母のタイムスリップ日記
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2004年12月14日(火) 最近の母は…こんなです。。。

母は 今 自分のいる場所をボンヤリとしか認識出来ていないだろう。
はっきりと認識できるのは 食事の時だけかもしれない。
食べるためにテーブルに着くことだけは未だ確実にできる。

トイレは あやふやであろう。
排泄したいと思っている時は 大概出た後になっている筈である。
それでも時折繋がる回路でトイレに歩いていく。
でもトイレのドアを開けても そこが用を足すところという事までは頭が働くなっているように見える。だから ドアを開けても 中に入る事もあまりないだろう。でもトイレを探している母。
探しているうちに全部オムツに出してしまい 何のために動き出したかすら忘れてしまう。こういう事の繰り返しだろうと想像する。

それでも排泄したいと言う気持ちが有る事を尊重してあげたい。
職員に求めても無理だろうと思うから 面会の時には 時間の許す限り排泄誘導をする。

今日も「お出かけするよ」と言うととても嬉しそうに「出かけられるのね」と言った。
「その前に 便所に行こうよ」と言うと「出ないな」と言いながら「出かけるならしなくちゃね」と言った。
この関連は 理解できたようである。
便座に座って貰って暫くマッサージして 踏ん張って貰った。
「おしっこよ」というと「あそこは なかなか遠いんだよ」と言う。
「おしっこは何処に有るの?」と聞くとお腹を指し「何処から出るの?」と聞けば「ここ」と反応する。
繋がったのを確認して「おしっこを出してよ」と言うと「出ないな」と言う。幾度かこんな事を繰り返して…ようやくチョロチョロと出た。
これで終わりかなと思う。
でも実は そうではない事は これまでの出来事で分っている。
立ち上がった途端シャーと出てしまうことが度々ある。
だから その後も「おしっこよ」と繰り返した。
また幾度か繰り返していると…。
「今度は 大きいよ」と言った。
「大か?」と思って身構えたが 実はさっきよりたっぷりの排尿の波が来たのだった。「待ってよかった♪」
「凄いねぇ〜 偉いねぇ〜」と言うと母はニコッとした。

排泄は殆どこんな具合である。
便座に座っていて 私が少し離れた時急に立ち上がる時がある。
立ち上がっておしっこを出してしまう。
私は トイレが認識できて居ないから尿意をもようした時 「遺憾」と立ち上がってしまうのではないのかなぁ〜と思う。

施設に託している以上 母の排泄に合わせて誘導してくださいとは言い出しにくい。

「夜間 尿漏れ対応のためフラットオムツに出来ないでしょうか?」と言われたのは 大分前の事だ。
だから尿漏れパットを準備して置いてある。
けれど私の認識は夜間対応のためのものだった。
それと外出でトイレに直ぐに走れるわけでない状況になる時の対応のつもりだった。
が 最近 トレーニングパンツの減り方よりも尿漏れパットの減り方が早くなってきた。そして日中でも尿漏れパットを着用している。
そんなわけで 家にはトレーニングパンツが溜まり始めた。
「どうしたら良いのだろう?」
これから先は 役所に尿漏れパットを申請すればいいけれど…。
でもこの在庫…。
私も管理が甘かった事は否めない。
減り方が遅いと感じた時に直ぐ変更しておけば良かったのだ。
尿漏れパットは自費で購入している。
それも枚数を頭に入れて購入している。それが倍速でなくなっていき補充していく事になっていた。
それともうひとつ トイレットぺーパーの補充がない。
仕方ないので家からペーパーを運んで補充している。
一時的にティシュボックスを置いてみたけれど 変わりなかったので持ち込むことにしたのだ。
どれくらい続いているだろう。。。

今日のお出かけでおしっこのお漏らしは少しだけ。それも車の移動の時で仕方なかった。後はトイレ誘導でちゃんとトイレで排尿できている。

排泄先行で話が来てしまったけれど…。
文字認識だって衰え始めている。
今年初めは 感じも辛うじて読めた。今は直ぐに読めなくなっている。
今日 外に出た時 公園の石碑を読み始めた。
中は読めたが その後が全く読めない。「中○○○○」頭をかしげながら幾度もそう繰り返した。
「中でしょう。○でしょ。次は○でしょ。後は公 園だよね」と言うと「そうか そうか そうだ 公園って書いてある」と文字をちゃんと読んだ。
こんな風だから 母自身 忘れっぽくなっている事に気が付くのだろう。
「読めていたのに読めなくなった」と言う現実が今の母には理解できているのだろう。
「おかちゃん ごめんね 分らなくて…」と言う言葉はこの所どんどん増えて来ている。
以前は「何をそんなに謝るのか…」と思ったけれど…。
でもこの所 母の思いが少し見えてきた。
勿論 入所者との事の場合もある。それは 母の視線でよく判る。

面白い事がある。
道路で赤信号で止まっている車が有ると何故止まっているかは判らない。
横断歩道で赤信号のため渡らないでいると 何故渡らないか判らない。
目の前の車は止まっていても 右折左折車が有るので渡れないのだけれど…。そこまでは理解できない。
そのくせ歩道を歩いていて 私が他の事に気を取られて自転車が来るのに気が付かないでいると たとえ遠くであっても私の腕を引っぱり避けなさいと訴えるのだ。
何が理解できて何が理解できていないか…こういう事を通じて見えてくる。

危機意識は 有るのだ。

今日は 入所している他のご家族とのお出かけだった。
時折 同行させて戴いているご家族である。
その方のご家族の顔を覚えたようである。
一緒に行動している事を認識できていた。
だから その方たちと少し離れると「こっちよ」と目で訴えていた。

本当に不思議な感覚である。

同行なさったご家族が言った事がある。
もう ほんとに沢山食べたので 娘さんが「美味しかった?」と聞いた。
「ん そんなに美味しくなかったよ」とお返事なさった。
そりゃ 私たちの食べる分までも食べつくしたのに…。
娘さんは「いつも こうなのよ。でも友人の親もそうだと言うから…」と言われた。でも 甘いフルーツを更に食べた後 娘さんは再度「美味しかった?」と聞いた。すると「美味しかったよ」と言われた。
実は 前の「美味しかった?」の前に 娘さんが「よく入るわ…」と散々言われていたのだ。この記憶が残っているうちに「美味しかった?」とお聞きになったのだった。
勿論 後の「美味しかった?」の時には 余計な言葉は発していない。
母たちの意識は こんな風なのである。

テーブルから立ち上がる寸前「ご馳走様 お勘定お任せ…」と言ったら。。。
「あたしゃ お金なんかないよ」と入所者。
母はと言えば「有るよ」とお財布を捜し始めた。
でも お店に入る時は「私お金持ってない。。。」と言ったんだ。

へへ こんなやり取りが 時折飛び交う私たち親子。
でもいつも「お金預かっているから心配しないでね」とだけはちゃんと伝えているのですが…。


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