経る時・・・
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日が経ちました。「経る時・・・。」を書き始めて
日目です。
2003年01月29日(水) |
『論語』を買ってきた・・・。 |
何を思ったか、書店で手にとって買ってきた。厚手の原文が書いてあって解説が ないものと、日本語というか、現代語の解説してあるもの。
論語・孔子。 知らない人はいないだろう。学校で習うからね。 元々、高校時代から、古文・漢文の成績だけは良かった。 たぶん、オール5というのは、古文・漢文と、商業法規だけだったような・・・。
『論語』からの日本語の出典は多い。温故知新・切磋琢磨・呉越同舟などなど・・・。 知らずに使っている人が多いだろう・・・。
ちなみに、中国語に興味があるわけではない(^^; 大学での第二外国語の履修は『フランス語』で、翌年は『ドイツ語』・・・(^^;;)
ざっと斜め読みして目にとまったのが、誰でも知っている「爲政第二」の中の 年齢訓とも言われている一節だ・・・。
「子曰、吾十有五而志于學。三十而立。四十而不惑。五十而知天命。 六十而耳順。七十而從心所欲、不踰矩。」
この書き下ろし文は・・・。
「し、のたまはく、われじゅうゆうごにしてがくをこころざす。 さんじゅうにしてたつ。しじゅうにしてまどはず。 ごじゅうにしててんめいをしる。ろくじゅうにしてみみしたがふ。 しちじゅうにしてこころのほっするところにしたがへども、のりをこえず。」
解釈は・・・。
孔子は言った。「私は十五歳のときに、學問によって身を立てようと決心した 三十歳で自分の立場ができた。 四十歳で自分の方向に確信をもった。 五十歳で天から与えられた使命を自覚した。 六十歳でだれの意見にも耳を 傾けられるようになった。 七十歳になって、自分を抑える努力をしないでも 調和が保てるようになった。」
これを見ると、あぁ・・・まだまだだなとおもう。あと数年で「不惑」だが 惑いっぱなし(^^; どうしていいかわからず、生きていく目標すらなく・・・。 相変わらず、グルグルしてるものなぁ・・・。
思うに、+10〜15歳くらい上乗せしないと、今の日本人には合わないような気がする。
大学を出て、社会に出るのが22〜25。社会的に立場が出来てくるのが35〜40。 丸くなるといわれる(^^;50歳くらいが「不惑」じゃないだろうか?
ちなみに80歳の記述が無いのは、孔子が73歳でこの世を去っているからです。
なんで読もうと思ったのは判らないが、毎日、一節ずつでも読んでみようと思う。
でも、なぜか、急に向学心に燃えてきたのだった??? 昔習った、『簿記』のテキストを引っ張り出してみたり、 『シスアド』や、『危険物』の資格等も取ろうと思うし。何でだろう(^^?
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