与太郎文庫
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2009年04月28日(火) |
北極の白熊 〜 さん治、あれはどうした? 〜 |
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090428 画像=柳家小三治 ── 《プロフェッショナル 20090427 25:35〜26:35 NHK総合》 仕事の流儀選「笑いの奥に、人生がある〜落語家・柳家小三治」 ▽当代きっての名人と呼ばれる孤高の落語家・柳家小三治(68)。名人と 呼ばれてなお、さらに芸の道を究めようとする柳家小三治の真摯な日々 に密着する。 無駄な動きを極限までそぎ落としたその話芸は、「目の前の小三治が 消えて登場人物が現れる」とまで称される。2008年8月、小三治は池袋 の演芸場での真夏の7日間の寄席に挑んだ。名人と呼ばれてなお、さら に芸の道を究めようとする柳家小三治の真摯な日々に密着する。 【キャスター】茂木健一郎,住吉美紀,【語り】橋本さとし
郡山家の人々 柳家 小三治10 落語 19391217 東京 /196909‥襲名/籍=郡山 剛蔵 ♀郡山 和世 染色 194.‥‥ 東京 /柳家 小三治の妻《噺家カミサン繁盛記 1991 文藝春秋》 ♀郡山 □□ 19‥‥‥ 東京 /柳家 小三治の長女 ♀郡山 冬果 女優 19701212 東京 /柳家 小三治の次女/文学座
柳家 小さん 5 落語 19150102 長野 東京 20020516 87 /籍=小林 盛夫/1995人間国宝 http://d.hatena.ne.jp/adlib/20010103 三人もりお 〜 同姓同読や一日ちがい 〜 ── ものは‐づけ【物は付け】雑俳の一。点者が出す「…のものは」 「…するものは」などの題に対して、機知に富んだ答えの句を付けるも の。寛保(1741〜1744)のころから江戸で流行。謎付け。── 大辞泉 1960年代のテレビ大喜利の「ものはづけ」で、柳家 さん治は、毎週 かならず「北極の白熊」と答えた。三度に一度でも面白い落ちがつけば、 なかなかの力量だが、与太郎の記憶では、年に一度も落ちなかった。 いまネット検索しても、当時のテレビ(昼休み番組)や「北極の白熊」 が見あたらない。なにかの理由で、本人が引っこめたなら、それなりの 落としばなしになるはずだが、誰も思いださないのは何故か? そもそも、立川談志とか糸井重里と同じく、鼻の穴が上を向いている 連中は、世の中を甘くみているのではないか、と怪しまれる。 その後、さん治の噺を聞かないうちに、小三治になってしまった。 あれから四十年も経って、一度か二度はテレビで聞いたはずだ。 あいかわらず(偉大なる無表情と称されたキートンのような顔で)、 どうも親しめないが、いまや神がかったほどに人気があるそうだ。 止せの三悪 〜 いびき・ゲップ・おなら 〜 http://oshiete1.goo.ne.jp/qa4911925.html (No.2) 落語定席は四軒 〜 ふらり寄るのが寄席の良さ 〜 ♪ 一にイレバ、二にクスリ、三四がなくて、五にメガネ。 いつも、持病の漢方薬を入れた茶碗をもって高座に上がるという。 その日、世話係りの前座が、茶碗を用意しなかった。 そこで、薬なしで高座をつとめあげ、息もたえだえに戻ってきた。 前座が、詫びる姿にカメラが向けられ、師匠が厳かに諭す。 「なんたって、お客がいちばんだ。なんといってもナ」 なんのことやら分らないが、NHKは分らせたつもりらしい。 名人が、病を押して高座に上がるのは、名人の勝手である。 出るから客が来るので、出なければ客は来ない。 出るからには、名人も覚悟が必要だ。 前座に、薬や茶碗の手配をさせるのは、名人のわがままだ。 お客は、名人が茶碗で薬を飲む姿を観にきたわけではない。 メガネやイレバなど、名人といえども自前で用意すべきものだ。 (20090428)
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