ジョージ北峰の日記
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オリンピックが終わって、しばらく私は精神的に虚脱状態に陥っていました。日本が37個のメタル取るなんて誰が予測したでしょう?本当に日本選手はよくがんばったと感激して、しばらく放心状態にだったのです。 何が印象的だったかと言って、やはりメタルが獲得出来るのかどうか分からない競技でメタルが取れた時や(自分がとった訳ではないですが)、そしてメタルが確実とされた競技で取れなかった時ほど感激したり、落胆したりしたことはなかったように思います。それじゃー、メタル確実と言われていた人がメタルを取った時は? 残念ながら、その感激は私の場合それ程でもなかったように思うのです。それは当然のことのように思えてしまうからです(勿論それがどれほど困難なことか十分分かってはいるつもりなんですがすがーー)。 女子マラソンでは、国内の選手選考の過程でややトラブルめいた出来事もあったのでー誰かメタルを取るかな?と関心が高かったのですが、まさか金メタルとはーーー予想もしてませんでした。何しろイギリスのR選手を日本のN選手が負かすなんてーーー本当に誰か予想していました? それに日本の女子水泳800m自由形でS選手が金メタルなんて、頭っから考えてもみなっかった(失礼!)。決勝に残ったからと言っても800mもの長時間を負け試合の為に熱を入れるなんて馬鹿げていると、最初から見る意思がなっかたので、後で日本選手が金メタル!!っと聞いた時ーー 嘘!! しまった見ておくべきだったなあ、と悔やみましたが後の祭りでした。 もう一度すべてを放映してくれないかなあーって、やはり無理でしょうね。 柔道の100kg級のI選手がメダルに届かなかった時は、驚きました。やはり、金メダルを取ることの難しさを、つくづく教えてくれたように思います。又金メタル確実と思っていた女子レスリングのH選手が審番ミスで負けた時は、一瞬見てはいけない物を見てしまったのではと、青くなりました。あのお父さんのことだから、屹度(きっと)審番に怒りだすのではとか、さらに娘の不甲斐なさを叱るのではとかー大変失礼な心配をしてしまったのです。しかし、その後の、親子の行動はオリンピックのフェアプレーにふさわしい、本当に清清しいものでした。私は、同じ日本人として親子の行動をとても誇りに思いました(同じ印象を日本選手全体に持ちましたが)。 世界の4年に1度のヒノキ舞台でメタルを取れた人は本当に嬉しいだろうと思いますが、しかし金メタル確実と言われた人が取れなかったことも、世界に対して、やはり大きな仕事をしたと誇って欲しいと思います。そのような選手に勝てた場合、やはり、世界一と呼ばれる選手に勝てたことを、勝った選手は心から誇りに思っているでしょうから。そしてI選手や、H選手のような大きな存在と戦えた自分に感謝しているでしょうから。オリンピックに出場する選手なら、一番強い選手に勝ちたいと願って出て来ているのに違いありません。 その点男子マラソンでとんでもない邪魔が入って驚きました。B国の選手が銅メタルだったのは気の毒としか表現のしようがありませんが、あの試合で金メタルを取った選手は如何なのでしょう。嬉しかったでしょうか?決してそんなことはないと思います。彼の金メタルには何か染み(しみ)のようなものが残ってしまったような気がしてなりません。彼としても正々堂々と戦って勝ちたかったでしょうに! 私達凡人にとっては、オリンピックに出場できるだけで本当は金メタル、其の上世界のno1、no.2、no3になるなんて夢の夢、いや入賞するだけでも大変な誇りになると思っているのです。 世界の人口は50億?いずれにしろ10の9乗レベルの話、其の頂点の金メタルも、銀メタル、銅メタルも当たる確率はほとんど同じくゼロ(確率の話なら、つまり何も努力しなければ)。確率に還元すれば、宝くじより低いのですから。宝くじの次元の世界は偶然の支配する世界だと思っていたのですが、努力次第で宝くじ以上の次元の世界まで人が踏み込み支配出来るんですよね、人間業も大したものですよね!と思ってしまいます(数学的に厳密な話でありませんので悪しからず)。 とするならオリンピックで一回でも勝てれば大したことですよ。でも1回戦敗れたとしても、本当は大したことなんですよーーと言ってあげたいですよね。
オリンピックのメタルの意味、それは偶然の支配する世界を人間業が支配した証なのだと考えたいのです。 つづく
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