****** Diary ******

音楽話とはだいぶ無関係な普通の日記だったり…!?
ワケわからない固有名詞や文が出てきても気にしない。気にしない。
毎日読んでいれば、その内わかるはず。はず。


2005年03月05日(土) これから。。。

ず〜っと服を作ってきたから、これからも服を作るのかなぁと思っていたけれど
実はもう服は作りたくないという気持ちがあって、それは日に日に大きくなってきました。
修了製作ショーで、課題の一番最後にドレスを作りました。
マーメイドラインのドレスで、リボンやビーズやスパングルの刺繍。
刺繍は三日三晩やり続けてたくらいでは終わりませんでした。
12月から始めて、1月中旬まで毎日12時間くらいやっていました。
いつまでたっても終わらないドレス作りと、ショーの人間関係に
流石の私も鬱になりました。図太い神経の持ち主なのに…。
刺繍が嫌いになったわけでも、服が嫌いになったわけでもないけれど
もうやりたくないと思いました。

そして、2月の始め、内定を蹴っ飛ばしてみた。
そこの会社が説明会の時に「ウチに来たくなければ内定辞退して頂いても全然構いません」と言ってたので。
ホントに辞退してみた。理由はある。
高校時代から6年間、ファッションを勉強してきたけど、私はファッションじゃないと思って。
6年もやって今更なんですけど。
とにかく、もう嫌になって。理由は…
ファッションに魅力をちっとも感じなくなっちゃって、本当にやりたくなくなって
絶対楽しくなさそうだと思ったからです。
そんなわがまま言ってんじゃねー、世間は甘くないんだぞー!
って意見も出そうですが。自分で決めたことです。後悔してません。

それで、私はやっぱり音楽をやりたいと思いました。
デザイナーは一生やりたくないと、就職試験を受ける度にその思いは強くなりました。
でも音楽は一生やりたい。
ダサい服でも生きていけるけど、ダサい音楽しかない世界は生きていけない。
今まで何があっても音楽は私を見捨てなかったし、音楽あっての私でした。
学校をサボって海外までコンサート行ったり、熱心にレポートを投稿したり
全身全霊をかけてきたモノってファッションじゃなくて音楽だった。
ファッションというフィールドで苦杯を飲み続ける気はしなくて音楽に身を捧げるなら、何でも出来ると思った。
服の販売員はなりたくないと思っても、CDの販売員はなっても良いと思ってる。もうココからして情熱の違いがわかる。
今まで何度も服作りで涙を流してきた。辛いことも楽しいことも沢山あった。苦労の連続だった。
素晴らしい作品やショーを何度も作ってきた。技術や知識も沢山持ってる。
だけど、それに勝るのは音楽と向き合う気持ち。これは絶対に折れない。
音楽に関わることなら何でも良いよ、何でもやる。


ソニックマニアのボランティアで、10代のメンバーの子たちはVELVET REVOLVERを知らない子が多く
「あのバンドは何者?!すごいカッコイイ!!」
と騒いでいたのでガンズのデビューから再結成から代表曲からアルバムまで何から何まで、全部説明してあげた。
するとみんな、真剣なまなざしで私の話を聞き、色々と質問をしてきた。
ひとつひとつ詳しく返すと、みんな納得して「オレ、このバンドのCD買う!!」と言ってくれた。
ファンが一気に何人も増えた。彼らはCDを買って新しいバンドの開拓が出来て良かったと満足している。

自分の知ってるものや見たものの魅力を人に伝えることが好きだから、それに関わる仕事をしたい。
私が「ずっと笑顔で一生懸命になれる舞台」ってそこだと思う。
その舞台に立つことが出来るなら、なんでもやってやろう!と思った。
デザイナーになるためにはまず販売してアシスタントして、、、という道が必ずあって
私はそれをしてまでデザイナーになりたいとは思っていない。
でも音楽に関わることなら、どんなに小さなことでも仕事として経験したいと思ってる。
10年近く、音楽を真剣に聴いてきた答えがやっと出た。
今は内定を蹴っ飛ばして、フリーターにでもなってしまう自分がいるけれど
やりたい事がやっと本当に見つかって、不安はない。やりたい事さえない事が一番不安なの。
でもきちっと目標があるから、絶対に諦めたくない。そう思って、ファッション業界とは縁を切ることにした。
自由にならないと、自分が見えないんだなぁって本当に思いました。
友達に内定を辞退したことを言うと、こういう言葉が返ってきました。
「こういう道になったのもきっと、そのまま行ったら不幸になるからこの道が用意されたんだよきっと。」
友達の言葉にじ〜〜んと来ました。
たしかに、あのまま進んでいたら楽しくないだろうなぁと思われる道でした。

その翌日、運良くラジオ局の求人を発見して、履歴書を書きました。
「ラジオかぁ。この前、LA旅行も当たったし、今度は求人に当たってみようか」
こんな軽いノリで、100円均一で買った履歴書(学校指定のものだと、あまりにもアパレル過ぎるから)
にラジオが好きだという気持ちを書いて、ラジオ局に持って行きました。
仕事は製作ではなかったので、自分のやりたい事とはちょっと違っているようでしたが
私の人生、良く考えたらラジオに随分と左右されてきたので、ラジオだったら何でも良いやと思いました。
新卒だし、服しか勉強して来なかったから、とにかくラジオ好きをアピールしたら
次の日電話がかかってきて「明日から勤務して下さい。じっくり研修期間を設けました」
と連絡が来たのです。今年はきっと運が良いんだろうなぁ〜と思いました(笑)
契約社員という形で雇われて、私的には1年勤めて他の仕事をしたいと思っていますが
局からは「10年いてくれても構いませんよ」と言われました。
それからずっと、仕事が始まって、毎日覚えることだらけで失敗も多いですが
10コ上の女の先輩はとっても優しくて、相性も良いらしく可愛がってくれます。
たった1週間で、いろんな製作会社の人や広告会社の人やタレントさんと関わりました。
リスナーさんとも、質問やクレームの電話で関わりました。
CDやレコードは局の中を飛びまわっているし、スタジオの様子も興味深々で見てしまいます。
ウィークディは洋楽とか演歌とか普通の曲が流れて、金曜日は政治討論番組で、土日は競馬番組なので
決してメタルはかからない局ですが、たま〜にBON JOVIとかが流れてきたりして楽しいです。

今は仕事を覚えるので精一杯ですが、1年後はどうなっているかはわかりません。
ラジオがしたくてラジオ!というわけではなく、なんとな〜くラジオという感じで来たので。
でもラジオは普通の人よりは遥かに聞いてるし、好きだというのはハッキリ言えますが。
まさか仕事にするとは自分でも全く想像していなかったので、まだ実感がないというのが本音です。
実のところ、登録制のバイトでやったようなイベント系の仕事の現場で頑張っていたい気持ちもあるので
本当に1年後どうなってるかなんてわからないのです。
もしかしたらファッションやりたくなってるかもしれないし(笑)
とにかくやりたい事をやってみるのも良いかなぁと思います。ひとつに止まらず。
今は服にとらわれず、とても自由な気持ちで物が見られるようになりました。
まぁこのままずっとラジオだったら、10年後くらいにラジオ局を作りたいですね。
1日に10回はAC/DCが流れるラジオ局!あると良いなぁ〜。
アメリカみたいに、メタルステーションができる日が来ると良いなと思った事は何度もあるし
もしかしたら私にもそれが出来るかもしれない、という可能性が出てきたのです。
1ヶ月前まではそんなことは少しも考えていなかったけれど。


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