ジョージ北峰の日記
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まだ、まだ、この国について話さなければいけないことが沢山あります。 例えば、この国へ来てから、子供の姿を見たことがありませんでした。子供が一体どこで学習し、一体誰と生活しているのか全く見る機会がなく、私は不思議でなりませんでした。ただ以前にも少しふれたことがありますが、海中戦に出撃して行く戦士達が若い女性で驚いたことがありました。今助けようとしている戦士も、やはり(私の感覚からは)15歳から20歳未満の少女の様でした。 この国に来てから、私はこのような若い少女と身近に会ったことがありませんでした。だから彼女も私のことは知らないはずでした。最初、彼女にとって私が敵なのか味方なのかも分からないはずでした。ただ私の行動から、彼女は私を味方と判断したはずでした。 それはさておき、さらに驚いたことは、子供社会と大人社会がこの国では完全に切り離されていることでした。大人が作る社会はマザーランド(母島)で、子供は大人社会に入るまではドーターランド(娘島)で教育をされる、しかも大人社会に参加するまでは男女でさえそれぞれ別の島で育てられていた。 そして子供達はそれぞれ個性に応じて教育を受ける。戦士に関して言えば、概ね海中戦戦士は女性、陸上戦戦士は男性であった。子供が習う言葉は私には理解不能な人造言語のようでした。私の共同研究者から聞いた話では、少年や少女が地球で広く使われている言語を理解させないようにしておくことが「有害無益な知識や情報を彼らに伝えない」という意味で教育上、国にとっても非常に重要な施策だ、と考えられているようだった。 私は、この国には言論の自由がなく、きわめて統制の厳しい独裁国家では?との疑念を持ったほどだった。 さらに驚いたことにはーーーこの国の子供達には親と呼べる家族概念がなかった。 その理由はーーー(実は驚愕する出来事だったが)この国では、子供達が母の胎内で育つのではなく、なんと!体外受精と人口胎盤を使って育てられているということだった。 人口胎盤とは! 哺乳動物がまるで鳥の様に卵を産み落とし、体外で子供を育てる!・・・となれば、「人類は進化の過程を逆戻りして鳥類や爬虫類になると言うことなのか?」 なるほど女性が、子供を生む労力・危険を避けることが出来る。確かに医学の進歩と言えない訳ではないが・・・。 「本当にそうなのか?」 「進化の過程で哺乳動物が出現してきた生命体の存在のあり方として、受胎の本質的な意味は、全くなかったのか?」、いろいろと疑問が残った。 ただ人類などの哺乳類と爬虫類とでは、前者が固体の発生時に環境の影響を直接受けることがない。この点だけは確かに哺乳類のほうが進化していると言えるだろう。しかしそれだけが、受胎・出産の生物学的意味なのだろうか? 「それはそれで進化と呼べるではないか?」私は自問自答を繰り返していた。 私には地球上の生命の起源や進化が誰によって、どのようなメカニズムで進められてきたのか(科学的には色々な説が提起されているが)本当のところはよく分からなかった。たとえどのような環境であっても、あるいは誰が仕組んだとしても、このように整然とした緻密なシステムをどうして構築できるのか?環境の変化と化学反応によってもたらされた・・・などの説は、とても無理なドグマのように思えた。たとえ地球創世記や氷河時代のようにドラスチックな地球上の環境や気候の激変があったとしても・・・。 やはり、少し神がかり的かもしれないが、人類の想像をはるかに越える「神の力が働いた」と言われたとしても、それはそれで納得できるような気がしてならなかった。 ただこの国では、人の進化を強引に進めようとしていた。今回の戦争でも、オメガ国のほうがマンモスザメを開発した点でラムダ国より少し進化した国と呼べるのかもしれなかった。 つまりこの国が体外受精を推し進める理由は遺伝子工学をより容易に、より迅速に遂行するためであった。 話を元に戻そう。 この時、私が助けた戦士が人口胎盤で生まれてきた少女だとは、夢にも思わなかった。ただ、私が知っている子供たちとは「何かが違う、あるいは変わっている」との印象を受けた。 私は彼女の興奮状態を鎮めるように、出来るだけ優しく話しかけた。彼女は私が話す言葉が分からないようだったが、雰囲気から理解しているようだった。 しかし・・・! 剥ぎ取られた戦闘服を拾い集めて手渡すと、少し恥らうような表情を見せたが、私の眼前で躊躇う(ためらう)様子もなく衣服を身に着けた。「帰ろう」と促すと、まるで子供のように腕にすがりついて歩きでした。 木々の葉の合間から差し込む、夕暮れの日差しに、ほんのリ朱に染まる白い肌、長いまつげ、アレクのような青い目、小さな鼻、昔何処かで見た天使のような可憐な美しさに圧倒された。 こんな可愛い天使のような少女を、陵辱した敵戦士のことを思い浮かべると、こみ上げてくる憤りを禁じえなかった。 私が、非戦闘員としてこのまま研究を続けることは「人として、あるまじきこと!」「卑怯な男」と思わざるを得なかった。私が戦士としてこの国の為に「戦おう」と決心を固めたのもこの時だった。 暫く、ゆっくりと歩いていたが、彼女はふと立ち止まると、私の顔を見つめた。目に涙を浮かべていた。「帰ろう」と促すが、動こうとしない。 そして、突然腰の剣を引き抜くと、攻撃するような仕草をする。私が剣に手をかけるのを待っているかのようだったが、私が「やめなさい!殺すなら、殺してもいいんだよ!」と冷静に、しかし断定的に近づきながら囁くと、彼女は大きな瞳をいっそう大きくして、絶望したかのように、突然自分の左胸に・・・剣を突き立て、そのまま私のほうへ崩れるように倒れ込んだ。 一瞬の出来事だった。私が慌てて彼女を抱き上げ、剣を引き抜こうとしたが、彼女は何も言わず、首を横に振ると力を抜いて、何か訴えるような目で私を見つめていたが、やがて静かに目を閉じた。 その時、私の悲しみがどんな深いものだったか想像していただけるだろうか? 最愛の恋人が突然、交通事故にでも遭ったかのような理不尽で、予想できなかった突然の死!・・・そんな取り返しのつかない死に、悔しく、苦しく、猛(たけ)る私の心は完全に打ちのめされた。
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