ジョージ北峰の日記
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2009年04月13日(月) オーロラの伝説続き

 XXVI
少し話しを元に戻します。北極に降り立ってから、数日して私達は某国のオーロラ観測隊に合流することになりました。彼等はラムダ国から派遣された地球観測隊隊員でした。ラムダ国から私の様な生物学の研究員達が派遣され地球上の各所で色々な遺伝子の採取の活動をしていましたが、一方では地球に起こりつつある環境変化の観測にも力を入れていました。特にオーロラの観測は太陽の活動状況を把握する上で、極めて重要な現象と考えられ、ラムダ国の科学者たちはその規模、発生領域、強度などの観測に力を注いでいました。
オーロラの活動が今後活発化し、地上の生物界の遺伝子に取り返しのつかない変異を起こさせるかも知れない可能性があったからです。
私は憧れていたオーロラに初めて遭遇し、大いに感激していた矢先、この夢のような超常現象が、地上の生物の命運を、今差し迫って握ろうとしていると聞かされた時、(勿論理論的に分かっていたことだとしても)やはりそれが“今だ”となると私は言葉では表現できない虚しさを感じるのでした。
彼等の話によると、太陽活動は少しずつではあるが規模が拡大しつつあると言うのでした。

それから私はパトラと一緒に隊員達とA国の研究所に無事に帰ることが出来ました。
A国の研究室から休暇を取って、どれほどの月日が経過していたか分かりませんでしたが、研究室に戻ってみると、驚いたことに、A国の状況、研究室も私が出かける前と少しも変わっていませんでした。
ボスも周囲の共同研究者のスタッフも、私が出かける前と全く変わっていなかったのです。
自分では数年が経過していたように思っていたのですが、実際は2週間ほど休暇を取って旅行に出掛けていただけだったのです。
私がボスに挨拶しますと「オーロラは観測できたかね」とにこやかに迎えてくれました。そして、研究スタッフを集めて、今後の研究プランを話し合った時も、何事もなかったように皆が歓迎してくれ、私は“ほっと”安堵することが出来たのでした。

私がパトラと結婚したことを報告しますと、ボスや研究室仲間たちも、心から祝ってくれました。
それから私はパトラとの結婚を報告に日本へ帰国することになりました。

故郷は小さな離島の海辺に面した山村でしたが、私が研究で成功したことを知って父母弟、妹は大変喜んでくれました。ただ、パトラに会った時は、さすがに驚いた様子でした。が、早速、母は妹と一緒になって、私が昔よく食べた、懐かしい手作り料理を作ってパトラをもてなしてくれたのでした。又、父は「大層立派になって、私は本当に幸せだよ」と心から喜んでくれたのでした。
素直に喜んでくれる家族に私も嬉しくパトラとの結婚が、間違っていなかったと心から思えるのでした。
最初のうちは、パトラも言葉が理解出来ず少し戸惑っていましたが、日本文化に興味が引かれたのか村人たちともすぐ親しくなり、さらにパトラが日本の文化に慣れようと努力する姿が人々の好感を呼んだのか、殆ど毎日のように人々が訪ねて来るようになりました。
するとパトラも僅かの期間で流暢な日本語を話すようになり、皆と料理を作ったり、畑に出たり、又漁にさえ出たりして、心から村の生活を楽しんでいるようでした。パトラの明るい性格、物怖じしない堂々とした風格に、人々は何時の間にか「プリンセス」と呼ぶようにさえなっていました。
そんなパトラの姿に母は「ほんとに立派な女(ヒト)ね、一体何処であんな好い女と知り合ったのだい?」
勿論私も本当のことを話したくうずうずしていたのですが、老博士との約束もあり「国際発生遺伝学会で偶然知り合ってだけだよ」と答えるしかありませんでした。

日本では突然暖かい異常気象が訪れたせいか、まだ村は、冬が覚めやらぬまま山裾の緑はくすんだ様に見えていましたが、樹幹の合間から桜の花が顔を覗かせ、段々畑には菜の花が揺れ始めていました。夜には大きな月が昇り始め、ふとラムダ国で襲われたパトラに助けられた海辺の情景を思い浮かべ懐かしく感じるのでした。

それから、私は大学へ戻りラムダ国でやっていた研究をさらに発展させ生物の“変異遺伝子”の発見に成功しました。この遺伝子は古生物から、現世生物への転換を促ししたと考えられる大変重要な遺伝子でした。この発見にはパトラも大変喜んでくれました。
日本に帰国してからも、私はラムダ国のことを一刻も忘れることは出来ませんでした。殊にアレクやベン、パトラの父、老博士がどうしているのかとても心配だったのです---そしてまた驚くような話がパトラの口から飛び出したのです。

「パトラ、私はもう一度ラムダ国に戻らなければ」と言いますと。パトラは落ち着いた様子で、「私もあなたも、本当は今すでにラムダ国に住んでいるのです」
「えっ!」私が驚きますと、パトラは笑いながら「あなたには、今ラムダ国が見えないのでしょうが、私達はラムダ国に住んでいるのです」
「しかし、今日本の大学で働いているでしょう?」私が驚いて聞き返しますと「確かに私達は日本に住んでいます。しかし同時にラムダ国にも済んでいるのです」
続けて「あなたの感覚器官のスイッチの切り替えだけの問題なのです」
「パトラは今もラムダ国のことが見えているのですか?」
「いいえ、私は今あなたと一緒に日本に住んでいます。ラムダ国のことは忘れることにしています。老博士が私に、あなたを幸せにしてあげなさいと言ったのを憶えているでしょう---」
「そうですが、しかし私はラムダ国を離れたのではなかったのですか?」
「今のあなたは、日本に住んでいますが---簡単に言うともう一人のあなたはラムダ国の王なのです」
「えっ!私は二人いるのですか?」パトラは少し考えていましたが---少し間をおいて「ラムダ国と日本は裏表の様な関係で、あなたの特殊な能力で感覚器官のスイッチを切り替えればラムダ国に戻ることが出来るのです」続けてパトラは「異次元世界について昔学生時代にならったことを思い出してください、例えば2次元の生物がいたとすれば、自分のいる場所から3次元の世界は見えないでしょう?しかし3次元の世界の生物からは2次元の世界が見えるのと同じ原理なのです」
「私は今3次元の世界に住んでいると思っているだけで、異次元の世界を感じていないだけ---と?言うのですか」
「異次元の世界は私のすぐ傍にあるのだと言うのに---」
「---」パトラは言葉に出さずに、少し流し目で私の方を見て頷くのでした。それは「どきっ!」とする程の魅力的な目の光でした。
その目の光を見て「そうか---昔大学で数学を学んだ時、似たような話を聞いたことがある」と思いだしたのでした。


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