ジョージ北峰の日記
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2010年04月05日(月) |
オーロラの伝説ー人類滅亡のレクイエム |
「---] 「だからドクターが戦場で倒れてもらっては困るのだ」と付け加えるのでした。 画面からは、人間や動物達の発する怒声、悲鳴が聞こえていました。画面が遠景に戻ると、赤い光の軍団が徐々に優勢となり青い光の“軍団”を押し返しつつあるように見えました。 何処までも続く闇と海、海岸では黒い波飛沫(しぶき)がまるで生き物のように激しく打ち寄せるのが見えました。しかし一方サファイアを散りばめたような星空が海中へ溶け込む水平線の合間から、時折縫うように青い光を放射しながらUFOが着水してくる。 陸上では、赤と青の光が火の玉のようにぶつかり合い揺れている。それらが混然一体となって、真夏の夜の夢“灯篭流し”を見ているような印象を受けるのでした。 23 海方向から青い光がどんどん上陸してくる、一方赤い光も前線がY山、Z山の山手から海岸線に向かって移動して行く。戦況の流れは、ラムダ国が優勢になっていました。 さらにどれほど時間が経過したことでしょう。じっと戦況を見守っていた老博士は、私のほうを振り向くと「いよいよ最終段階に来たようだ。このままだと、明け方迄に勝負の決着をつけることは困難になるだろう。その時は女王同士の一騎打ちになる」と言いました。 続けて「女王同士の一騎打ちになると誰も手が出せないのだよ」とまるで他人事のように話す。 「え!それでは両国の戦争は、最後は女王同士の一騎打ちで決まるのですか?」この時、私はパトラやベンが以前話していた過去の両国間にあった戦争の経緯をふと思い出しました。 「パトラが負ければどうなるのでしょう?女王は死ぬこともあるのですか?」 「勿論だとも、どちらの女王も決して勝負を投げ出すことはない。二人のプライドにかけて死ぬまで戦うだろう」 私は愕然としました—一瞬パトラも死ぬかもしれない!と思ったからです。 「私はパトラと一緒に戦いに参加出来ないのですか?パトラが、死ねば、一体私は何の役に立つと言うのです?」少し興奮気味に尋ねますと、老博士は少し困った表情を見せ「先程も話した通り、この戦争が終わればパトラ含めてラムダ国人は人間社会に復帰することになる。その時あなたの果たす役割がとても大きいのだ。しかし、もしパトラが戦いに敗れることになれば、この計画を私達はあきらめなければならない---そんなことはないと思うが」 しかし 「一体ラムダ国とオメガ国は何のために戦争をしているのです?」と、私がこれまで疑問に思っていたことを強い口調でぶっつけますと、「--」しばらく博士は何か考えているようでした。 「この戦争は、実験なのですか?どちらの国を人間社会に復帰させるのかを決める為の!」 さらに「博士が設計した遺伝システムの良悪を決める実験なのでしょうか?」 「--」 老博士は少し考えているような振りを見せていましたが、意を決したように「ドクター、あなたの疑問に答えよう。今の地球人達が何時の時代からか間違った方向に進化し始めたとして話を進めよう。ドクターは、これまで地球人達が行ってきた無節操な行為で(特に20世紀に)地球上の有用な遺伝子がどれほど多く破壊されて来たか知っているかね?この事態をこのまま放置しておけば、地球に存在する貴重な生命全体を絶滅させてしまう。地球の遺伝子システムは一度破壊されてしまうと、設計し直すことは、我々にとってもほとんど不可能に近い作業なのだ。だから、地球人の誤った進化の方向を、出来るだけ早い時期に修正しなければならない」続けて、「もしこの計画が失敗すれば、地球の生命システムは消滅することになる。それだけは、どうしても避けなければならないことなのだ」と話すのでした。 「しかし、私にはこの国の社会システムが民主的で正しいとは思えないのです---国の体制は、むしろ封建時代に逆戻りしているように思えるのですが---」と異論を挿みますと、「そう、現代社会の問題点は、地球人が皆同じ能力と権利を持ち、誰もが同じ欲を平等に満たすことが可能だと考えている点にある。人口が少なかった時代はそれでもよかった。しかし現代のように人間だけが突出して増加した状況下で、すべての人が同じ権利を主張し、皆が同じ欲を満たそうと考え始めたら、一体地球はどうなるか考たことがあるかね?」 「---」と私。 「地球が幾つあっても足らないだろう?」 「博士は、人間が同じ能力、同じ権利を有し、行動原理は誰にでも平等に保障されていると考えるのは誤りだと言うのですか? 人間は基本的に平等に生きる権利、すなわち“人の上には人を作らず”と漸(ようやく)認め合うようになったばかりですよ」 老博士は私の話を遮るように「許された範囲内では人間は、確かに自由平等でも良かった。しかし現代の人間の自由、殊に科学開発の自由は限界を超えているのだ。其処が問題なのだ。一部の人間が無分別に利用している科学技術が、生物としてあるべき本来の人間の姿を変えてしまったのだ。ドクターは人の行動を決めているのは人間の自由な判断と考えているかもしれないが、そうではなく、判断は遺伝子システムに支配されているのだよ。その意味で生物は、もちろん人間も含めて、何をしても良いという自由はないのだ。 だから人間の遺伝子システム自体を修正しなければ、本来のあるべき “人間”を中心とした地球の生態系に戻すことは出来ないのだ。 歪んでしまった人間の遺伝子システムを修正してから、もう一度人間を“社会”に復帰させなければならない。そうして初めて生物と人間が健全に付き合える地球環境を作り直すことが出来る。 人の遺伝子のオーバーホールなのだ」老博士の表情から強い意志が見て取れました。「そこから再度、地球全体の生命システムを変えていかなければならない」 「---」 「しかしラムダ国とオメガ国が何故戦争しなければならないのでしょう。博士の今述べられた考え方と、どんな関係があるのですか?」 それからしばらく沈黙が続きました。そして突然「もしこの国に戦(いくさ)がなかったら、皆は緊張感をどうして保つのだろうか?動物に“完全な平和”を保障したら進化はあるのだろうか?---これは私にとっても大命題なのだよ。ただ近代兵器を使った戦争は誤りだと断言できるがね!---しかし争いを完全になくすことも、また現時点では生物界を健全に保つ上で無理があると考えているのだ」 老博士は少し苦しそうな表情を見せ溜息をつくのでした。 私は博士の今の“話”で、何故か気分がスッキリしたように思えたのです。 「分かりました」私がきっぱりした口調で答えますと、老博士は安堵の笑顔を見せるのでした。 やがて海岸線の方角から、再度ほら貝の音色が風に乗って聞こえてきました。するとそれに呼応して、それまで混然と入り混じっていた赤と、青の集団が二手に分かれ始め、海の方角から一段と明るい青い集団が続々と上陸して来ました。一方山手の方からも、やはり赤い光の大集団が海岸線の方向へ移動始めました。 「いよいよ女王の決戦だ」老博士が呟くように言いました。そして何を思ったのか、私の方へ振り向くと「ドクター、君も参加したいかね?」 「勿論です!」と即座に答えますと、博士は「それなら行っても良いが、あなたは非戦闘員だから戦う必要はない。しかしすでに倒れた敵が突然攻撃してくることがあるかもしれない。とても危険なのだ。それでも良いかね?」「当然です!」私はうずうずしていた気持ちを爆発させるように答えますと、博士は少し笑顔をみせて「それなら、二頭の犬と二羽のカラスを、お供に連れて行くが良い。彼等がいざという時に助けてくれるだろう」と突然---不思議なことに、彼は部屋から消えていました。 24 まるで三次元ヴァーチャルの世界を体験しているようでした。 「彼は本当に此処に居たのか?」と考える暇もなく、ハッと気がつくと私はすでに真暗闇の山中に立っていました。この話はもう少し詳しく説明する必要があるかもしれません。しかし今は、ただ事実だけを述べておきます。 海からの風が背の高い南国の巨木をザワザワ揺らしていました。暗闇の空間で木々の合間から見える星がまるでダイヤのように明るく輝いていました。 私のすぐ傍に、何時の間にか犬鷲の様な大柄のカラスと、彼らを背に乗せた二頭のジャガーが命令を待っていたのです。突然の状況変化に私は大いに緊張しました。 しかし話を先に進めましょう。意を決した私は、「よし出発だ!」と彼らに強い声をかけますと、ジャガーは頷くように私を見て、一頭が前、一頭が後ろについて歩き始めました」まるで “桃太郎”になったような気分でした。 老博士は犬と言いましたが、私には、どう見ても彼等はジャガーに見えるのでした。 私はジャガーをサスケとコジロウと呼ぶことにしました。 サスケとコジロウの活躍については、特に話さなければならないと思います。 サスケとコジロウは体長160cm前後で薄褐色の地に黒の斑がありジャガーとほとんど区別がつきませんでしたが顔かたちは犬に似ているようにも見えました。胸から首にかけて銀色の鎧を着けていました。 サスケは鼻から目の周囲に黒のマスクを被っているように見え、いかにも精悍な野獣に見えました。一方コジロウにはライオンのような鬣(たてがみ)が特徴で、森の王様のような風格がありました。 私はこんな動物を見たことがありませんでしたが、おそらく彼等は老博士が作り出した犬(と呼ぶ動物)なのでしょう。野獣のような怖さ、犬のような人懐こさ、言葉を理解する賢さを兼ね備えていました。彼等は私が付けた名前をすぐ覚えるのでした。
天を突く木々、暗闇の山道は複雑に迂曲している上、道幅が狭く足元には潅木が茂り、一歩進むことさえ困難な状態でした。だが眼鏡附きヘルメットを被ると周囲がまるで昼間の様に見え、小さな花の蕾一つ一つさえ判別可能になりました。 サスケは周囲を伺いながら用心深く前進する、そしてコジロウは私の後ろを少し離れてついて来る。サスケの耳の動きを見ていると、周囲の状況が手に取るように分かるのでした。 彼は左右の潅木の茂みを時折覗き込み周囲の状況を確認しながら進む。一方大カラスはサスケとコジロウの背中にバランスをとってしっかり止まっている。 突然野鳥が木々の合間を、大声を出しながらすり抜けていく。その度に、私は驚きますがサスケもコジロウも気にかける様子がありません。 度肝抜かれたのは、すぐ近くの藪から大型のトカゲの様な動物が“ぬ!”と顔を出した時でした。が、コジロウの唸り声を聞くと、慌てて逃げて行きました。コジロウの唸り声は本当に地底からから響いてくるような凄みがありました。
X山に近づくにつれ、巨木の数が徐々に減り、潅木が茂る平地が増えてきました。するとそこかしこに敵味方の戦士が倒れている姿がはっきりと目に付くようになりました。平常なら、おそらく目を覆いたくなる光景だったに違いありません。しかし私は興奮状態にあったのでしょう。恐怖を感じることはありませんでした。私は黙々とサスケについて道を急いでいました。 いよいよX山の登り口付近に近づいた時でした。サスケが突然立ち止まり前方を睨み、前足を低くして身構えました。 すると、2羽のカラスが“スー”と木と空の切れ目近くまで舞い上がり、音も無く急降下しました。と、同時に2匹の大ネズミが宙に舞っていました。 そしてサスケの前に落ちて来ると思った瞬間2匹の大ネズミの胴体が真二つに千切れ宙に舞っていました。 あっと言う間の出来事でしたが、私はサスケの素早い動きに感嘆しました。それから瞬く間に数匹の大ネズミが宙に舞っていました。この間ネズミの声はほとんど聞こえませんでした。まるで無声映画を見ているような光景でした。私は、思わず“凄い!”と叫んでいました。 一方コジロウは相変わらず、冷静に周囲の様子を伺っている。“なんと凄い!”私が再度コジロウに声をかけますと、彼は“当然”と言わんばかりに私を見返すのでした。
X山は、岩の合間から草木が少し顔を出す程度の岩山で、さらに多数の戦死者、動物の死骸が散乱していました。目も覆いたくなるような状況!そんな状況が山頂まで延々と続いているのでした。 パトラの戦う決闘場所は海岸なので、私はX山には登らず麓の道を海岸の方向へ急ぎました。ラットの攻撃があってからは、大カラスは木々の合間を飛び周囲に注意を払っています。そしてラットを見つけると直ちに攻撃を加えるのです。やがて海岸へもう少しのところまで接近した時でした。 茂みが少し深くなった場所に獲物を見つけたのか一羽の大カラスが急降下しました。しかし突然茂みの中で刀が一閃して、攻撃をかわしきれなかったカラスは悲鳴のような大声を発しました。暫くバタバタあがいていましたが急に動きが止まりました。 緊急の事態にサスケとコジロウは茂みに飛び込んでいました。しばらく争っていましたがやがて静かになりました。事態が把握できないで私は不安になりましたが、茂みから飛び出して来たのはサスケとコジロウでした。コジロウは口元に血をつけて駆寄ってきました。 彼等はカラスに代わって戦ってくれたのです。二頭は共に獰猛な野獣のように見えましたが、やはり私には頼りになる仲間達でした。私は彼等の頭、首筋を力一杯撫でていました。
危険が隣り合わせの戦場下で、動物達が命をかけて勇敢に戦う姿に感銘を覚えるのでした。それにしても「カラスは如何した?」 サスケやコジロウに勇気をもらって、私も茂みに飛び込んでいました。 しかし、其処に---剣に貫かれ息絶えたカラスを見たのです。カラスは即死状態でした。最早、何も出来る状態ではありませんでした。私は涙をこらえるのに精一杯でした。 これが現実の戦争だったのです。戦わなければ自分がやられる。今迄、死んだ戦士や動物たちの死骸を無神経に見過ごしてきました。しかしカラスの死が私に“戦う”ことの大切さを教えてくれた気がしました。 つまり生物としてあるべき姿---“戦う本能の意味”を、身を持って教えてくれたのです。私も戦場では何時死か分からない。当たり前のことなのです。「動物に頼らず、私も戦わなければならない。ラムダ国の勝利を確信する迄は絶対に死ぬわけにいかない!」 “カラスさえ助けることが出来なかった”私はこの時初めて、戦う本能を完全に放棄していた自分に気付き、心の底から噴出してくる悔恨の念に身震いするのでした。 それにしても、老博士の言っていた通り、傷ついた戦士の逆襲は、無差別で非戦闘員かどうかの区別がない。私は強い覚悟を決めました。“これからはサスケやコジロウを無為に犠牲にすることはない”と! 私は必要な時に背中の剣を何時でも抜くことが出来るように準備しました。 25 これまで私は何度か非戦闘員という言葉を使ってきました。読者の皆さんは非戦闘員と戦闘員(戦士)との区別は何処でするのか疑問を抱いておられることと思います。 非戦闘員の甲冑(かっちゅう)には“赤”とか“青”の区別がないのです。 ラムダ国もオメガ国では、戦士と非戦士が戦うことはありませんでした。また通常非戦闘員が戦闘の最中に戦場をうろつくこともなかったのです。ただその日私はパトラの傍に行きたい気持ちで一杯でした。老博士も私の気持ちを察して特別扱いにしてくれたのでしょう。理由は兎も角、老博士は私が戦場に行くことを許可してくれたのです。 話を元に戻しましょう。 もう海岸が余程近いのか、負傷兵の苦しみ呻く声や、立ち上がって歩こうとする負傷兵に攻撃を仕掛ける剣戟の音、怒声、悲鳴が間断なく、あちこちから聞こえてきました。時々人の声とは思えない、動物の雄叫びとも悲鳴ともつかない“ギャー”という叫び声が聞こえてきたのです。 辺りは、さながら地獄絵を見ているような惨況でした。
しかし、一方闇夜の戦場、見上げると、地上とは対照的に熱帯の巨木が風に影絵のように揺れ、その合間に悠久の天空が垣間見えました。 時々、私を非戦闘員と知ってか知らず、か、攻撃を仕掛けてくる敵戦士もいましたが、私が剣を使うまでもなくサスケとコジロウが対応してくれました。 サスケもコジロウも戦いに熟達していました。1頭が攻撃を仕掛け、敵がそちらへ気を逸(そ)らした瞬間、他の1頭が剣を持った腕を攻撃する、そしてライオンが獲物を倒すように相手を引き倒すと、もう1頭が兵士の首筋に咬みつく、相手が叫び声を出す暇もない素早さでした。 私はもともと動物の能力は人間より低いと考えていました。近代兵器を使えば知恵もなく飛び掛ってくる動物を人間は赤子をひねるように倒すことが出来たのです。あの巨大な象でさえ! 人間の能力に比べれば動物達の能力はたかが知れていると考えていました。 しかし今夜のサスケやコジロウの働きを見ていると、銃のような飛び道具さえ使わなければ、人間がたとえ剣や槍で武装していたとしても彼らより劣っているかもしれない---と思えたのです。あらためて動物に畏敬の念を抱いたのでした。
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