日記
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ぷはぁ〜〜・・・ ネットで癒しについていろいろ調べてたんだけど・・・ 疲れた(−−; てか量の多さに驚き!(苦笑
こんなに『癒し』って必要とされてるんだなぁ・・・と思ったり。。 今から自分がやっていきたいのもこっちのほうだしねぇ。
昔はずっと『心理学』というのに興味があり、けれど知っていくうちに、 自分が求めているものとはなんだか少し違う気がして、結局興味自体も薄れてきて 普通の毎日の生活に埋もれ去ってしまっていたんだけど、最近自分の心の中を 見つめないといけないことが多くなって、そういう想いがを閉じこめていたせいで 体や精神的な面に支障をきたしてきていることに気づいてしまった(−−;
心理学系の大学に編入することも考えたりはしたんだけど、 そっちに進学して病院で患者さんを見ていくよりも、セラピストとしての 勉強をしていくほうが自分には向いているのじゃないか・・・と思ったりして、 一番近くにあったカラーセラピーの勉強から始めてみることに。
去年一年はとても、もがいていた年だったと思う。 周りの影響からか、安定した職につきほどほどの趣味をしつつ、まだ相手もいないのに いつかの結婚のためにと、それほど好きでもない仕事に満足するよう自分に言い聞かせ、 結婚するときの条件を少しでも上げようと、そんなことばかり考えていた。 そう、実際はどうなるかなんてわからないのに、安定した結婚生活を理想とし、 その為に今を生きているような感じだった。 けれどなんだかときどき現れて消えない虚無感や焦燥感。。。 そんなことから目をそらそうと、異常なほどに友達と遊びに行くことや、エステに 通うことに時間とお金を費やしていた。 彼氏が欲しいと言いながら、実際に付き合おうとすると逃げ出してしまう自分に 悲しくなったりいらだったり。。 言ってること、やっていること、思っていること、すべてが矛盾だらけで、 今思えば、自分の中にある想いを自分自身で必死に隠そう、葬り去ろうとして いただけなのでは・・・と思う。 隠さないといけない理由なんてないよ。。。 他人のことならそう思える、そう言ってあげられる。 けれど、実際は自分がやってるなんて(−− 隠さないといけなかった理由は自分でわかってる。 そう、幼い頃から条件付の愛情しかもらえなかったから・・・。 そういう関係って繰り返されるんだよね。 大人になって付き合った相手からも条件付の愛情を受けていたような気がする。 その『条件』を満たして、愛してもらうことに必死になり、自分の本当にやりたかったこと、感じたかったことは、 全部心の奥底に追いやってしまっていた・・・。 愛して貰うかわりに、自分を一生懸命殺してたなんて(−− まったく・・・(苦笑
前の彼と別れたあと、寂しさを埋めるために誰かと付き合おうとしている自分に気づき、 淋しいから彼氏が欲しいという想いはずっとあったけれど、 そんな理由で付き合うなんて自分にとっても相手にとってもいいことではないと、 頭で理解し始めて、頭と心の葛藤だった。
もうこんなループからは抜け出したい・・・ ・・・でも一人でいることは淋しい、辛い。。。
そうやって自分自身と対話をすることで、何度も逃げ出したくなったり、 消えてしまいたくなったり、ましてやこの苦しみを人のせいにしようとしたりしながら、 けれど乗り越えないとどうしようもないと思い、今日まできたような気がする。
自分と対話をする中で、苦しい今の状況から逃げようと、幸せだった頃の続きを 空想したりして、そういうことにたくさん時間も使ってきた。 けれど、空想した後に残るものは、やっぱり虚無感と焦燥感。。。
この虚無感と焦燥感がなぜわき出てくるのか・・・。 最初は、彼氏がいないせいだと思っていた。 ただ単純に私は一人でいるのはできない人間なのだ・・・と、そう思っていた。 けれど・・・何かが変なんだなぁ。。 何かってなんだろう・・・それはわからない。 けれど何かが違う気がして、周りを見てみることにした。
私は賢くない生き方をする人を馬鹿にしていた。 いや・・・違うなぁ。きっとうらやましかったのかもしれないねぇ。 「夢」を語る友達をみて、「現実をみなよ・・」と思っていたけれど、 どこかで、それに共感してしまう自分もいて、それは日に日に大きくなっていった。 得体の知れない虚無感・焦燥感。。。 一人でいることへの不安・恐怖。。。 夢を追うことを異様なまでに否定する自分。。。
何かが違う。。。何かが違う気がする・・・。
寂しさを埋めるように、毎日毎日忙しくなるようにスケジュールをたて、 なんでそこまでしなくてはいけないのかと思うくらいに、エステにお金を使って 外側を磨くことに一生懸命になっていた。 友達のいない自分を人に見せたくない。。。 周りから外見が悪いと言われたくない。。。
やっぱり、何かが違う。。。
考えて、考えて・・・考えることに疲れてきたとき、なんだかふっとでてきた。
あ・・・あたし、やりたかったことがあったんだ・・・って。
昔の私は周りの人の声なんぞ気にせず、外見なんてそっちのけで、 自分のやりたいことを追っていた。 人がこうしているから、私もこうしないと・・・なんて感覚全然なかった。。 これが自分のやりたいことなの!とはっきり言っていたような気がする。
けれどそんな私は愛されなかった。優しくしてもらえなかった。 淋しかった・・・苦しかった・・・。 だから、やりたいことをやりたいようにして生きることは、愛されないことなんだと 今まで感覚的に覚えてしまっていたんだと思う。
だから必死になって周りと同じになろうとし、そして愛を得ようとしていた。 誰かの望む生き方をしたら、愛されるのだと思っていた・・・。
この一年で、それが間違いだったことに気づいた。 いや・・・これが絶対に間違いだってわけじゃないのかもしれない。 けれど、自分にとっては間違いだったんだと思う。 自分に優しく・・・の意味が少しわかってきたかも。 自分に優しくするってことは、夢を追いたいという自分の気持ちを自分自身の中で、 肯定することなんじゃないかなぁ。
人から愛されるってことは、こちらが相手をどうこうするものじゃない。 だからいくら望んだところでもらえるとはわかるはずのないもの。 それならいっそ最初から、愛されることを目的とするのをやめようって思う。 じゃなくて、とりあえず自分の為にやりたいことをやっていくのがいいねぇ。 虚無感や焦燥感は、きっと夢を自分で確認した時点から、徐々に消えていくと思う。 てか、最近それを実感ちう(笑
すんごく長い文章になったなぁ(−−;
けどその「夢」がきっと、癒しや、今興味のあるプログラミングなんだろうなぁ・・・。 だから、とりあえずはそれを深く追ってみようと思いまふ(^^
日々成長・・・。無駄な経験は一つもない。
なぁ〜〜んてねぇ〜〜(* ̄m ̄)プッ
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