった。
とても嬉しそうにお話下さった。やはり 家族の力は偉大だなぁ〜。
ふと見ると 壁掛け型の薬入れが取り外されていた。
「ちょっとの間だけ 薬の管理が難しいだけだから…」とご家族が外されたご様子だった。
こちらからはこれ以上は言えないので ご家族の意思にお任せする事にした。
飲み忘れの件は事業所とケアマネさんには伝えてあるのだが ご家族の耳には届いていないのだろう。。。
大きく混乱する前に 目で確認できるようにしておいた方が利用者さんのためには良いと思うのだが…。これで また薬の飲み忘れの確認が難しくなりそう。。。

母の所に行く。
付いて直ぐに「こっちに来て頂戴」と母から呼ばれた。
「まさか今日来るとは 思わなかった」という。
直前に職員と私の話をしていた様子だった。
少し関連しての発言だったのかな?
膏薬を張り替えたばかりで不安そうだった。

居室に入り「ここはどうしたの?」と聞いて見る。
やはり「判らない」と言う。
「転んで骨折したのよ。私が傍にいたのに…悪かったね」と謝る。
「骨折?」「私が?」「そうよ」「…」と哀しげな表情となった。
思い出そうとしている風に見えるが やっぱり思い出せない様子で それもまた心が痛む。

紙風船遊びをした。上手にキャッチして打ち返してくる。だんだん 表情も緩んでくる。
それから お手玉に変える。2個のお手玉でお互い同時に投げて受け取るのだ。
キャッチするだけよりちょっと高度。
ふと 母と同じ年の方の事が気になり 職員に申し出て母の居室に呼んで良いかを確認。
それから お手玉キャッチごっこ。
彼女は 投げる動作が弱くなっている。だから 面会の度に この遊びをしている。
「1.2.3はい」という声掛けをすると リズムに乗って反応してくれる。
すこしづつ 筋力と反射神経を取り戻してくれれば…と願っての事だ。

少し休憩して其の儘 車椅子でウトウトなさっていた。
その間 母の足をマッサージした。どうしても下肢が冷たくなるからだ。
強く揉むと「痛い!」と言うので 弱く強くと交互にもんでみた。

隣の車椅子の彼女の足を触れると 母以上に冷たい。
ゆっくりと揉んでいると目を開けて 気持ち良さそうにしてニコニコと笑った。
おそらく トイレや移動の時を除けば こんな触れ合いは少ない。
こんなに喜んでくれるのなら…と思い立ち 職員にお願いして足浴させて貰った。
練り香水を持っていたので それを足に刷り込むようにしてマッサージ。
隣にいる母も気持ち良さそうに笑顔の彼女をみて「良かった」と言わんばかりに目を細めている。やきもちを焼かれるかと心配だったが…。
仕上げに 化粧乳液を足にすり込んだ。

同じ事を母にもしてあげた。
母はお湯が熱いと大騒ぎ。予測していた事なので 声をかけながら気持ちをほぐした。
足浴が終わる頃に「おやつですよ」の声。
二人でおやつを食べた。

別の家族が外出から帰り「今日は 南瓜煮てこなかったから…ここで煮ましょ」とキッチンに入ってみんなの分の南瓜を煮ていらした。
「このフロアは ご家族が美味しいもの作ってくださるから 食事の時 美味しくないと直ぐ判って…」と職員が言われる。

帰路 ご家族と共に帰宅。
「今日ね 母が『このごろ 判らなくなってしまう事が多くてね』と言ったのよ」と言われた。「そうなのよね。判らなくなったという事を素直に言うようになるね」と返した。
初期の頃は なかなか素直に言えないのに…。
認知症が進行して恐怖感が薄れるせいなのか?それとも 適度の距離を保った良い関係になったからだろうか?実に素直に そういう事を言う。
骨粗しょう症で 痛みのため一時的に歩行すら出来なくて 食事も自力では無理でミキサーオンリーとなっていらしたのに…。また ちゃんと普通食に戻られ 歩く事も出来るようになった。「腰の上がりが母よりずっと軽いわよ」と声をお掛けしてから ご家族も面会を増やしていらして1歩1歩と良くなられた。
「認知症は治らないけれど 良くなる事を目の当たりにすると嬉しいものね」とも言われた。 同じ喜びを得ている人がいると知り 嬉しくなった。

いろんな事で気持ちが沈みこむばかりだったが ちょっとだけ上向いてきたみたいだ。


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