hikaru日記

2005年02月20日(日) 訃報

 今日は、前振りなしで本題行こうと思います
このことについては日記に書くかどうしようか迷った部分があります。
書くことによってその事実を認めてしまうような気がしたものなので
でも、2週間がたち、その事実を見つめる機会が多く、現実のものとして受け止めなければいけないとも考えられたので今回書くことにしました
自分自身、その事実を受け止めたくないという、現実逃避的な部分も当時はありました
 事は2月4日でした
突然、大学時代の友人から電話がかかってきました
久しぶりの電話だったので、ちょっと意外な気がしました
他愛ないメールを送っても、最近は返信がなかったもので
 で、出てみると本人ではなく、弟だったんです
兄が亡くなったというのです
それを聞いた瞬間は声が出ませんでした
自分自身、全く予想していなかったことだったせいもあります
友人の中にはそうなるかもと心の片隅にあった人もいたみたいです
少し話を聞くと、自ら命を絶ったようです
その友人はうつ病であり、そのことも知っていました
でも、想像は全くしてませんでした
これには自分が、精神関連の病気に対して、考えが甘いというか、自分自身認めていなかった部分が大きいと思います
 その友人の葬儀などは身内だけで済ませたので、友人を集めて線香だけでもあげに行こうということになりました
連絡をかけたところ、11人集まり、それだけ人望の厚かった人物だったと改めて知るところとなりました
山形、仙台、名古屋などに拠点を移している友人も着ました
でも、自分のなかではその連絡を友人一人一人にしている間も、現実味に欠けていました
正直に書くと電話している間にも、誰かがドッキリだよとか、はめられているんだよと言ってくれることを望んでいました
それは、みんなで集まって、友人宅に向かうときもその気持ちがありました
友人宅についても、本人がひょっこり出てくるんじゃないかと思っていました
友人の部屋に通されて、遺骨を入れる白い箱を見るまでは
あの時、涙が出なかったのが不思議なくらいでした
 なぜ、自らの命を絶ったのか
その理由は、うつ病であるともいえますが、その根本となるところは誰にも分かりません
昨年の10月ころにあったときは、薬も飲まなくなって、外に出るのもコンビニに週1回くらい出る程度と聞いていました
でも、それほど沈んだり、無口であったりすることはなかったように見えたので、それほど心配はしていませんでした
結局、それがその友人に会うのが最後となりました
10月、11月にその友人を連れ出そうと旅行やドライブに誘ったりしたのですが、無理強いはしなかったんです
今、思うともう少し積極的に誘うべきだったかと思います
これは奢りでもなんでもなく、卒後自分が一番最近まで連絡とっていたし、一番多く会っていたし、接してきたのにという念もあります
 今、考えるとその友人には言いたいことがいくつかありました
それは言わなくて正解だったのか、間違いだったのか分かりません
その時は、言いたい事があると言われ、その言い分を聞いただけでしたけど自分の言い分ももちろんあった訳で、言おうかと思いましたけど相手もそれほど気にしている風でなかったので言わなかったんです
6月くらいだったと思います
正解か間違いなんて問題でなくて、言えなかったことがあるのは心残りです

 ここに書いたことで、友人に対して失礼なこともあると思います
全然、書き足らないこともあります
正直、言葉にするのが難しいです
ただ、一ついえることはこの友人は自分にとって大きなウエイトを占めていたということ
これだけは生涯変わることはないと思います


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