何故だろう、ときどきひどく、無惨な気持になるどこかへ行くのは簡単だと思いたい。ここにあるものみんな、閉じ込めて出ていけばいい。もしかしたら、と思う。ここは柩にするためにあるのかもしれない。満ち足りることは自由だ。誰にも強制されないし、むしろ奨励されているとも言える。飢え渇くよりも健全で、欲望よりも謙虚だ。それでも、どうしてだろう、いつもひどく無惨に思う。 いたくない、 いた くない、 もう何も、欲しいものなんか無い、↑光が目に届かなければきっと、おなじこと。My追加