母のタイムスリップ日記
DiaryINDEXpastwill


2004年12月30日(木) ふうっ!


 朝から外周りのお掃除 ガラス磨き 玄関 玄関前 ラストスパート。
駆け足の仕事だけれど 何とか終了。

母を迎えに行く。
行きは娘に送ってもらい荷物を詰め込んで駅前まで送って貰い娘とバイバイ。その後は母とお買い物。
夕暮れの町は混雑していた。
「迷子にならないでね」と言っても 母は久々の活気有る町の様子に嬉しそうだ。スーパーや銀行 デパートと場所を移るたびに「もう おしまいなの?」とつまらなそうに言う。
こういう時の母の言葉は完全で有る。

大荷物となると「重そうだね。私も持つよ」と言ってくれる。
荷物を少し分けて軽い物のみ母に託した。
「お腹すいた?」「うん。でも我慢しているよ」と言う母。
そういえば自分から「腹減ったな」と言わなくなっている。

こうやって動き回っている時の母は ほんとに正常に近い。
いや 歩くのは腕組みしてでかなり支えが必要で段差も「気をつけてよ」と前もって注意しないと危なげであるのだが…。

家に戻って 夕食の支度。
と言っても副菜は有るので…。主菜のみ。
「お肉?」「お魚?」と聞くと「肉 魚」「肉 魚」と幾度も反芻して考えて「お肉」と言った。こういう事はちゃんと考えようとするんだな。

ご飯もちゃんと食べた。おかわりとは行かなかったけれど…。
どうやら便秘をしているようだ。
施設では何の申し送りもなかったなぁ〜。

食後 布巾を洗ってもらった。
お湯を貯めておいたら「温かいね」と言いながら洗っていた。
その隙にお布団を敷き寝室に暖房を入れた。
戻るとちゃんと濯いでおまけに水周りを綺麗に拭いてくれていた。
こういうところの能力は大丈夫みたいだ。

それから 年賀状を書いて貰う。
一枚目は 綺麗に書けた。が2枚目は字がくっ付いて危うげ。それでも 母らしい文字で有る。
5枚ほどでお手上げ「貴方 書いてよ」の依存状態。
早々に切り上げて 折紙を渡した。
折るかと思いきや「書くもの」と言う。
エンピツを渡すと「書く準備をしようと思うけれど 何を書くのだったかな?」と書き込んでいた。
将に母の頭の状態そのものである。
これが現実。

ギリギリ起きて貰って9時30分にトイレ誘導。
此処で20分以上奮闘。
なかなか回路が繋がらないのである。大が肛門近くに有るのに…いきめないのである。「お腹力入れて」も「気張って」も全く通じない。
へらへら笑うのみである。
でも時折いきむので「上手ね。頑張って。その調子」奮闘。
おかげで中量でた。でもまだ残っているようだ。
それでも「もう 疲れた」と言うので切り上げた。

其の儘お風呂直行。
身体を洗い入浴。「あつい」と騒いだが母の適温なので歌って誤魔化した。
最初はいつもそうだし 今日は寒いから体が冷えているんだもの。。。

湯ががり後2階の寝室へ。眠ったと思いきや どっこい起きていた。
だから10時から午前零時まで2階とパソ前を行ったりきたり。
再度トイレに誘導し 排泄後 ようやく寝入った。

この調子だと明日は起きるの遅いのかな?
でもいつものように起きてもらわないとなぁ〜。


はな |MAILHomePage

My追加