与太郎文庫
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2026年11月02日(月)  楽差と落差 〜 Differences in Music Drop 〜

 誠一のフルート、与太郎のチェロを、ともに1955年来とすれば、1955-
2026=71-72年、有賀は楽歴70年を超えたが、与太郎は5年にすぎない。
 65年もの空白があり、その“楽差と落差”に誰もが苦笑するはずだ。
 
 いまここで、有賀がフルートを吹いて、レコードをかけても違和感を
抱く者はいないが、フルートが十本指に唇を当てて、単旋律を吹くのに
対して、チェロは五本指で四本弦を重奏するなど、きわめて難渋である。
 
 有賀姉弟の父・鉄太郎と、おなじ京大教授の友人・山田 忠男が笛の
師匠として、同年配の長男次男を育てたが、あいにく大成しなかった。
 与太郎のチェロは、血脈・楽脈なく、我流・独学の典型だった。
 
 もしも与太郎が、かりに玩具でも鍵盤楽器を与えられていれば、確実
に音楽学校に進んでいたが、小中学校の女性音楽教師三人に“音痴”と
誤認され、生来の赤緑色盲を偽っての美術学校進学も、絶望的だった。
 
 失われた楽興の時 〜 Lost Moments of Musical Inspiration 〜
 
 もともと与太郎は、みずから“赤緑色盲”などというハンディを実感
せず、空は青く、太陽が黄色で、夕日が紅いことに疑いを持っていない。
 
 そもそもは、小学校の担任K先生が「君の絵は暗い」という印象から、
戦時中に過剰宣伝された《色盲表》を持ちだし、日本人男性5%の潜在
保有率に相当する“赤緑色盲”であることを発見されたのである。
 
 当初は「徴兵・進学・就職」の順に差別され、のち法律で解除された
にも拘わらず、つぎの著書でも、いまなお明記されて書店に並んでいる。
 
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B008YDM7SS
── 石原 忍《石原式色盲検査表 19160101 半田屋出版部》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/B0096I23FM
 
── 須田 経宇《石原忍の生涯 〜 色盲表とともに五十年 198403‥ 講談社学術文庫》
http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4061586300
 
 たとえ真実を語るにも、それなりの責任を要する。あるいは、もしも
真実でなかったら、それなりの責任を果すべきだ。与太郎の“赤緑色盲”
は、医学的統計にしたがった真実ではあるが、公開には必然性が必要だ。
 
 与太郎の人生に、したたかな翳りをもたらした“色盲”に寄せた迷句。
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20010517
 麿は磨ちがい団ちがい 〜 團家の人々 〜
 
(20261101)


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