| 2005年07月07日(木) |
限りある生き物ですから |
なんだか、だんだん世の中が住みづらくなって来ています。と、言うか自分がズレてるだけなんだけど。ここのとこを理解できないと、自殺とか、刺殺とか、はた迷惑で短絡的な行動に走ってしまう訳ですよ。生きるのと死ぬのなんて単純に考えても死ぬ方が簡単な訳ですよ、物理的には特に。意思決定は、一人だとかなりの決心と言うか決断力を要する人も入れば、衝動的に行う人もいたりしますが、集団でする場合は人見知りの私にはかなり信じられない手段です。
だからと言って、一人で決断する勇気はないです。衝動的って言うのも先ず無い、特に最近、こう、自己嫌悪とかはあっても良くも悪くもエモーショナルな瞬間がほとんどない、かなり鈍目の精神状態が続いているし、もとから客観的というか醒めた目線で自らを見る習性がついているので、自殺なんて簡単な方を選ぶのはプライドが許さない。
でも、生きてく上で出来るだけ手抜きして楽な、簡単な方を選ぼうとする習性も無きにしもあらず。そう、人間て矛盾した生き物だってことがわかっているから、『しょうがな』って言葉のオールマイティーさを粛々と受け止めて時間の流れに身を任せている訳です。そう考えると“のいるこいる師匠”はある意味哲学ですよ。
はて、何が言いたいのやら私は。
なんだかまた、周りで所帯を持とうって知り合いが出て来たようで、もう脱帽ですよ。ええ、私がいつまでたっても殻に籠っているお子様な訳ですが、三十路を超えてまでなお自分さえ理解できない、または、あまりの器の浅さに他人様を受け止める容量が無いと心得ているものですから。
なんだか、男性にしても女性にしても自分が出会う人はなるべく幸せ、というか良好な人生を送ってもらいたいと思うんですが、そこに自分が関わる事でマイナスが生じる、もしくはマイナスな自分であるが故に、相手の気分を害してしまう、また、気分を害してしまう自分に自己嫌悪でマイナスのスパイラルに陥るのが怖い訳です。
これを言い換えると自分が傷つくのが怖いとも言いますが、まあ、人間の考えている事なんて、主観を換えれば幾通り、言葉を換えればまた幾通り、そしてそれを理解する側の理解力のレベルでまた幾通りもあるんで、なんとでも言ってくれって感じです。
とにかく、なんだ、私には出来ない事をしようってその勇気に乾杯。そんな訳で子供が出来たそれはまたもう神々しいばかり。でも離婚とかしてもほめません。だってそんな物はとっくの昔に見ていますから畏怖の対象たり得ません。むしろ、不倫の末子連れで再婚とか言う荒技、荒波をかましてくれる方がいたら、スタンディングオベーション!国際結婚だったらおひねりの一つでも投げちゃいます。
さて、何の話をしてるんだ…?
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