hazy-mind

2007年06月09日(土) 『さむしな姫』 短編


さむし菜の森で、
さむし名の少女に逢った。
いや。逢ってしまった。
「さむし。さむし。」

さむし名の少女はそう、呟きながら
こっちをみないで、ふるえている 
しゃがみながら、泣くように。

「さむし名の少女に逢ってしまったら、あきらめるしかない」
そんな言葉を思い出した

なにをあきらめるかまではわからなかった

わからないけれど
なにかをあきらめて話し掛けた。

「さむし名の少女」と

少女はこちらをみた そして

「それは私の名ではない」と

そういった。

私の名は淋しい名だから
誰にも呼ばれたくなく、言いたくもないと。

そう、いった。

「さむし。さむし。」

またそう呟きはじめた。

それが、その音が
『寒し。淋しい。』
だと気づき、思ってしまったとき。
また何かをあきらめたのを感じながら。
さむし名の少女のそばに寄った。

「さむし。さむし。」

さむし名の少女の鳴き声がやむことは
なかった。

気がついたら
朝と昼をあきらめていた。
また気がついたら
夕と夜をあきらめていた。

さむし名の少女から離れることが
できなくなっていた。

きっと、いつのまにか
自分をあきらめていたのだろう。

「さむし。さむし。」

最後に残ったのは
さむし名の少女だけだった。
他にあきらめていないものは。だけど。
探す気にもならなかった。

こわくなった。
さむし名の少女をあきらめてしまったら
すべてがなくなると。

怖くなってから、
さむし名の少女をみたら
少女は笑みを少し浮かべながら、
こっちをみた。
見て。それから

「さむし。さむし。」と
いつまでもくりかえしながら
泣きはじめた。悲しそうに。
泣いていた。


なんとなく。ふと。
ただ。ふと。なんとなく。
さむし名の少女の名前をきいた。

泣きながらも少女が教えてくれた名前は
たしかに、
淋しい名前だった。

だけど
名前を呼んだ。
何度も呼んだ。

少女が驚いて泣きやんでも。呼びつづけた。
少女を怒らせようと。
呼んだ。つづけた。

おこらせれば、寒くも
淋しくも。わからないけれど。
楽になるんじゃないか、と
おもって。
ただ。ただ。ただ。


少女が笑って、
笑って。バカと言った。

あきらめたはずのものが戻っていた。
日の光がまぶしいとおもい、
淋しな草の匂いに気づくと。
一人。

森の入り口にたっていた。


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